14日、静岡県伊東市長選挙の投開票が行われ、無所属新人で国民民主党県連が推薦する元市議の杉本憲也氏が当選した。今回の選挙は、前市長だった田久保眞紀氏が、自身の学歴詐称疑惑に起因して議会から再度の不信任決議を受け、失職したことを受けて行われたものであり、田久保氏も再選をめざし立候補していたが、得票数3位で落選した。

田久保氏の学歴詐称疑惑をめぐる一連の騒動の中、10月19日の伊東市議会議員選挙で田久保氏の応援を受けて当選し、田久保氏の再度の不信任決議案に唯一、反対した片桐基至(もとゆき)市議に、経歴詐称疑惑が浮上している。
片桐氏は、選挙のためのリーフレットやHPで「航空機整備員、パイロット及び防空システム管理者に従事」と記載していたが、パイロットを名乗ることのできる「ウイングマーク」は取得していなかった。
このことについて、どのような法的問題があるのか。元東京都国分寺市議会議員で公職選挙法と選挙法務に詳しい三葛敦志(みかつら あつし)弁護士に聞いた。

経歴詐称にあたるとどうなる?

片桐市議の上記行為が経歴詐称にあたる場合、どうなるのか。
三葛弁護士:「経歴詐称は公職選挙法の『虚偽事項公表罪』(同法235条1項、2年以下の拘禁刑または30万円以下の罰金)に該当し、有罪判決を受けた場合には公民権が停止され、失職となります。
同罪で拘禁刑の判決を受け確定した場合、実刑であれば実刑期間およびその後の5年間、執行猶予付きであればその期間中、公民権(選挙権・被選挙権)を失うことになります(公選法252条2項、11条1項5号)。
また、罰金刑に処せられた場合には、判決確定日から5年間、執行猶予付きであればその期間中、公民権(選挙権・被選挙権)が停止されます(公選法252条1項)」

パイロットは「業務経験」と弁明

では、片桐市議の行為は経歴詐称(虚偽事項公表)に該当するのか。
防衛省の「航空学生採用案内」P.10には以下の記載がある。
「航空自衛隊航空学生とは、航空自衛隊の航空機のパイロットを養成する制度です。瀬戸内海を望む山口県防府市にある第12飛行教育隊に入隊し、約2年間、座学を中心とした基礎教育をうけます。教育終了後、飛行幹部候補生として約2年間の飛行訓練を中心とした操縦教育を経て、パイロットの資格を取得。その証として『ウイングマーク』を授与されます」
これに対し、片桐市議は、自身のXで以下のように弁明している(いずれも11月4日投稿)。
「リーフレットやHPのプロフィールの一部に
『1999年 高校卒業後、航空自衛隊に入隊。

F-15航空機整備員、パイロット及び防空システム管理者に従事』
と自衛隊で携わっていた業務経験をいくつか紹介しておりました」

「詳しく経験を書くのであれば、基本操縦(T-4)後期課程の途中(飛行時間200時間超)でコースアウトとなりました。ウイングマークは取得していません」
「伊東市民への対面においては、ウイングマークを取得していない事は日頃より伝えております。
このような状況で選挙時に問題があるものか法律家に確認したところ、飛行していたのは事実であるので問題ないとのことでした」

つまり、あくまで「パイロット」という表現が自身の「業務経験」をさす意図だったという弁明と解される。

「業務経験」は「説明になっていない」

しかし、三葛弁護士は「なぜ『パイロット』の言葉を使ったのかの説明になっていない」と指摘する。
三葛弁護士:「経歴・職歴の掲載に客観的裏付け(資格取得、学校の卒業等)が必要である場合は、その経歴・職歴の裏付けがないものについては掲載すべきではありません。
資格があることは、その業務を行うにふさわしい能力・経験を客観的に示すものです。『パイロットと称していたが、実はパイロットの資格がなかった』となると、有権者にとって、候補者の能力・経験について判断する根本的な土台が崩れます。
防衛省は、パイロットの資格を取得した証が『ウイングマーク』だと明記しています。したがって、ウイングマークを取得していないのは、パイロットとしての実務を担える能力・経験を有していない、基準に達していないということです。
片桐市議の弁明は、なぜ資格を示す『パイロット』という言葉を使ったのかという理由が一切示されておらず、説明・反論になっていません。大学に通学しても卒業できなかった人が『大学卒業』を名乗ること、弁護士事務所で事務職として働きながら法律の勉強をしていた人が『弁護士』を名乗ることと何ら変わりがありません。
ちなみに、片桐市議は、飛行していた事実があればパイロットと業務経験を掲載しても問題ないことを『法律家』(弁護士かは不明)に確認したとのことですが、それで虚偽事項公表罪の故意が否定されることはありません(刑法38条3項参照)」

「所有資格 行政書士」と記載した議員は?

他方で、同じく伊東市の河島紀美恵市議が、2023年の市議選の選挙公報に所有資格として「行政書士」との記載をしていたが、行政書士業務を行っていなかったことが報じられている。
しかし、河島市議のケースは片桐市議と大きく異なるという。

三葛弁護士:「河島市議は行政書士試験に合格し、資格自体は保有しています。『所有資格』と明記しており、これは自身の能力の証明であること、ひいては、登録さえすれば行政書士として実務を行うことのできる状態であることを証するものです。
パイロットの業務を行うレベルに達していない状態にある人物が『パイロット』と名乗るのとは、根本的に異なります」
結局、資格・経歴は、その業務を遂行する基本的な能力と経験を証明するものといえる。前市長の学歴詐称疑惑が原因で行われた市議選で、前市長を支持した候補者に経歴詐称疑惑が持ち上がったということで、新市長が選出された後も当面の間、「経歴詐称」をめぐる混迷は尾を引きそうである。


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