この記事をまとめると
メルセデス・ベンツが1955年にレース復帰を画策して開発したのが300SLRだ



■まずはクーペボディのプロトタイプが2台製作されたが、レースへの投入は実現しなかった



■このプロトタイプ(300SLRウーレンハート・クーペ)がオークションに出品された



レースのために開発されたガルウイングのプロトタイプクーペ

第二次世界大戦で壊滅的な被害を受けたダイムラー・ベンツの工場。実際にその復旧の先が見え、生産が再開されたのは1948年になってからのことだったが、この時すでに社内では、モータースポーツへの復帰が重要な議題として検討されていた。



そして、彼らがまず復帰を果たすのはスポーツカーレースの世界。

そのために開発されたのが、ガルウイングドアを採用したことでお馴染みの、あの300SLだった。1952年にはそのプロトタイプが完成し、その年のル・マン24時間レースでいきなりの勝利を飾る。それは1954年のNYショーでデビューした生産型の300SLのセールスに、強い追い風となったのは間違いない。



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スポーツカーレースでのダイムラー・ベンツのワークス活動は、この1952年のみで一度途絶えてしまうが、1955年に彼らは再びその世界に戻ってきた。そのワークスカーは「300SLR」と呼ばれ、ベースとなっていたのはグランプリカーのW196。チーフ・エンジニアは300SLと同様に、ルドルフ・ウーレンハートであったことから、別名「ウーレンハート・クーペ」とも呼ばれる。



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搭載されたエンジンは、これもW196のそれがベースだった。フォーミュラー用の2.5リッターエンジンを3リッターに排気量拡大した直列8気筒DOHCエンジンは、シリンダーブロックにアルミニウム合金を、また燃料供給にはボッシュ製の直噴方式を採用するなど、メカニズム的にも見るべき部分はとても多い。最高出力は310馬力、5速MTはデファレンシャルとともにリヤに搭載される、いわゆるトランスアクスル方式を採用している点も見逃せない。



オークションにて自動車として史上最高額で落札

ウーレンハートを中心に、まず2台のプロトタイプが製作された300SLR。流麗なクーペボディを持つこのプロトタイプは実戦に投入されることはなく、おもに開発用に使用されたが、その過程でドライバーからは視界の悪さのほかに熱や振動の問題が指摘され、実戦に投入されたモデルはオープン仕様で製作されることになった。



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この300SLRプロトタイプ、すなわちウーレンハート・クーペがオークションに出品されるという第一報がRMサザビーズからリリースされたときの驚きは、今でも忘れることができない。

2台の同モデルは、いずれもメルセデス・ベンツ・ミュージアムで大切に保管されている、まさに歴史的遺産ともいうべきモデル。



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それをシュツットガルドにある、そのミュージアムを舞台とした完全招待客制のオークションで売却してしまうとは。落札者には必要とするイベントの際にはそれを貸し出すことという条件が課されたとはいえ、あまりにも大きな衝撃だった。ちなみにそれ以前に、オークションで落札された自動車の最高価格は、やはりRMサザビーズが2018年のペブルビーチ・オークションで売却した、フェラーリ250GTOの4800万ドル。その落札価格を超えることは間違いないと思われた。



ウーレンハート・クーペのオークション出品も衝撃的なニュースだったが、落札価格はさらに世界中を一瞬で駆け巡る大きな話題となった。その額は実に1億3500万ユーロ。邦貨に換算すると約182億円という数字だった。



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ちなみにもう一台のモデルは、これからもミュージアムでその姿をゲストに披露し続ける予定であるという。

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