大久保公園周辺や歌舞伎町のホテル街などでの客待ち行為が社会問題化している。そうした中、売春防止法を改正し、「買春者(買う側)」への罰則導入を検討する有識者検討会が法務省で始まった。
同検討会では、性売買において売り手を被害者として捉え、支援や救済の対象とする「北欧モデル」を求める声もあり、どのような法改正となるのか注目を集めている。
売春行為において、人身取引や児童に対する買春があるならば厳しく取り締まらなければならないだろう。だが、成人の売買春において「買う側」も処罰される必要はあるのだろうか。
買春処罰の問題に対し、当事者から意見を聞き、どのようなモデルを目指すべきか、議論が必要ではないかとの意見を前国会で述べた議員がいる。今回、その当人である前衆議院議員で社会福祉学博士の原田和広氏に話を聞いた。(ライター・中山美里)

買春者処罰が誘発するリスク

「買春者を処罰する法律ができることにより、逆に女性が人権侵害等に遭うリスクが高まると私は考えています。なぜなら、処罰を受けると分かっていても買う男性というのは、暴力を振るう、盗撮をする、反社会的勢力の一員であるなど劣悪な人だけになるためです。
しかし、売春をするような状況に置かれた時に、それでも女性はお金のために、生きるためにやらなきゃいけないと売春を選択するでしょう」
そのように語る原田氏。続けて「スティグマ」(※)の問題も大きいと指摘する。
「また、最も大きな問題としてスティグマの発生があります。『男性は犯罪、女性は非犯罪』というのは、法律上は成り立つかもしれません。しかし、概念上で理解できるでしょうか。
売買春をしたときに、『買春する人は悪くて、売春する人は悪くない』というふうには、なかなか考えられない。
『買春する人が悪かったら、売春する人も悪いよね』となってしまうでしょう?
そうなった時に、売春をする人に対するレッテル張りは激化するはずです。このSNS時代、『買春者』に対する批判だけではなくて、『売春者』に対する批判の投稿も溢れるんじゃないかなと思うんです」
※周囲が否定的な烙印を押し、偏見や差別を向けることで、個人に非常な不名誉や屈辱を引き起こす原因となるもの
つまり、暴力や盗撮などの犯罪被害に遭うリスクが高くなり、被害者とされながらも批判を受ける立場に置かれる可能性が出てくるというわけだ。

先行事例で買春側が逮捕されるケースはレアという事実

そのうえで原田氏は、北欧モデルにみえる買春者処罰の現実に鑑み、次のように悲観的展望を示す。
「北欧モデルを導入している国々での実際の運用を見てみると、買春する男性を逮捕し、犯罪者として処罰をするケースはほぼないという状況になっています。
というのも、買春する男性を検挙するとなると社会生活上問題が発生するため、基本的には依存症者ということで治療の対象としているのです。
ですから、北欧モデルを導入した場合、日本でどう扱うのかということが、私はとても疑問に思います。検挙するとなると、やはり社会的な不都合が発生するのではないでしょうか。
具体的に言えば、家庭が次々崩壊していくでしょう。そうなると、リアルには取り締まれない。
結果、北欧と同じく依存症者という扱いで、病院に行ってカウンセリングを受けてくださいという話になるだけではないかと想定されます」
現在、一部の支援団体等から導入を求める声が出ている「北欧モデル」については、2016年のアムネスティ・インターナショナルによる「アムネスティの方針」や、2022年3月のESWA(European Sex Workers’ Rights Alliance)による報告書「Myth-Busting the Swedish Model」でさまざまな問題点が指摘されているほか、「弁護士JPニュース」でもその問題点を指摘し分析を加えるみわよしこ氏の論考記事が掲載されている。

「買春処罰」法改正“検討”開始も…先行する“北欧・フランス”で起きている“問題”とは

法の成り立ちに起因する問題点

なぜ、北欧モデルの実践により問題が起きてしまうのか。
「それは、北欧モデルも日本の売春防止法の成り立ちも、キリスト教の保守的な価値観がベースになっていることに起因します。本来、政策というのは科学的に立案しないといけません。“エビデンス・ベースト・ポリシー・メイキング(EBPM)”に基づくことが政策立案の原則です。

しかし、売春防止法は道徳的な概念を、科学の現場に持ち込んでいます。それが良くないと私は思うんです」

売春防止法は本当に必要なのか

そもそも、売春防止法とは一体どんな法律なのだろうか。
1956年に制定された同法は70年の歴史をもつ。矯風会をはじめとするキリスト教系団体が明治時代から廃娼運動を行ってきたことに加え、1946年にGHQが「公娼制度廃止に関する覚書」を出したことが後押しとなり成立した。そのため、キリスト教に基づいた廃娼や純潔といった性道徳が色濃く反映される法律となっている。
誤った道に足を踏み入れた売春している女性を保護し、更生させる。それを目的としているため、「売春は不純」と印象付けることになり、その結果、売春する女性に対するスティグマを固定化してきた一面がある。
「EBPMにおいて北欧モデルは間違っているということが明らかになっています。一時の処罰感情や道徳、偏見といったものによって、政策という科学の場に乗せることが、私は許せません。
だから一旦立ち止まって考えよう、これは本当に科学的に正しいのだろうか、いや、正しくないよねということを訴え続けていかなければいけない。そう思い、前回の国会であのような質問をして意見を述べました。
特定の団体のイデオロギーや宗教的理念に基づいて、道徳の問題として政治家が動いている。
非常に危うい状況だと感じています」
ちなみに筆者は、公娼制の廃止をロビイングの旗印として掲げ成立した売春防止法は、いまの時代に合っておらず、不要だと考えている。
児童買春が行われない、人身取引が行われない、路上での迷惑行為等が行われないなどが決まりごととしてあれば、それ以上の規制は必要ないのではないだろうか。
特に現代の日本では、さまざまな性産業が風営法下において営まれている現実があり、売春防止法による弊害も発生している。
たとえば、風営法によって合法に営まれている風俗店が「性搾取をする加害者」のように見られてしまうことだ。また、性産業で働く女性が「かわいそうな人」と見られることも挙げられるだろう。
性産業に従事する人々を「救済されるべき被害者」としてのみ定義するのではなく、一人の職業人として認め、不当な差別や偏見から解放する。それも、現代社会が向き合うべき重要な課題ではないだろうか。(後編へ続く)
<原田和広氏プロフィール>
山形県議会議員、衆議院議員(1期)を歴任。生活困窮者や若者の就労支援を行う株式会社セラフィムの代表取締役を務める傍ら、社会福祉学の知見を政策に反映させる活動を続けている。
慶應義塾大学総合政策学部(SFC)卒業。イギリス・ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)大学院にて社会政策・政治学を学び、ケンブリッジ大学大学院にて国際関係学部修士課程を修了。帰国後、再就職支援や保育園、シングルマザー限定シェアハウスの開設など、福祉・教育の現場で2,000人以上の支援に携わる。
現場での経験からソーシャルワークの重要性を痛感し、東北福祉大学大学院にて博士号(社会福祉学)を取得。著書に、『実存的貧困とはなにか ポストモダン社会における「新しい貧困」』(青土社)。


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