深刻化するクマ被害に対応するため、後方支援でサポートする自衛隊の派遣に続き、警察官がライフル銃を用いたクマの駆除を13日から開始する。
法的な壁を乗り越え、警察が本格的に駆除に乗り出すことで、クマ出没で日常生活にも支障が出ている地域には、頼もしい援軍となる。
だが、警察OBからはその拳銃扱いに懐疑的な声が聞こえてきた。

警察官がライフルでクマを駆除

2025年度上半期(令和7年度4~9月)のクマ類による人身被害は、9月時点(環境省発表:速報値)で、件数が99件、負傷者が108人、死者は5人に達し、前年度の年間被害を上回るペースで増加している。
なによりの懸念は人が被害にあう場所が、日常生活のエリアと重なり始めていることだ。東北などではイベント中止や屋外での遊びを自粛するなどの動きも出ている。
こうした状況を受け、10月30日の「クマ被害対策等に関する関係閣僚会議」で、警察官が市町村による緊急銃猟(※)に協力し、人里に侵入してきたクマを迅速かつ的確に駆除できるよう対応する指示が出された。
※「鳥獣の保護及び管理並びに狩猟の適正化に関する法律 の一部を改正する法律」において、人の日常生活圏にクマ・イノシシが出没した際、安全確保等の条件の下で、市町村が委託等した者による銃猟を可能とする制度

なぜこれまではできなかった?

警察官によるクマの駆除は、出没が頻発する自治体では、当初から望まれていた。拳銃を所持し、緊急時は現場に急行できるなど、いつ出没するか予測できないクマの駆除には適任と思われたからだ。実際、SNS上でも「なぜ警察はクマを撃たないのか」という声も広がっていた。
実は警察官がクマを撃てない背景には法的な壁があった。警察官の拳銃使用について規律しているのは警察官職務執行法7条(武器の使用)。
同条は拳銃の使用について、〈犯人の逮捕・逃走防止、または自己や他人の防護のために武器を使用できる〉と規定しており、この法律が想定する対象はあくまで「人間」となっている。したがって、拳銃はあくまでも「人の犯罪行為」を制圧・抑止するための装備であり、クマなどの動物駆除や威嚇を目的とした使用は、法の規律外とされてきた。
規律外の状況で発砲した場合、たとえ善意の判断であっても、警察官本人が刑事責任を問われる可能性が生じるため、警察官には厳格なルールに基づいた運用が求められてきた。

「特殊銃」の使用について定めた国家公安委員会規則とは

また、警察官の拳銃使用については、国家公安委員会規則が定める「警察官等拳銃使用及び取扱い規範」や、各都道府県警察の内部規程により、拳銃を抜く状況から実際の発砲に至るまで細かい条件が定められている。
今回のライフル銃の使用によるクマ駆除は、国家公安委員会規則の改正により実施可能となる態勢を確保するもので、従来の「拳銃」ではなく、より長射程で強力な「ライフル銃」を用いることで、人身被害の防止に焦点を絞った対応となる。

警察官の銃訓練の実情とクマ銃殺の適応力

そうしたなか、『警察官のこのこ日記』(三五館シンシャ)の著者で約20年の勤務経験のある警察官OBの安沼保夫氏は、警察官によるクマ駆除について「現在の警察官は猟銃やライフル銃の訓練はしておらず、特殊な隊員しか撃てない」と指摘。また、拳銃の扱いについても、「命中精度が悪く、10メートル離れると効果的な射撃は難しい」との見解を示した。
「警察庁が規則を改正して警察官のライフル使用を可能とするそうですが、そういったスピード感のある対応はいいことだと思います。
ただ、警察官がクマの駆除を実施するとなれば、現状の訓練等から逆算すると、その能力が本当に発揮されるのかは懐疑的です。
警察官の拳銃訓練は『遅撃ち』など、固定された的に向かって撃つものが中心です。ましてや、警察官の拳銃は銃身の短いリボルバーですので、警察官でもライフルなど触ったことのない人がほとんどです。
かくいう私もライフルはフィリピンの射撃場で数発撃っただけです。報道で見る限り、銃器部隊が派遣されるようですが、銃器部隊も機関銃の練習を非定期にやる程度だと現職のときに聞いておりますので、猟銃の習熟には一定期間の訓練が必要だと感じます」

警察官の派遣は一時的?

そのうえで安沼氏は、クマ対策における駆除体制の構築について、次のように提言した。
「警察官の派遣はあくまでも一時的な対応策だと思います。私は、こうなった原因は、そもそも国がハンターの育成に注力してこなかったことにあると感じています。
ハンターに支払う手当ての見直しや、ハンターを公務員化して中長期的な育成計画を立てることが重要ではないでしょうか。ベテランのハンターからすると、警察官派遣のニュースを見て『ハンターの仕事が舐められている』と感じる人も一定数いると思います。
私が思うに、警察や自衛隊のやるべきことは後方支援です。
たとえば、パトロールをしてクマを発見したら緊急走行でハンターを迎えにいき、ハンターに駆除をお願いするというのが適切だと思います。
それを実現するためはガバメントハンター(※)を含めたプロフェッショナルなハンターを育成する必要があります」
※狩猟免許を持つ自治体職員
警察官として日本の治安維持に奔走してきたOBだからこそ、警察官の「できること」と「できないこと」が経験則でわかる。
社会問題化しつつあるクマ被害に、日本はどう向き合うべきなのか…。過疎化・人口減とも密接に関連する問題でもあり、もはやその場しのぎでは済まされない。対策の内容いかんでは取り返しのつかない状況へ進む可能性もあり、国の対応は大きな転換点に差し掛かっている。


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