少ない公的年金でもなんとか自宅で生活できていた高齢者が、介護が必要になった途端に立ち行かなくなるケースが増えています。工夫次第である程度の節約が可能な自宅での暮らしと違い、民間の介護施設に入所すれば、食費・光熱費込みで通常月10万円以上の費用が否応なしにかかります。
公的年金だけではとうてい賄いきれないのが現実です。
これまで、ギリギリまで「自助」あるいは家族や周囲の助けによる「共助」で生きてきた人が、いよいよ最後の「公助」すなわちセーフティーネットである生活保護を利用しようとしたとき、無情にも申請却下されることがあります。それも「他県ではスムーズに保護が決定するはずの状況」にもかかわらず却下されるという、理不尽なケースがあとを絶ちません。
月10万円以下の低年金で誰からも経済支援を受けられず、月20万円もの請求がある施設に単身入所している人が、保護申請を却下されれば、当然、施設代を払えず滞納状態が続くことになります。
憲法によって「最低限度の文化的な生活を営む権利」が保障されている日本において、そのようなケースが現実に発生しています。
今回は、私が日々、生活保護行政に携わる行政書士として直面してきた現実と、それを踏まえた具体的かつ正当な対処法をお伝えします。(行政書士・三木ひとみ)

戦後の高度成長を支えた世代の「公的年金制度」の“落とし穴”

戦後の日本は、1950年代半ばから1970年代初頭にかけて、年平均約10%という驚異的な経済成長を遂げました。「東洋の奇跡」と称され、GNP(国内総生産)が世界第2位になるほどの発展を遂げましたが、その陰には、現代の価値観では考えられないほどの長時間労働や、家族を顧みない「企業戦士」としての働き方が賞賛される社会風潮があったのです。
経済が急成長する一方で、社会保障制度、特に年金制度の整備は後手に回っていました。現在の国民皆年金制度が整ったのは、戦後15年以上が経過した1961年のことです。さらに、制度発足当初は任意加入の側面が強く、制度自体が周知徹底されておらず、日々の生活で手一杯で保険料を納められない人も多く存在しました。
公務員や大企業勤務であれば厚生年金による手厚い保障がありましたが、経済の底辺を支えた町工場の職人や農家、商店主などの多くは国民年金のみ、あるいは未加入のまま働くよりほかありませんでした。また、1985年の改正まで専業主婦の「第3号被保険者」制度もなく、現在のような配偶者との離別や死別の際の保障も不十分な時代が長く続きました。

現在、低年金で生活保護を必要としている方々は、決して怠けていたわけではありません。経済成長の恩恵を十分に受けられない地方や零細企業で最低賃金に近い収入で働き続けた人や、自営業で国民年金保険料を満額納めてきた人でも、現在の年金受給額は月額6~7万円に留まってしまうのが現実なのです。

施設代・入院代が払われないまま、入居継続を余儀なくされ

無年金・低年金で介護施設に入所している高齢者の多くは、生活保護を利用することでその生存権が守られています。しかし一方で、全く同じように無年金・低年金であり、他者から一切の経済支援がないにもかかわらず、「扶養親族に頼れるはずだ」として、不当に生活保護申請を却下される人たちがいます。
その結果、施設代や入院代が払えず滞納状態が続き、「お金を払っていないから」という理由で衛生面や食事といった最低限の生活さえ脅かされたまま、放置されている人々が存在するのです。
資産も援助もなく、唯一の収入源である年金に対し、施設や病院からの請求の額が上回っていれば、雪だるま方式に滞納額が膨らんでいくのは自明の理です。憲法25条が保障する「最低限度の文化的な生活を営む権利」が侵害されているのは、誰の目にも明らかです。それでもなお、申請却下を続ける福祉事務所が存在します。
都道府県に窮状を訴えても「暖簾に腕押し」状態です。しかも、法的措置をとろうとしても、経済的に余裕がない人が利用できる法テラス(日本司法支援センター)では弁護士への報酬の額が低いため、一般に勝ち目が薄いとされる国や行政を相手に闘ってくれる弁護士を見つけることは、容易ではありません。
現場では、赤字状態でも認知症や要介護の高齢者を放り出すわけにもいかず(そんなことをすれば犯罪になってしまいます)、経営状態を脅かされている民間の施設や病院が「お役所の匙加減一つ」で救済されるまで、身を削って踏ん張っています。
こうした状況は、国が責任を持つべき困窮者の救済を民間の善意に丸投げしている「行政の不作為」に他なりません。
しかも、そこには自治体ごとの不条理な格差があります。
経済状況や年金額、施設代の未払い状況に至るまで、ほぼ同じケースでも、ある地域では一度の申請で滞りなく保護が決定し、別の地域では置き去りにされ続けています。
同じ「生活保護法」という法律が適用されるのに、福祉事務所の管轄が違うだけで、高齢者の人生と尊厳が分断されています。

保護申請のタイミングの違いで決まる「天国と地獄」

保護決定を受けられたとしても、さらなる制度の落とし穴もあります。大阪府在住のススムさん(仮名・70代男性)は、認知症ではなく意思能力はしっかりしていますが、身体が不自由であるため、介護施設への入所を余儀なくされました。
国民年金のみでギリギリまで賃貸住宅での一人暮らしを続けていたため、貯蓄はなく、家財処分もできないまま、ケアマネージャーが探してくれた介護施設に入所することになりました。民間の施設は、ススムさんの窮状を理解してくれ、敷金も家賃も生活保護決定後の後払いを承諾して、入所させてくれました。
しかし、ようやく保護決定を手にした直後、市内の福祉事務所から非情な通告を受けます。施設と約束していた「敷金」も、以前住んでいた住居の「家財処分代」も、1円も支給できないというのです。
ススムさんを担当する若い男性ケースワーカーは、迅速に組織としての判断を仰いでくれました。しかし、それは現実的な解決にはなり得ないものでした。
「現行制度上、未払いの状態で施設に入所したその日に保護申請をしても、敷金や家財処分代は支給できません。もし、施設入所前、もともとの賃貸住宅にいる状態で生活保護申請していれば、すべて支給できたんです」
ススムさんは「賃貸住宅は家財処分ができずそのままになっている。一度戻れば、敷金も家財処分代も支給されるのか」と混乱しましたが、自力で戻ることなど不可能です。
ケースワーカーは法テラスでの弁護士相談を勧めましたが、法テラスは電話相談に対応しておらず、施設への出張もしてくれません。
ススムさんは、どうすればいいのかわからないまま、今も敷金未払いのまま、肩身の狭い状態で施設に留まり、元の家には家財道具が放置されたままです。
現実問題として、生活保護受給者が敷金未払い状態になっている場合、施設側が敷金の支払を求める訴訟を起こし勝訴しても、保護費を差し押さえることができません。また、行き場のない高齢者を施設から追い出すこともできません。
不動産会社も同様に、生活保護受給者が家財道具一式を置いたまま退去した場合、家の原状回復費用の支払いを求めたくても、訴訟費用だけが持ち出しになるだけで救済は望めません。泣き寝入りするしかないのです。
このように、弱者を公助で適切に救済しなければ、結局そのしわ寄せは国民に跳ね返ってくるのです。

家族がいても他人が「後見人」に就任

現代の少子高齢化社会において、かつて機能していた「家族による扶養(共助)」は事実上、困難になっています。
地方には就職先が少なく、若者は都市部へ出て行く傾向があります。
都心部やその周辺は高額家賃でとても住めないため、郊外に住むほかなく、長時間通勤で疲弊する日々。給料は上がらず、家賃に加え、物価高で生活費が家計を圧迫し、低年金で暮らす親に仕送りする余裕もないという、嘆きの声が聞こえてきます。
自分の生活で精いっぱいで、次第に困窮する親への申し訳なさから実家と疎遠になってしまう人も少なくありません。認知症になった親を、親族ではなく「職業後見人」などの他人が支えるケースも増えています。

さらに驚くべきことに、自治体から後見人に支払われる後見報酬を、後見人が高齢者本人の生活費に補填しているという本末転倒な事態まで起きています。これは、個人の善意という危うい基盤に依存した、いわば「公的扶助の敗北」とも言える深刻な状況です。

経済的に困窮したらそのつど、「相談」ではなく「申請」を

もし、施設代などの支払いに不安を感じても、諦める前に知っておいてほしいことがあります。それは、たとえ持ち家があっても、あるいは年金が生活保護基準を少し超えていたとしても、多額の医療費や介護費用がかかっている場合は、保護を受けられる可能性が十分にあるということです。
役所の生活保護窓口での「相談」にとどめず、「申請」を行えば、福祉事務所は法律に基づき厳正に審査し、その結果を書面で通知する義務が生じます。
また、親族による扶養はあくまで「保護に優先して行われるもの」であり、強制される絶対的な義務ではありません。親族が調査に協力的でないことだけを理由に申請を退けることは、明らかな法解釈の誤りです。
超高齢社会の日本において、困窮した人を救うことは国の責務です。決して一人で抱え込まず、最寄りの福祉事務所へ何度でも頼ってください。一度申請を却下されても、その後に医療費が増大した、病状により個室対応が必要になった、など、状況が変わったときは、同じ年金額であっても、保護申請が通ることもあります。
困ったときは、その都度、何度でも役所へ「申請」することをおすすめします。生きるために頼るべきは、民間の善意ではなく、法的な義務を負う公的機関なのです。



■三木ひとみ
行政書士(行政書士法人ひとみ綜合法務事務所)、社会保険労務士(ひとみ社労士事務所)。官公庁に提出した書類に係る許認可等に関する不服申立ての手続について代理権を持つ「特定行政書士」として、これまでに全国で1万件を超える生活保護申請サポートを行う。著書に『わたし生活保護を受けられますか(2024年改訂版)』(ペンコム)がある。


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