ガソリン税「暫定税率」は“法的根拠”があやしい? 政府が20年前に行っていた「課税理由のすり替え」とは【税理士解説】
昨年10月の衆院選で与党が過半数割れした影響を受け、「減税」「手取りを増やす施策」等に関する論議が活発化している。そのなかで、最近、野党からガソリン税の「暫定税率」を廃止する法案を提出する動きがある。
また、これに対し、廃止された場合の代替の「財源」を示すべきとの議論もなされている。
しかし、近代国家の大原則である「法律なくして課税なし」という租税法律主義(憲法84条)を採用しているわが国では、本来、課税の「法的根拠」「正当性」を踏まえた議論・検証が欠かせないはずである。ガソリン税の暫定税率とはそもそも何なのか。そして法的根拠はどうなっているのか。納税者の視点からYouTube等を通じ積極的に税金・会計に関する情報発信を行っている黒瀧泰介税理士(税理士法人グランサーズ共同代表・公認会計士)に聞いた。

「道路特定財源」から「一般財源」に組み入れられたが…

「暫定税率」とは、現在適用されているガソリン税の税率・1リットル53.8円(揮発油税48.6円、地方揮発油税5.2円)をさす。
そもそもなぜ暫定税率が設けられているのか。黒瀧税理士は、暫定税率の由来は50年以上前にさかのぼると説明する。
黒瀧税理士:「ガソリン税は『揮発油税』と『地方揮発油税』をさします。もともと、使い道が道路の整備・維持管理に限定された『道路特定財源』の一つでした。本来の税率(本則税率)は1リットルあたり28.7円です。この建前は一応、今も変わりません。
しかし、1974年に『道路整備の財源が不足している』という理由で、1リットルあたり53.8円の『暫定税率』が定められ、この税率が今までずっと維持されてきています。

その後、2000年代の『構造改革』の流れの中で、2009年以降『道路特定財源』が廃止され、使い道が限定されない『一般財源』に組み込まれることになりました。その大きな理由は、道路の整備水準が向上し『特定財源税収が歳出を大幅に上回ることが見込まれる』(※)というものでした。
しかし、そうであれば本来、道路特定財源(ガソリン税、自動車重量税)を廃止するか、少なくとも税率を元に戻すのが筋だったはずです」
※出典:国土交通省「道路特定財源の一般財源化について」
当時、いわゆる「構造改革」を推進する立場から「道路特定財源が道路族議員たちの既得権になっている」「北海道では車より熊のほうが多い」などとセンセーショナルな言説が広まっていたのを覚えている人も多いだろう。しかし、それらのことと「一般財源化」とは本来、別の問題だったといえる。
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ガソリン価格の推移(出典:資源エネルギー庁)

暫定税率の理由が「すり替えられた」?

その点に加え、黒瀧税理士は、ガソリン税が一般財源に組み込まれた際、政府・与党によって「暫定税率」と同じ税率を維持するための「理由のすり替え」が行われたことを指摘する。
黒瀧税理士:「当時の政府・与党は、『厳しい財政事情』と『環境面への影響の配慮』を理由に、『暫定税率による上乗せ分を含め、現行の税率水準を維持する』としました(上記資料参照)。
つまり、法的観点からみると、ガソリン税の制度目的について、元の『道路の整備のため』から、まったく関係のない『厳しい財政事情』『環境面への影響の配慮』へと、根本的な『差し替え』が行われたということです。
そして、『暫定税率』は『当分の間』適用されることとされ、今日まで引き継がれてきています。JAF(日本自動車連盟)等により『当分の間税率』と批判されているのがこれです。
この点については一応、国会が法律を改定する形がとられている以上、形式的には『租税法律主義』に反してはいないかもしれません。
しかし、ガソリン税の存在意義自体が根本的に変化したのであれば、本来、税率もそれに合わせて見直すのが筋だったはずです」

2010年に設けられた「トリガー条項」が発動しない理由

さらに、ガソリン税の暫定税率には「トリガー条項」の問題もある。
トリガー条項とは、ガソリン価格が高騰したときに国民の負担を抑えるための制度。ガソリン価格が連続する3か月の平均で1リットル160円を超えたら、自動的にガソリン税が暫定税率の1リットル53.8円から本則税率の1リットル28.7円に引き下げられるしくみで、2010年の「民主党政権」のときに導入された。
発動すれば1リットル25.1円の「減税」になる。
ところが、近年、ロシアのウクライナ侵攻や急激な円安の影響を受けてガソリン価格が高騰しているにもかかわらず、トリガー条項は一度も発動することなく、「凍結」され続けている(政府はその代わりに石油元売り事業者への「補助金」で対応している)。
なぜ、トリガー条項が凍結され続けているのか。黒瀧税理士は2つの要因を挙げる。
黒瀧税理士:「まず、2011年3月に東日本大震災が発生し、復興のための財源を確保しなければならないという理由により、特別法が定められ、凍結されています(震災特例法44条参照)。
それに加え、ガソリン税が国・地方公共団体にとって重要な財源になっており、政府はこの点に配慮して、トリガー条項の凍結解除を見送ったという経緯があります。なお、2022年2月に当時の総務大臣が記者会見で、トリガー条項を発動した場合に地方自治体の税収が1年で約5000億円減少するとの試算を示していました。
また実際に、財務省の資料によれば、2024年度のガソリン税の税収は2兆2339億円(揮発油税2兆180億円、地方揮発油税2159億円)と見込まれています」
ガソリン税の「暫定税率」の法的根拠を歴史的経緯とともに振り返ると、「税率の維持ありき」という政府の一貫した姿勢がうかがえる一方で、その税率の法的根拠や存在理由については必ずしも一貫しているとはいえないことがわかる。
税金は国・地方公共団体の経費をまかなうために国民から強制的に徴収するものであり(芦部信喜(高橋和之 補訂)「憲法 第八版」(岩波書店)P.387参照)、だからこそ、租税法律主義が近代国家の大原則として確立している。また、それぞれの税金の存在意義や法的根拠が厳密に要求されるはずである。
昨今話題になっているガソリン税の「暫定税率」是非をめぐる国会での議論が、目先の選挙目当ての「人気取り」や党利党略に堕することなく、かつ、財源確保ありきの議論に陥ることなく、現在と将来の国民の利益を真に体現したものになるよう、私たちは議論の行方を注意深く監視していかなければならないだろう。


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