高市政権「労働者は過労死ラインまで働け」? “労働時間の規制緩和”にトラックドライバー歓喜も…「稼げない」本質的な要因とは
総裁選に勝利した直後、高市早苗氏が発言した「馬車馬のように働いてもらう」「ワークライフバランス(WLB)を捨てる」という労働観は、賛否分かれながら大きな話題を呼んだ。
目立ったのは、「もっと働かせてほしい」とする人たちによる歓喜の声だ。

そのなかには、日本でも屈指の長時間労働に身を置かされている多くのトラックドライバーたちの姿もあった。(本文:橋本愛喜)

「過労死ライン」を超えてまで働かせようとする国の姿勢

「高市さん、もっと働かせてー」「#働き方改革撤廃」とするトラックドライバーのSNS投稿は大きな反響を集め、2.6万もの“いいね”が付いた――。
先日、彼らトラックドライバーたちが「もっと働きたい」とする背景や、高市氏の発言の危うさについて論じたところ、「高市氏のWLB発言は自民党の国会議員や自分自身に向けた言葉であり、国民に言っているわけではない」といった反論コメントが非常に多く寄せられた。
関連記事:高市新首相「働け」発言にトラックドライバーが共鳴? かつては「年収1000万円」も珍しくなかったが…「長時間労働」求めざるを得ない“切実な”事情
しかし、その直後、高市氏は労働時間の規制緩和を上野賢一郎厚生労働大臣に指示。同相もそれを受け「上限が過労死認定ラインであることをふまえて検討する必要がある」と発表。
すでに過労死認定ラインに達している労働時間の上限をさらに引き上げることは、必然的に「労働者は過労死ラインまで働け」と言っているに等しいことに注目する必要がある。
さらに追い打ちをかけるように、高市氏は石破政権が定めた最低賃金目標を事実上撤回している。
この一連の流れからは、「給料を上げたい労働弱者は自分の時間を犠牲にして過労死するギリギリまで稼げ」とする国の姿勢が垣間見える。
では、なぜ労働弱者たちは政府によるこうした言動を喜んで受け入れてしまうのだろうか。

トラックドライバーは規制緩和されない

労働時間規制緩和の動きに対するトラックドライバーたちの歓迎ムードに水を差すようで心苦しいが、今後、たとえ他業種で労働時間が規制緩和されても、ドライバー職で同様の規制緩和が行われる可能性は極めて低い。
理由は2つある。
1つは、ドライバー職の働き方改革は昨年施行されたばかりであること。
一般的に改正が検討されるのは施行から5年ほど。他業種のほとんどは2019年(中小企業は2020年)に施行されているが、職業ドライバーにおいては、これら一般則から4年遅れ、2024年4月1日に施行されたばかりだ。

もう1つは、ドライバー職の労働時間は、働き方改革が施行された後も過労死ラインであるからだ。
「過労死ライン」は、発症前1か月間に100時間超、または発症前2~6か月間の平均で月80時間超の時間外労働がこの基準とされている。
ドライバーたちは働き方改革が施行された後も、一般則の時間外労働(年間720時間)より240時間も長い「年間960時間」に設定されている。月平均にすると80時間。
つまり、ドライバー職は働き方改革施行以降も過労死ラインに乗っている状態なのだ。
トラックドライバーの労災支給認定件数は23年連続1位だ。2位とは4倍もの差がある。
すでに上限が他業種の労働者の過労死認定ラインを超過しているなかで、さらに規制緩和をすれば、大きな反発が起きることは必至。職業ドライバーにおける規制緩和は起こり得ないし、起きてはいけないのである。

時間を犠牲にしようとするトラックドライバーたち

ブルーカラーのなかでもとりわけ長距離トラックドライバーは、最も労働時間が長くなりやすい職種の1つだと言っていい。
こと長距離トラックドライバーにおいては、いちど地元を離れると数日帰らずに、縦にも横にも長い日本列島を走り回るため、その傾向が顕著だ。
しかし、間違ってはいけないのは、彼らの「労働時間」と一般的な業種の「労働時間」は性質が違うということである。
職業ドライバーには、一般則と同じように“労働時間”を制限する「労働基準法」のほかに、「改善基準告示」というもう1つの基準がある。
これは、休息(休憩)時間と、拘束時間を軸にしたルールだ。
トラックドライバーの「労働時間が長い」は、実質「拘束時間」なのである。
何日も家に帰らず、睡眠時間が不安定になるなかで、狭い車内、ひとり何日も走り回るトラックドライバーの労働環境は過酷であることには間違いないのだが、彼らが道路にいるなかでは、運転している時間と同じくらい長いのが「待機時間」である。
つまり、彼らの拘束時間には、この「無駄な時間」が多いのだ。
荷物の積み降ろしまでの時間を待つ時間は、「走ってるより長い」と嘆くドライバーがいるほどに、長い。
この待機時間に何をしているかを、トラックドライバー331名に聞いたところ、最も多かったのは「仮眠」と「SNSチェック」と「動画視聴」だった。
一方、「リスキリングしている」「副業をしている」という声はひとつもなかった。
トラックドライバーたちは、運行の本数を増やす前に、こうした運行中に発生する「待機時間」を有効活用し、収入を増やすことを考えるべきなのではないだろうか。
拘束時間で発生しているこうした空き時間を活用すれば、運行本数を増やすことなく収入は確実に増やせるはずだ。

得られるはずの収入が得られない実態

もう1つ、トラックドライバーの労働環境には、本来ならば得られているはずの手当がもらえていない実態がある。
それが「荷待ち料」と「荷役料」だ。
先述した「待機」の時間は、荷主都合によって発生していることも少なくない。朝8時に来るよう言われて実際到着しても、呼ばれるのが昼前になるケースはザラにある。

さらに、トラックドライバーたちは名前の通り「運転」を業としているが、現状はトラックの荷台からの積み降ろしが付帯作業として実質強制されている実態がある。
なかには手でひとつひとつ積み降ろしをする「手荷役」を強いられる現場も多い。
国はこの荷待ち料や荷役料を支払うよう荷主に明示しているが、運送事業者117名に筆者が話を聞いたところ、45.3%が「荷待ち料・荷役料、どちらももらえていない」と回答。
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荷待ち料・荷役料の支払い有無に関するアンケート調査(作成・橋本愛喜)

こうした状況に鑑みても、自らの時間を犠牲にせずとも、トラックドライバーたちがしっかり自分たちの時間や作業料を請求できれば、彼らの給料は必然的に上がるのだ。

「規制緩和に賛成」は「もっと働きたい」なのか?

「もっと働きたい」と声を上げている人たちは、トラックドライバーだけではない。
高市氏の発言を受け、各企業やメディアで行われた「働き方改革規制緩和に対して賛成か、反対か」を問うアンケート結果を見ると、賛成が反対を上回る結果がほとんどだ。
JNN(ジャパン・ニュース・ネットワーク)の調査でも全体の賛成が64%、反対は24%。そして、特筆すべきは、18~29歳の賛成が80%に達していたとされる点だ。
しかし、これは本当なのだろうか。
現在、筆者は若者と接しながら仕事をしているが、彼らからは“長く働きたい”、“長時間労働してでもお金が欲しい”という声はほとんど聞こえてこない。
調べてみると、2023年にリクルートワークス研究所が実施したアンケート調査では、「仕事時間についての希望はありますか」という設問に対し、「今より増やしたい」「今より減らしたい」「とくに希望はない」を選択させたところ、「今より増やしたい」と回答したのは20代男性が9.1%、20代女性だと6.1%にとどまっている。
また、厚生労働省においても2023年に行ったアンケートでも、適切だと考える残業時間は87.6%もの人が「月に20時間まで」と回答。さらに、55.9%が「残業代が減ってもよいので、残業時間を減らしたい」と回答している。

「残業代が減るならば残業時間は減らしたくない」と答えたのは20.3%にすぎなかった。
20代を中心とする若い世代では高市氏の支持率が比較的高い傾向があることをふまえると、今回「労働時間の規制緩和に賛成」と回答した人の中には、個人的に労働時間を増やしたいと思っているのではなく一般論として捉えて回答した層が多いと推察できる。
また、「支持している高市氏の政策だから」という理由から規制緩和に賛成した、という人々が一定数存在した可能性もあるだろう。
さらに、若い世代は正社員だけでなくパートやアルバイトが多い。「103万円の壁」や「106万円の壁」といった、理不尽な事実上の労働規制を見直す議論が行われた直後だったために、アンケートでは、会社員ではなくアルバイト・パート労働者における「労働時間の規制緩和」についての意見が回答に反映された可能性もあるのではないだろうか。
ある20代の現役トラックドライバーはこう話す。
「給料がもっとほしいからといって、自分の時間は犠牲にしたくないですね。決まった時間にはできるだけ帰りたい。同じ若手のドライバーと話をしていても『働きたい・稼ぎたい』と言っている人はほとんど見ません」

労働時間を伸ばせばいい、というものではない

「日本人は時間を守る」とよく言われるが、決してそんなことはない。
始業時間においては1分でも遅れることが許されないにもかかわらず、終業時間においては守らない。それどころか、守らせないし、守らない人が評価すらされている現状がある。
しかし、長く働くことが、会社に従順であるとも優秀な社員だということでもない。

実際、ベテラン社員よりも新入社員のほうが当然要領が悪く、残業時間が長くなりやすい。
その結果、効率よく仕事をこなすベテランと、時間をかけても成果が出せない新人との間で報酬に差がつかなくなる、という現象が起きる。
日本は労働生産性が非常に低い。
高市政権「労働者は過労死ラインまで働け」? “労働時間の規制緩和”にトラックドライバー歓喜も…「稼げない」本質的な要因とは

日本の労働生産性と総労働時間(厚生労働省「労働時間法制の具体的課題について」より引用)

「もっと働きたい」と主張する人たちのなかには、残業代で稼がなければ生活水準を保てない人が多い。
だが、残業しないと生活が成り立たない「残業ありきの賃金体系」こそ問題であるという認識をまず持つ必要がある。
加えて、労働生産性を上げられる人が評価される労働社会をつくらなければならない。効率を評価しないとアンバランスを起こす。労働時間よりも能力を高く評価し、賃金に反映できる仕組みも大切になってくるのではないだろうか。
■橋本愛喜(はしもと・あいき)
現ライター。元工場経営者・トラックドライバー。大型自動車免許取得後、トラックで200社以上のモノづくりの現場へ足を運ぶ。現在はブルーカラーの人権・労働に関する問題や、文化差異・差別・ジェンダーなどの社会問題などを軸に各媒体へ執筆・出演中。



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