自身の「学歴詐称疑惑」に起因して市議会から2回にわたり不信任決議を受け失職した静岡県伊東市の田久保眞紀前市長が19日、伊東市内で記者会見を開き、12月7日告示・14日投開票の出直し市長選挙に出馬する意向を表明した。
他に元職の小野達也氏ら5人が立候補を表明しており、混戦が予想され、状況によっては田久保氏が再選する可能性も考えられる。

しかし、元東京都国分寺市議会議員で公職選挙法の専門家である三葛敦志弁護士は、もし田久保氏が出直し市長選に立候補して当選した場合でも、結局は失職する可能性が高いと指摘する。

「虚偽事項公表罪」なら執行猶予でも即、失職

田久保前市長が失職するに至ったそもそもの原因は、「東洋大学法学部卒業」と自称していたが実際には「除籍」されていたことにある。
この点について、田久保氏は、公職選挙法の「虚偽事項公表罪」(同法235条1項、2年以下の拘禁刑または30万円以下の罰金)の疑いで刑事告発を受けている。
また、東洋大学の「卒業証書」を偽造した疑いで「有印私文書偽造罪」(刑法159条1項、3月以上5年以下の拘禁刑)、それを市議会の議長と副議長に提示した疑いで「有印私文書行使罪」(同161条、3月以上5年以下の拘禁刑)でも告発されている。
さらに、市議会が百条委員会に証人として出頭するよう求めたにもかかわらず出頭しなかった点、「卒業証書」の提出を拒否した点について地方自治法違反の罪(同法100条3項、6か月以下の拘禁刑または10万円以上の罰金)での告発も受けている。
もし、田久保氏が再選したとして、その後に上記のいずれかの犯罪で有罪判決を受けたらどうなるのか。
三葛弁護士:「田久保氏が拘禁刑の実刑判決を受けた場合には刑の執行が終わるまで(公選法11条1項2号)、公民権(選挙権と被選挙権)を失います。
また、虚偽事項公表罪で拘禁刑の判決を受けた場合は、公職選挙法違反によるものなので、執行猶予となった場合でも公民権を失います(同条1項5号2項・152条)。
そして、被選挙権を失えば、失職となります(地方自治法143条1項)。
加えて、判決確定日から5年間、公民権(選挙権・被選挙権)が停止されます(公選法252条1項)。
被選挙権は、市長職を務めるための資格なので、被選挙権が停止されれば、自動的に市長職も失うことになります」
以下、公職選挙法違反の罪、文書偽造・行使の罪、および地方自治法違反の罪について説明する。

「虚偽事項公表罪」成否のポイント

まず、虚偽事項公表罪について。三葛弁護士は、同罪の成否のポイントは、田久保氏に学歴詐称の認識があったか否かであると説明する。
三葛弁護士:「田久保氏が、自身が東洋大学を卒業していない可能性があると認識しつつ、卒業したと自称した場合には、故意が認められ、有罪となります。

田久保氏は7月2日の記者会見で、卒業していたとの認識が『勘違い』だったと弁明しています。しかし、一般に、最終学歴は最も重要な経歴の一つなので、勘違いしていたこと自体が非常に考えにくいです。
また、田久保氏自身も7月2日の記者会見で『不真面目な学生で(大学に)いつまで通っていたというような通学状況ではなかった』と述べており、少なくとも、大学の卒業に必要な単位を取得していなかったかもしれないとの認識はあったと考えるのが自然でしょう。
単位が足りなければ卒業できないので、上記発言自体が『卒業していないかもしれない』という認識、つまり『故意』があったことを示しています。
加えて、最近は立候補の際にメディアから卒業を証明するための書類を示すよう求められることがあります。したがって、遅くともその時点で気づくはずです」
それでもなお、田久保氏が「東洋大学を卒業した」と思い込む場合はまったく考えられないのか。
三葛弁護士:「東洋大学から田久保氏に対し、自身が卒業したと誤信させるような何らかのアクションをとっていれば、田久保氏の故意が否定される可能性があります。
しかし、東洋大学は、除籍者に卒業証書は授与しないと公式にコメントしています。また、現状では、東洋大学が田久保氏を特別扱いする合理的な理由も見当たりません。
したがって、田久保氏自身が故意をいかに否定しても、客観的事情からみて説得力に乏しく、無理があるといわざるを得ません」

「卒業証書」についての「有印私文書偽造・行使罪」の疑い

次に、「卒業証書」と称する物を市議会の議長と副議長に提示したことに関し、有印私文書偽造罪・同行使罪の疑いについてはどうか。
刑事事件に多く対応する荒川香遥(こうよう)弁護士(弁護士法人ダーウィン法律事務所代表)が説明する。
荒川弁護士:「私文書偽造罪は、権利義務や事実を証明するのに用いられる文書の作成名義を偽る犯罪です。
卒業証書は、対象者がその大学を卒業した事実を証明するものであり、名義人は大学です。
したがって、田久保氏が卒業証書を勝手に作れば、その作成名義を偽ったことになり、有印私文書偽造罪に該当します。
もし他人に頼んで作成してもらった場合には、その者との共同正犯(刑法60条)となります。
また、ニセの卒業証書と知って市議会議長らに提示した行為は、文書を真正なものとして事実証明等に用いる『行使』にあたり、偽造有印私文書行使罪が成立します。
そして、両罪が成立する場合、私文書偽造罪が『手段』、偽造文書行使罪が『結果』の関係にあるので、最も重い刑で処罰されます(刑法54条1項後段)。両罪は法定刑がまったく同じ『3月以上5年以下の拘禁刑』なので、その範囲内で処断されます」

「百条委員会」への不出頭も

さらに、田久保氏は、以下の容疑で、市議会から「地方自治法違反」で刑事告発されている。
  • 百条委員会(※)で証人として出頭を求められたにもかかわらず正当な理由なく出頭しなかった
  • 「卒業証書」の提出を拒んだ
※地方議会が、地方自治法100条の定める「百条調査権」を行使するために設置する調査機関
三葛弁護士は、まず、百条委員会への不出頭については、正当な理由が見出し難いと説明する。
三葛弁護士:「出頭しないことについて『正当な理由』が認められるのは、その日時にどうしても出頭できないやむを得ない事情がある場合のみであり、きわめて例外的・限定的です。
たとえば、病気やケガなどで出頭できない、近親者が危篤状態か亡くなった直後である、などです。
田久保氏の場合、現時点でそのような事情が見当たらないので、不出頭の罪が成立する可能性が十分に考えられます」
他方で、「卒業証書」の提出を拒否した点については、正当な理由が認められる可能性があるという。
三葛弁護士:「百条委員会への出頭を求められた時点で、公職選挙法の虚偽事項公表罪(同法235条1項)の疑いで刑事告発が行われており、刑事訴追のおそれが生じていたといえます。
したがって、提出を拒否する正当な理由が認められることはあり得ます」
田久保氏は、仮に市長選で再選して市長に復帰できたとしても、現在刑事告発されている被疑事実で有罪とされ自動的に失職する可能性があり、そうなればまた市長を選び直さざるを得なくなる。結局、田久保氏の「学歴詐称疑惑」の行方が最後まで影響を与え続けることになり、伊東市の有権者には、その点を踏まえての判断が求められるといえる。



■取材協力弁護士
三葛敦志弁護士(ベリーベスト法律事務所)
荒川香遥弁護士(弁護士法人ダーウィン法律事務所)


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