この陰謀論は、主に2つの主張に基づいている。ひとつは、地球深部探査船「ちきゅう」が震源近くを航行しており、掘削技術を使い人工的に地震を発生させたという説。もうひとつは、アメリカの高周波活性オーロラ研究プログラム(HAARP)が気象兵器として利用され、地震を引き起こしたという説だ。
本記事では、東京大学非常勤講師、元法政大学生命科学部環境応用化学科教授の左巻健男氏が、これらの陰謀論が主張する内容を検証し、科学的な観点からその根拠の薄さを明らかにする。
また、「人工地震」という言葉が持つ、本来の地球科学における意味についても詳しく説明することで、陰謀論が生まれた背景にある言葉の誤用についても言及する。
なお、科学的な事実に基づかない言説を安易にSNSなどで発信・拡散する行為は、法的リスクをともなう可能性もあり、注意が必要だ。
※ この記事は、左巻健男氏による著作『陰謀論とニセ科学 - あなたもだまされている -』(ワニブックス【PLUS】新書、2022年)より一部抜粋・構成しています。
3.11東日本大震災は気象兵器で起こされた?
ハルマゲドン到来を予感させた(※)要因のひとつは、地球深部探査船「ちきゅう」をめぐるものです。2005年7月に完成した「ちきゅう」は海底下7000メートルという世界最高の掘削能力を有する地球深部探査船です。※1995年1月17日に発生した「阪神・淡路大震災」に関して、オウム真理教が終末思想(ハルマゲドン)と結びつけて「地震兵器による攻撃」だと主張していた。この主張は、人々が抱く不安につけ込み、恐怖心を煽(あお)るものだった。東日本大震災に関する陰謀論も、こうした過去の主張の影響を強く受けている。
国際深海科学掘削計画(IODP)の主力船として「地震発生帯」「マントル調査」「海底下生命圏」「大陸形成」「地球史の変遷」という5つの解明を目標に掲げています。
なかでも、海底下の大深部まで掘削し、今まで人類が到達できなかったマントルのサンプルを採取すること。これこそが「ちきゅう」が造られた最大の目標なのです。
東日本大震災の発生直後、この大地震は「ちきゅう」が起こした人工地震によるものだと主張した人たちがいます。
その理由は「地震が起きたとき、『ちきゅう』は震源地の近くにいた」「『ちきゅう』なら震源地の10キロメートルまで掘れる(これは速報値でのちに24キロメートルに訂正)」、そして「『ちきゅう』には人工地震等を発生させて、その地震波を測定するための装置を積んでいるからだ」としています。
もうひとつの主張は、アメリカの国防高等研究計画局(DARPA)などが米国アラスカ州に設置し2005年に完成した高周波活性オーロラ研究プログラム(HAARP)のしわざというものでした。
HAARPの短波帯アンテナ、アレイは気象兵器であり、異常気象や震災などを引き起こしていて、東日本大震災はまさにこの気象兵器が使われたというのです。とくに地震が起きた2011年3月11日という日付の2+0+1+1+3+11=18という数字が重要だとしています。
18というのは6+6+6で、新約聖書の最後の書で終末についての預言が綴(つづ)られている『ヨハネ黙示録』の「獣の数字」であり、偶然ではありえないというのです。
震源の深さまで掘るのは絶対に不可能
これまで陸地で掘られた最大の深さは旧ソ連がコラ半島で掘り起こした1万2261メートルであり、1970年から19年間かかりました。よって震源の深さまで掘るというのは非常に大変なことなのです。ちなみにドイツの大陸科学掘削は1987年から560日間で4000メートルでした。そう考えると、地震前にこっそりと東日本大震災の震源24キロメートルまで掘り進めて、核爆弾を仕込んでこないといけないことになる。これは無理な話でしょう。
地球科学には「人工地震」という専門用語がある
「ちきゅう」が積んでいる装置を使っておこなう技術のうち、いわゆる「人工地震」は地球科学の専門用語です。陰謀論者はその意味も知らず、「『ちきゅう』関係者が人工地震を起こしていることを自白した」と早とちりをしたのです。自分たちの足下の地殻やマントルを調べるときに、掘るのが難しい箇所に地震を用いて内部を推測する方法があります。ところが自然の地震では、希望したときに希望した場所に地震が起こってくれるのを待つのはたいへん不便です。
そこで火薬を地下に埋めて爆発させ、その振動を地震計でとらえるという方法を選択します。これを人間が起こす地震という意味で「人工地震」と呼んでいます。もちろん、人や建物に害を与えないように爆発のレベルを工夫するし、交通機関や工場などの震動がノイズになるので、真夜中に実験をするのが一般的です。
マイクロ波やHAARPは地震兵器になり得ない
オウム真理教がいうマイクロ波(※)には、身近なところでは電子レンジで発生させる電磁波があります。しかしこれを大出力にして地面に向けて放射しても、大部分は地中の水分を加熱するのに使われてしまい、何キロメートルもの深さまでは到達しません。※一部の陰謀論では、HAARPによる攻撃説と並行して、マイクロ波が地震兵器として利用されていると主張されることがある。この「マイクロ波兵器」の考え方は、過去にオウム真理教が「阪神・淡路大震災」は地震兵器による攻撃だと主張し、その中でプラズマや超高温の炎について言及していたことと結びついている。こうした主張は、具体的な科学的根拠が乏しいにもかかわらず、人々が抱く不安につけ込み、陰謀論として広く知られるようになった。
HAARPは多くの大学などが関わる高層大気と太陽地球系物理学、電波科学などの共同研究施設です。地球の電離層と地球近傍(きんぼう)の宇宙環境で発生する自然現象についての研究を目的としています。
その一環としてオーロラや電離層の研究目的で高周波(短波)アンテナ、アレイ群がアラスカ州に設置されました。このアンテナは電離層に強い電波を送ってオーロラなどに干渉することを可能にしています。
アンテナ群から高周波(短波)を空に向けて放射しても、電離圏のプラズマを加熱させはするものの地中深くまで影響を与えることは考えられません。