あとから登場した3代目プリウスに顧客を奪われてしまった……
ホンダ・インサイトはトヨタ・プリウスと同様、ノーマルエンジンを用意しないハイブリッド専用車だ。初代モデルは1999年(初代プリウスの2年後)に、空力特性の優れたふたり乗りの3ドアクーペとして登場した。5速MTの10・15モード燃費は、初代プリウスを超える35km/Lで、当時最良の燃費性能を誇った。
初代インサイトは低燃費のスペシャルティカーとして開発されたが、2009年2月に登場した2代目はコンセプトが大きく異なる。ハイブリッドを普及させるべく、実用性を高めて価格は安く抑えた。
このようにインサイトは、世代ごとに開発テーマが異なる。3代目の現行型は、開発者によると「時代に合った本質的な価値を追求した」というが、初代と2代目に比べて意味がわかりにくい。

2代目インサイトは全長が4390mm、全幅は1695mmの5ナンバー車で、ボディは5ドアハッチバックだ。直列4気筒1.3リッターエンジンをベースにしたハイブリッドを搭載し、JC08モード燃費はGとLが26km/L(10・15モード燃費は30km/L)、LSは24km/L(同28km/L)であった。初代に比べて燃費数値は悪化したが価格も安い。3ドアクーペから5ドアハッチバックに発展したから、居住性や積載性は大幅に向上した。

2代目インサイトの売れ行きは、発売された2009年は好調で、1カ月平均で約8500台を登録した。ところが2010年には約3200台に下がり、2013年は300~400台まで落ち込んだ。2014年に販売を終えている。
インサイトの売れ行きが急落した背景には3つの理由がある。
ひとつ目の理由はプリウスとの競争に敗れたことだ。前述のとおりインサイトは2009年2月に価格を抑えて発売されたが、この時点でトヨタは、3か月後に3代目プリウスの発売を控えていた。

3代目プリウスは、インサイトが低価格で登場したのを受けて、発売直前に価格を見直して割安感を強調した。最廉価のLは205万円、売れ筋のSは220万円だ。値下げしてもインサイトよりは高かったが内容も異なる。インサイトは5ナンバー車だが、プリウスは3ナンバー車で車内も広い。
プリウスの1.8リッターエンジンをベースにしたTHSIIは、インサイトの1.3リッターを使うIMAに比べて動力性能も高い。しかもJC08モード燃費は、プリウスSが30.4km/Lだから、インサイトGの26km/Lに比べて燃費性能も優れていた。

フィットにハイブリッドが追加されたことも影響があり……
ちなみに3代目プリウスの初期カタログを見ると、ハイブリッドシステムをふたりでペダルを回すタンデム自転車に例えて説明している。そのイラストによると、トヨタのハイブリッドでは前後に大人の男性が座り「モーター君も主役」と記されている。併記される「トヨタ以外のハイブリッド(当時は実質的にインサイトだけだ)」では、「モーターちゃんはアシスト役」として子どもが座っている。
装備にも差があり、インサイトGではサイド&カーテンエアバッグ、横滑り防止装置、スマートキーなどがオプション設定だが、プリウスは全車に標準装着されていた。
販売店舗数も異なる。初代プリウスはトヨタ店のみが販売したが、2代目でトヨペット店も加わり、3代目はトヨタカローラ店、ネッツトヨタ店も含めて全店扱いに。当時のトヨタは4系列を合計すると5000店舗を上まわり(現在は約4600店舗)、膨大な販売網を誇った。インサイトを扱うホンダは、今も当時も2200店舗弱だから、プリウスは購入のしやすさでも勝っていたのだ。

そのために3代目プリウスは、発売の翌年となる2010年には、1カ月平均で2万6300台を登録した。2020年に国内で最多販売車種となったN-BOXが1万6332台だから、超絶的な売れ行きで国内販売の1位になっている。2010年のインサイトは前述の3200台だから、プリウスの12%に留まった。このあともプリウスは好調に売れて、2012年まで国内販売の総合1位を守った(2013年の1位はアクア)。
インサイトが下がったふたつ目の理由は、2010年に、2代目フィットがハイブリッドを追加したことだ。フィットはコンパクトカーの人気車種で好調に売れていた。

フィットにハイブリッドが搭載されたとき、開発者に「フィットに買い得なハイブリッドを設定したら、インサイトは顧客を奪われて売れ行きを激減させる。なぜこんな無茶をするのか」と尋ねると、「ホンダはすべての車種にハイブリッドを搭載することを考えてIMAを開発した。インサイトの売れ行きは下がるかもしれないが、フィットへの搭載は避けられない」と返答された。

インサイトが衰退した3つ目の理由は、N-BOXとそれに続くN-WGNの好調な売れ行きだ。初代N-BOXは2011年末に登場して、2012年には1カ月平均で1万7596台を届け出した。フィットハイブリッドに加えてN-BOXも売れ行きを伸ばし、N-WGNまで登場すると、2013年には国内で新車販売されるホンダ車の53%が軽自動車になった。

それまでのホンダのブランドイメージは、ハイブリッドを含めた先進技術や高性能だったが、2013年以降は「小さくて実用的なクルマ」に変わった。この象徴が2代目インサイトの低迷であった。2020年もホンダの軽自動車比率は53%で、3代目インサイトの登録台数は1カ月平均で285台と少ない。当時と同じ状況が、今も続いている。