発明したのはドイツ人で世界初の搭載車もドイツ車

マツダは、ロータリーエンジンを量産化し、世界的な販売に結び付けたことで、いまなおロータリーエンジンへの思いの強い自動車メーカーだ。また、マツダファンも、ロータリーエンジンに熱い視線を送る。



ロータリーエンジンは、ドイツ人のフェリックス・ヴァンケルが開発し、正確にはヴァンケル型ロータリーエンジンという。



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特徴は、エンジンの寸法が小さく、連続的にガソリンを燃焼できるため、小さくても高い出力を出すことができる。回転が滑らかで振動が少なく、消音すればレシプロエンジンに比べ静粛性にも優れる。



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ヴァンケルは、1953年から研究に取り組み、およそ10年の歳月を経て1963年の国際自動車ショーにヴァンケルスパイダーを出展した。これが世界初のロータリーエンジン車だ。



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1967年には、Ro 80という前輪駆動の乗用車が登場し、1968年のカー・オブ・ザ・イヤーに選ばれている。これらを実現したのは、ドイツのNSUという自動車メーカーだ。



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ホルヒ、アウディ、DKW、ヴァンダラーが合併し、アウトウニオンとなり(これがロゴの4シルバーリングスの由来)、のちにNSIも加わり、今日のアウディになる。そこでアウディは、ロータリーエンジンの祖は我々だというのである。



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そしてマツダがロータリーエンジンを進化させた

世界的な飛躍を目指したマツダ(当時の東洋工業)は、成長著しい自動車市場で成功を収めるには商品性や技術力を飛躍的に高めることだと考え、ロータリーエンジンに狙いを定めた。NSUと技術提携し、ロータリーエンジン車開発に乗り出した。その第1弾が、1967年のコスモスポーツだ。



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1968年にはファミリア・ロータリークーペを発売。



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1969年にはルーチェ・ロータリークーペも登場させるなど、次々にロータリーエンジン車を市販した。



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ところが、1970年代は排出ガス浄化に世界の自動車メーカーが苦しめられることになる。レシプロエンジンと異なり、ロータリーエンジンは繭型といわれるハウジング(外筒)の内側をおむすび型といわれるローターが回転し、その側面にある燃焼室はハウジングの内側を移動しながら混合気を圧縮する。



すなわち、燃焼室が圧縮から排気へかけてハウジングの内側を移動していくため、混合気の燃焼温度が低めとなることから、窒素酸化物(NOx)の排出が少ない利点がある。一方、そもそも燃焼室形状が四角く、なおかつ燃焼温度が低いので、ガソリンが燃え切らず燃え残りとなる炭化水素(HC=ガソリンの組成となる元素)の排出量が多くなる傾向にある。これは、燃費の悪さにも通じる。



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排出ガス浄化においては、サーマルリアクターと名付けられた熱反応(後燃焼)方式を採り入れることで乗り越えた。ホンダのCVCCに続いて、米国EPA(環境保護局)での試験に合格する。それを見て、国内外の自動車メーカーでも一時的にロータリーエンジン開発が行われた。



ところが次に、1974年の石油危機によって燃費が注目され、再度苦難を経験することとなった。サーマルリアクターの熱を利用した燃費改善技術で、大幅な燃費向上を実現したことにより、RX-7の誕生につながっていく。



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日本の自動車メーカーとして初めてフランスのル・マン24時間レースで1991年に勝利する快挙も果たした。

また水素への適正も示した。



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それでも、世界的な気候変動抑制の動きの中で二酸化炭素(CO2)排出量の削減が大幅に求められ、ロータリーエンジン車の市販を終えた。ただ、電気自動車(EV)の走行距離を伸ばす発電機用動力として、今秋、ロータリーエンジンは再び日の目を見る予定だ。

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