市販薬の乱用が若者の間で広がって社会問題となっている。
厚生労働省の研究班は、2024年度に行った調査結果として「中学生の55人に1人が市販薬を乱用目的で使用した経験がある」と公表した。

研究班は違法薬物の生涯経験率は前回調査よりも減少している一方で、市販薬の乱用問題は「全国的に広がっている可能性」を指摘した。
匿名を条件に筆者の取材に応じた20代女性は、高校時代からOD(オーバードーズ/過剰摂取)を繰り返し、入院に至った経験を語る。(ライター・渋井哲也)

学校・家庭での「いじめ」「暴力」で孤立

「今年の5月10日の夜中に市販薬の総合かぜ薬を210錠飲みました。別のせき止め薬や総合かぜ薬をODしたことはありますがこんなに(大量に)飲んだことはなかったです」
ミユさん(仮名・20代)はこのとき、総合かぜ薬でODをして緊急搬送され、2か月ほどの入院生活を送った直後だった。
そんなミユさんが初めて市販薬のODをしたのは高校に入学した頃だ。周囲にODをしている人はいなかったが、ソーシャル・ネットワーク・サービス(SNS)で知った。同じ頃からリストカットも始めたが、そのやり方もSNSで知ったという。
「それまでどうしようもないいら立ちがあったときは、教室からいなくなっていました。授業と授業の間の短い休憩時間のときに教室を抜け出して、授業を受けないで校内をよくうろついていました。見つかると、先生に『教室もどれ』と言われる時もあれば、『保健室にいなさい』と言われることもありました。
それで保健室に行くこともありましたが、少なかったですね。ほとんどの場合は、先生と“鬼ごっこ”のようになりました」
ミユさんは小学校のころにいじめを受けていた。教室に居場所がなく、授業中に抜け出したこともあった。

「何か特定の理由があったわけじゃないと思います。いわゆるローテーションいじめのターゲットになったんです。学校ではいつもどこかでいじめがありました。それで自分もターゲットになって、ハブられたんです。陰キャだったこともあるんでしょうね」
しかし、家に帰っても、家族にいじめのことは言わなかった。
「母親に『今日、学校どうだった?』と聞かれても、『まあまあだった』とごまかしていました。兄がいて勉強を教えてもらっていましたが、わからないと、グーで殴られたり、パーでたたかれたり、足でキックされたりしました。少なくとも週1回、多くて週3回くらいはされていました。
母親は知っていましたが、『やりすぎないように…』『アザができないように』と注意するくらいで助けてはくれませんでした。中学になっても兄からの暴力は続きましたが、暴力より暴言が多くなりました」
家庭でも学校でも居場所がなかったミユさんは小学4年の頃には「死にたい」と思うようになっていた。
その頃、バスケットボール部に入ったが、そこでも上級生からいじめを受けた。パスを回してくれず、悪口も言われた。
それでも、いじめについて親に言えず、部活を続けた。その状況は中学に入っても同じだった。
ただ、当時はミユさんの気持ちを受け止めてくれる人がいた。
「小学校のときの担任は愚痴を聞いてくれました。それでイライラを解消していました。中学校でも同じです」

何かあったらODが何もなくてもODへ…

しかし、高校にそうした先生はいなかった。ミユさんはSNSで知ったリストカットとODをストレスのはけ口にするようになった。
「最初は学校のトイレでリストカットしていました。家だとバレそうで。ひどいときは毎回の授業後に切っていました。1年の冬くらいには、学校に行って、リストカットして、せき止め薬でOD。ちょっとおかしくなる感じで、ふわふわしていました。友達はどう見ていたんだろう。

2年になってからは、副担任がおかしいと思ったのか、トイレの前で待ち伏せされるようになりました。ただ、自分の気持ちを素直に言っても、『バカだな』と言われるだけで、それ以上の対処はされませんでした。
最初は『何かあったらOD』だったのが、そのうち、何もなくてもODするようになりました」

ドラッグストアの市場拡大も乱用の要因か

市販薬はそれなりの値段だが、ミユさんはどうやって捻出していたのか。
「大学生になるまではアルバイトが禁止だったので、最初はお小遣いから。足りなくなると、ためていたお年玉からです。それで足りるくらいで我慢していました」
ちなみに、薬の購入場所はドラッグストアだった。
研究班の調査でも、乱用した市販薬の入手先は薬局・ドラッグストア等の実店舗が64.2%でもっとも多い。
「日本チェーンドラッグストア協会」によると、ドラッグストアは2024年度時点で全国に2万3723店舗あり、同年度には初めて売り上げが10兆円(前年比9.0%増)を突破した。
5年前の2019年度は、全国1万7654店舗、売上高7兆6859億円だったことを考えると市場が急成長を遂げていることがわかる。ドラッグストアの手軽さと利便性が、市販薬乱用の一端を担っているのかもしれない。
ミユさんは大学生になってもリストカットとODを繰り返した。
「この頃使っていた総合かぜ薬は安くて、小粒なのでODしやすい。1回に20錠くらい飲んでいました。
バイトをする前から飲んでいたのでお金には苦労しましたが、他の薬よりは安上がりでしたね」

「死なないためのOD」がいつしか…

ミユさんに言わせればODには2種類あるという。それは「死にたい気持ちを抑えるためのOD」と「自死のためのOD」だ。
ミユさん自身はもともと「死にたい気持ちを抑えるためにODしていた」というが、大学生の頃からは「死のう」という気持ちとODがセットになっていった。
「2020年9月くらいからですかね、『死にたい』と思ってODするようになったんです」
ミユさんはその後、何度もODをして自殺未遂を起こしている。今年5月に緊急搬送された時、LINEのメモ機能には「自殺したい」「もう無理」「誰も助けてくれない」と記録されていた。
ミユさんのような人に対し、薬物の乱用をしないように言っても効果は薄い。
研究班の報告書には、「市販薬の乱用経験のある中学生は、学校や家庭で孤立状態にあり、日常生活で様々な生きづらさを抱えているといった心理社会的な特徴を有することが明らかとなった。乱用した市販薬の主たる入手先は、薬局やドラッグストア等の実店舗であることから、未成年者に対する販売を慎重に行うことや、異常に気付いた際の声かけなどを徹底することが重要」とある。
ミユさんが市販薬の乱用をし始めたのは高校時代だが、当時すでに学校や家庭で孤立状態にあったことは前述の通りだ。
研究班の見解通りに、薬局やドラッグストアといった実店舗での対策も必要であろうし、また「死にたい気持ちを抑えるOD」のうちに対処する必要があるだろう。
■オーバードーズに関する相談窓口はこちら(https://www.mhlw.go.jp/bunya/iyakuhin/yakubuturanyou/other/madoguchi.html
■渋井哲也
栃木県生まれ。長野日報の記者を経て、フリーに。
主な取材分野は、子ども・若者の生きづらさ。依存症、少年事件。教育問題など。


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