
農林水産省の発表によると、9月8日から14日までの1週間に販売されたコメの平均価格は、前週より5キロ当たり税込みで120円値上がりし、4275円となった。
米価の高騰をめぐっては、農家や販売店、さらには政府など、特定の対象に責任を押し付ける「犯人捜し」のような言い争いが生じることも多い。一方、西川邦夫教授(茨城大学)が9月10日に刊行した新著『コメ危機の深層』(日経BP)では、農業経済学の見地に基づいた冷静で専門的な議論が展開されている。
本記事では同書より、生産から卸売、そして小売へと至る流通のなかで米価が決定されるメカニズムについて書かれた内容を抜粋して紹介する。(本文:西川邦夫)
小売価格と生産者価格
米価には必ずしも明確な決まり方が存在しているわけではなく、各段階でそれぞれ決められる価格がお互いに影響を与え合いながら、全体の価格水準が形成されていく。コメ流通の各段階における費用と価格(『コメ危機の深層』から転載)
上記の図表は、農林水産省の調査より、2022年産における各段階の価格を、仕入価格に加えられるコスト・マージンとともに示したものである。ここでは農林水産省の調査に従い、コストとマージンを分けて表記する。図表も参照しながら、以下では価格形成の仕組みを解説していきたい。
各段階の価格で影響力を持つのは、いずれもより競争的な環境で決まる価格である。第1に、流通における小売業者の存在感が大きくなる中で、小売業者と消費者の間における小売価格の影響が増している。
小売価格は不特定多数の小売業者と消費者の間の取引によって決まり、また小売市場への参入障壁も低いために、需給や消費者ニーズを反映してより競争的に価格が決まると考えられる。小売価格の水準を規定するのは、需給動向や小売業者の販売戦略の側面もあるが、究極的には家計の購買力ということになる。
小売価格から逆算して、コストやマージンを差し引いていくと、小売業者と卸売業者(卸売価格)、卸売業者と集荷業者(相対取引価格)、集荷業者と農業者の取引価格(生産者価格)がそれぞれ決まっていくイメージである。
2022年産は供給過剰により価格が下落した年だったこともあり、生産者価格と相対取引価格はそれぞれの仕入価格を下回る赤字の状態になった。
供給過剰で全体の価格水準が下落傾向にある時は、消費者と直に接する小売業者の力がより強まり、小売価格からの逆算による価格形成モデルが当てはまりやすい。この場合、小売価格が1kg当たり311.4円に対して、生産者価格は201.8円になり、おおむね3分の2が農業者の取り分となる。
農林水産省の同じ調査によると、小売価格に対する生産者価格の割合は、キャベツ55~63%、みかん47~48%、飲用牛乳40~61%、食肉45~69%等である。平常年は、コメの流通費が取り立てて高いわけではない。
第2に、農業者と集荷業者の間で決まる生産者価格も、全体の価格形成に影響力を持つ。農協の場合、出来秋(コメの収穫期)に支払われる価格を「概算金」や「仮渡金」と呼ぶ。
農協では集荷したコメを1年以上かけて販売する。市況の変化に販売の進捗(しんちょく)が左右されるため、出来秋に農業者に支払われる価格は、予想される最終支払価格の8~9割程度にとどめられる。
農協のコメ集荷におけるシェアはいまだに大きいため、概算金の水準は生産者価格を形成するための相場となる。
概算金が価格水準に与える影響力の強さについては、農協からコメを仕入れる卸売業者による指摘が多い。2025年産では早々に高い水準の概算金を提示する農協が増えていることが報道され、新米が出回ってからも価格水準が高止まりすることが懸念されている。
概算金を中心とした生産者価格の形成にも競争が働く。農協以外の集荷業者(「商系」と呼ぶ)は、需給の状況と概算金の水準を見ながら、農業者に提示する価格を決める。農協も商系の動向を見ながら概算金の水準を決める。
価格の下落局面では、商系が農業者からの集荷を断り、逆に農協への出荷を促すこともあるとされる。農協と商系にとっては、双方ともに「後出しじゃんけん」が有利となるのである。
農業者は概算金と商系が提示する価格を比べて、どちらに出荷するかを決める。出来秋における生産者価格の形成は、農協、商系、農業者の3者による駆け引きの中で決まってくるのである。
ただし、産地において3者の顔触れはほぼ固定されているので、相場が極端に変動することもない。農業者による出荷先の選択が重要になるので、農業者がコメ生産を継続するために必要な生産費が、概算金の水準を左右することになる。
米価の分かりにくさ
概算金と小売価格に挟まれて、卸売業者の価格形成への影響力は限定的であると考えられる。卸売業者は一方では小売業者から得られる店頭での販売情報を参照しながら、他方では農協から伝えられる営農の実態を勘案しながら、両者を調整する役割を果たす。
農協も安定供給を重視する観点から、取引をする卸売業者を絞り込む傾向にある。相対取引価格は農協と卸のクローズドな関係の中で決まっていく。一方で、卸売業者と小売業者の間の卸売価格の決まり方については、まだ研究レベルでは明らかになっていないことが多い。
これまで説明してきた米価決定のメカニズムは、関係者以外には分かりにくい。透明性の欠如を指摘する声も根強い。小売価格以外は市場に参加できるプレイヤーが限定されているので、効率的な価格形成になっているのかという観点からも疑問が残る。
そこで、近年は不特定多数が参加でき、形成された価格も公開される市場の整備が進められてきた。2023年にはコメの現物を取引する「みらい米市場」が創設され、2024年には相対取引価格と連動した指数先物を取引する「堂島コメ平均」が開設された。
しかしながら、まだ市場参加者が少ないため、価格形成に与える影響は限定的である。既存の米価決定のメカニズムは、今後もしばらくは維持されるであろう。
■西川邦夫(にしかわ・くにお)
茨城大学学術研究院応用生物学分野教授。