他方で、外国人がだまされて日本に入国し、人身取引同然の扱いを受け、劣悪な待遇の下で働かされているケースなどもたびたび問題となる。そのような「被害者」ともいうべき外国人に対し、果たして、日本の入国管理局、警察、労働基準監督署等の監督機関は有効な救済措置をとれているだろうか。
外国人の労働事件を数多く手がけてきた指宿(いぶすき)昭一弁護士は、在留管理だけを優先した結果、外国人の人権が顧みられていない現状があると指摘する。本記事では指宿弁護士が過去に担当した事件において、前述のような被害に遭ったスリランカ人2名が入管当局から受けた扱いと、その後に司法的な救済を得るまでの一部始終を通じ、日本の入管政策の問題点を浮き彫りにする。
※本記事は指宿昭一弁護士の著書「使い捨て外国人—人権なき移民国家、日本」(朝陽会)より一部抜粋し、再構成したものです。(連載第3回/全5回)
※【第2回】「いつ辞めさせられるかわからない…」外国人労働者への“退職強要”や“雇止め”を誘発する「雇用契約の盲点」とは【弁護士解説】
だまされて日本に“出稼ぎ”に来た2人のスリランカ人
Aさん(男性)は、スリランカ国内にある人材斡旋会社の斡旋により、2010年12月25日、日本に入国した。Aさんは、人材斡旋会社代表のXから「斡旋料として180万スリランカルピー(約135万円)を支払えば、日当6000円、食事代1日2000円(1日あたり計8000円)の労働条件で、3年間日本で働くことができる」「仕事は鮮魚の解体・物流管理」「ビザは日本に入国後、1年(在留期間)のビザに切り替える」という申し出を受けた。
Aさんは「日本人なら信用できる」とXを信用し、また提示された労働条件なら「180万ルピーを支払っても3年間働けば十分預金できる」と考え、銀行などから借金をし、Xに180万ルピーを支払った。XはAさんの招聘(しょうへい)人となり、Aさんを日本に呼び寄せた。
招聘人とは、親族・知人などを呼び寄せる手続きをする人のことである。なお、Aさんと後述するBさんが入国管理局に収容されたことからも明らかなとおり、Xが約束した「ビザの切り替え」は行われていない。
その後、Aさんは、Xの紹介によりY社で就労することになった。Bさんも同じようないきさつで、2011年1月23日に日本に入国した。
「不法滞在者」として入管に収容されてしまう
AさんとBさんが日本に入国した日には、Xが羽田空港に迎えに来ている。2人はそれぞれXの用意した横浜のホテルに宿泊。その後、静岡県袋井市に移動し、XがY社社長を紹介した後、社長の車でY社に行っている。Aさんは2011年1月4日から、Bさんは同年1月26日から就労を開始した。仕事の内容は、日本入国前にXから説明を受けたものとは全く異なっていた。彼らの仕事は、テレビ・洗濯機・冷蔵庫などの電気製品の解体と、解体後の鉄・銅・アルミ・レアメタルの分別であった。仕事場は露天だったため、雨の日は休業で、日曜日も休業日であった。
Y社は、AさんとBさんに対して、賃金は1日8000円(食事代込み)と説明していたが、実際には2人が就労した各日に食事代として2000円のみを支払っていた。ちなみに、彼らと同様の業務に従事していた日本人労働者の賃金は、1日8000円~1万円であった。
このようにXが、AさんとBさんをだまして入国させ、Y社を斡旋(あっせん)して働かせた行為は、「人身取引」に該当すると思われる。この違法行為の結果、2人は、最低賃金をはるかに下回る日給2000円で労働させられ、多大な経済的・精神的損害を被った。しかもXは、虚偽の事実を2人に告げ、来日前に各180万スリランカルピー(約135万円)を詐取していたのである。
結局、2人は、同年7月26日に入国管理局の立ち入り調査を受けるまで、Y社で日曜日と雨休日を除いて毎日、労務を提供した。
まずは“人身取引被害者”であると主張し、仮放免される
収容されたAさんとBさんに対しては退去強制手続きが進められ、9月頃に退去強制令書が発付され、大阪の西日本入国管理センターに移収された。その後、外国人支援団体であるTRY(外国人労働者・難民と共に歩む会)という団体のメンバーが彼らに面会して事情を知り、西日本入国管理センターに対して、AさんとBさんが人身取引被害者であることを主張して交渉を行った結果、2012年5月24日に2人は仮放免された。
訴訟で未払賃金を取り戻す
2013年3月19日、AさんとBさんが原告となり、Y社に対して合計273万3800円の未払賃金及び残業代の支払いを、Xに対して165万円の損害賠償を請求する訴訟を静岡地方裁判所浜松支部に提起した。Xは、訴状送達先が不明だったので、公示送達という手続きを行い、11月5日に165万円及び遅延損害金5%の支払いを命ずる請求全部認容の判決を得た。判決の理由として、Xの行為は、人身取引の規定に違反しないとしても、AさんとBさんに対する不法行為に該当する、とされていた。人身取引に該当するかどうかについて判断するまでもなく、明らかに不法行為に該当するという判断である。
Y社との関係では、12月16日、Y社が、Aさんに対し80万円、Bさんに対し70万円を分割で支払うという内容の和解が成立した。解決金額は、最低賃金で計算した賃金に、遅延損害金の半額強を加算して計算した。
Y社は分割で和解金を支払ったが、Xは行方不明で、判決が命じた金額を全く支払っていない。AさんとBさんはXの居所を突き止めて支払いを受けようとしていたが、その後、入管に収容され、強制送還されてしまった。
人身取引被害が「あり得る」という認識を
本件のように悪質なブローカーにだまされて出稼ぎ目的で入国し、不法就労をしてしまう外国人は少なくないと思われる。このようなケースの話は私もよく聞いていたが、実際に事件を受任したのは初めてであった。人身取引の被害者は、自身が被害者であると気付いていないことがある。
そして、入国管理局、警察、労働基準監督署なども「被害者」であることを認識せず、入管法や刑法違反の「被疑者」として扱う場合が多い。
本件についても、入管は、AさんとBさんが人身取引の被害者であることを認識しておらず、不法滞在者として摘発し、退去強制令を発付して、強制送還しようとしていた。もし、そのまま強制送還されていたら、AさんとBさんは、180万ルピーの借金だけが残り、更に多大な被害を受けていたはずである。人身取引の被害者であることは在留特別許可の理由になる事情であるのに(入管法50条1項3号参照)、これを看過した入管は反省すべきである。
本件の場合、西日本入国管理センターで面会活動を行っていた支援団体TRYが、彼らが人身取引被害者であることに気づいて支援したから、被害救済につながった。支援者も弁護士も、そして社会も、このような事案があり得ることを考慮して、支援に取り組む必要があることを銘記すべきであろう。