昼は撮影や執筆活動にいそしむ傍ら、夜はバーを経営している武若雅哉(たけわか・まさや)氏。
武若氏はかつて、約10年間、陸上自衛官として数々の「災害派遣」に携わり、その後も軍事フォトライターとして自衛隊の活動を取材している。

本連載では災害派遣現場の実情を、武若氏自身の経験や取材を通じて紹介。第6回は2016年4月14日、16日に発生した熊本地震について取り上げる。
陸上自衛官を退職後2年が経ち、本格的なカメラマン兼ライターを始めてから約1年、武若氏は、テレビで流れた緊急地震速報を見て、東京から熊本へと、初めての災害派遣取材に向かった。
過酷な現地での取材。避難所に居た被災者が、自身が大変な状況であるにもかかわらず、遠方から来た武若氏を迎え入れた理由とはーー。
※この記事は武若雅哉氏の書籍『元自衛官が語る 災害派遣のリアル』(イカロス出版)より一部抜粋・構成。

この様子を撮影して報道してほしい

トラックのエンジン音で目が覚めると、すでに朝の8時を過ぎていた。相当疲れていたのだろう。ぐっすりと眠ることができた。
昨日会った小隊長に連絡すると、今日中に航空自衛隊のCH-47が支援物資を持ってくるらしい。
それはありがたいと撮影させてもらうことにした。
時間があるので、その他の避難所などを巡ることを伝え、いったん競技場から離れることにした。
あらかじめ避難所の場所を聞かなくても、主要な道路を走っていると避難所となっている公民館やコミュニティセンターなどが目に入る。
特に何も連絡はしていないが、立ち寄ってみると大抵自衛隊が活動している。
ボランティアで避難所を運営している方に声をかけ、事情を説明すると快諾してくれたため、避難している方にお話を伺うことができた。
そこで話してもらえたのが「この様子を撮影して報道してほしい」ということだった。遠方から来た私を迎えてくれたのは、この悲惨な状態を発信してほしい。そしてより支援を受けられるようにしてほしい。さらには、熊本を忘れないでほしいという気持ちだそうだ。

補給が途絶え気味になる避難所も…

そういった話を聞きつつ、避難所生活を見せてもらうと、たしかに悲惨な状態であった。断水しているためトイレは使えず、トイレ周辺には悪臭が漂っていた。当然シャワーなども使えないため、自衛隊のお風呂に頼ることになる。
しかし、足腰が弱いお年寄りなどは立ち上がることすら一苦労なため、体を綺麗にすることもできない。
大地震の影響で精神的に弱くなると、体の免疫も弱まる。それによって避難所に風邪が蔓延して衛生環境はさらに悪化する。食事や飲料水は支援してもらえるが、それ以外の支援は乏しい。

実はこの状況は避難所によって異なるものだった。大きめの避難所であれば、多くの避難者のためと支援が集まる一方、小さな避難所には支援が届いていない印象を受けた。これは熊本県だけのことではない。ほかの被災地でも同じ状況なのだ。
小さい避難所は最低限の物資しかなく、補給なども途絶え気味である。あくまでも最低限の生活を維持することができるレベルだ。
それでも、自宅が倒壊して戻ることができない被災者には、風雨が凌げる場所である。
この避難所の環境が嫌で自家用車に寝泊りする被災者も多かった。それでも、トイレや食事などの問題に直面するため、自家用車はあくまでもプライベートな空間を確保するというだけに留まる。
もちろん、プライベートな空間を確保することは重要だが、長時間にわたって自家用車に閉じこもっていると、姿勢を変えることが難しくなり、エコノミークラス症候群になってしまう可能性がある。
そのため、健康相談や医療支援を行う避難所もあったが、すべての避難所でそれが行われているわけではなかった。また、避難所を運営しているボランティアの方も被災者であるため、彼らに対するメンタルヘルスケアも重要になるだろう。

あまりにも過酷な状況…被災者の心の救いは

私にできることは、前途多難で不安が大きい避難所生活の現実を伝え、遊ぶことすらできない子供たちにお菓子を与えるだけである。もちろん、お菓子を与える前に、保護者の同意は得ている。でないと、私が不審者扱いされてしまう。
この不審者も被災地においては無視できない問題なのだ。実際に東日本大震災でも火事場泥棒による被害が目立った。熊本も例外ではない。そのため、倒壊した家屋が荒らされないように、自宅の敷地内にテントを貼って見張っている被災者もいたという。
被災地のリアルはあまりにも過酷で、悲惨なのだ。
それでも、将来ある子供たちの笑顔を見ると、救われる気持ちになると被災者の方は語ってくれた。
次の予定があるため、その場を離れなければならない私は、レジ袋一杯のお菓子をその方に預けた。
子供たちに笑顔が戻るように、このお菓子を与えてほしい。そう伝えると「ありがとう」とレジ袋を受け取ってくれた。



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