警察留置場における被留置者への処遇を巡り、管理体制のあり方が問われている。報道によれば、福岡県警は交通騒音に悩む被留置者の耳栓使用を「指示が聞こえなくなる」「誤飲のリスク」などを理由に拒否。
こうした対応に対し、福岡県弁護士会が「人権侵害」として勧告(6日付)したといい、現場の不条理な実態が浮き彫りとなった。
留置係に配属経験もある元警視庁の警察OBは、福岡県警の拒否理由を「苦しい回答」と一蹴。留置場の実態を明かすとともに、警察組織に根付く、人権よりも「管理の都合」や「組織の面子」を優先する、特有の閉鎖的な体質に苦言を呈した。

「前例」を恐れる組織と「言いなり」の拒絶

「耳栓一つで管理が崩壊するとはさすがに考えにくいですね。『誤飲』や『指示が聞こえない』というのも、苦しい“答弁”に聞こえます」
福岡県警の対応に首をかしげたのは、警察OBで『警察官のこのこ日記』(三五館シンシャ)の著者でもある安沼保夫氏だ。同氏が続ける。
「警察は基本的に前例踏襲主義なんです。前例がないものは認めたがりません。なぜなら、前例を作ることは大袈裟に言うと、新たな『判例』を作ることになるからです。
たとえば、どこかの警察署で耳栓の使用が認められれば、それを根拠に全国の警察署留置で耳栓の使用を認めざるを得ないことになるかもしれません。ですから、どの警察署もファーストペンギンになることを嫌がります。責任を回避したいからです」
「責任逃れ」。それが警察組織の論理であり、耳栓拒否の理由という。

加えて、組織内には「舐められてはいけない」という暗黙の了解があり、「認めたら負け」という組織文化が浸透しているという。
「警察は被疑者と対峙する組織です。ですから、『言いなりになってはいけない』という暗黙の了解があります。さらにいえば、被疑者の要求を簡単に鵜呑みにせず、こちらの言うことに従わせるべきで、『認めたら負け』という風潮さえあります。理屈よりメンツなんです」

「フリフリ」「リボン」のショーツはNGな女子留置場

正常なロジックが機能しない閉鎖的な風土。それゆえに、留置場内での生活規制は、時に客観的な合理性を欠く場面も見受けられるという。
「たとえば留置場では自前の筆記用具の使用が認められていません。その代わりにボールペンが貸与されるのですが、用意されているのはペン先が少ししか出てない特殊なボールペン。当然、非常に書きにくいんです。
また、署によっては本数に限りがあり、奪い合いになることもあるといいます。某女子留置場では、一房につき一本という“謎ルール”もあったとか。
私は女子留置場で勤務したこともありますが、女子留置場は男子に比べてルールが厳しかったですね。
たとえば衣類に関して言うと、パーカーのような被り物やベルトの着用が不可であることは全国の留置場で統一されていますが、女子留置場は不可の基準が厳しく、特にショーツの基準が厳しすぎました。

フリフリがついていたらダメ、リボンがついていたらダメ、といった具合です。紐付きだとか伸縮性がある衣類は“危険品”として場内での使用を認めていません。自死防止の為です。
確かに紐パンなら危険性があると思いますが、リボンやフリフリがついたショーツのなにが危険なのか未だに分かりません…。
こんな状況ですから、新たに逮捕された女性被疑者のほとんどが自前の下着を着用することを許可されず、安全ショーツの購入を強制されます。お金のない人は使い回しの安全ショーツを着用することになります」
人権侵害を指摘されてもおかしくない、筋の通らない決まりであり、せめて明確な基準くらいは示すべきだろう。

「舐められるな」過去の籠絡事件で締め付けが厳しく?

耳栓拒否を「人権侵害」と勧告されたことについて、福岡県警は『人権に配慮しつつ適正な処遇に努める』とコメントしているというが、本当に言葉通りに受け取っていいものなのか…。
「私が留置係への異動が決まったとき、“昔の”留置経験がある大先輩から『舐められるなよ』と言われました。のび太タイプの私に対する老婆心からのアドバイスだったと思います。
実は私が留置係に配属される数年前に、某署の留置係で籠絡(ろうらく)事件があったのです。看守の男性巡査長が留置されている被疑者にたばこや雑誌を提供したり、携帯電話を使わせたりした挙げ句、数百万円ものお金を振り込んだというものです。
事件のきっかけは、同巡査長が留置場内で携帯電話を使用しているのを見咎められたことで、口止めとして『同室者での雑誌の回し読み』の黙認を要求され、それがエスカレートしたようです。

それ以降、被疑者に対する締め付けが厳しくなったのかもしれません」(安沼氏)
被留置者に舐められると、「管理の支障」がでる。だから「規律の維持」をしなければならない。確かにその通りだろう。
だが、組織の内側の論理を優先し、被留置者の人権を蔑ろにすれば、当然、ひずみが発生する。そして、生じたギャップは管理される側に押し付けられ、都合よく穴埋めされることになる。
安沼氏は最後に、警察と被留置者の関係について、次のように見解を述べた。
「篭絡はあってはなりませんが、そのきっかけは『これくらい、いいだろう』とちょっとしたことを許すことから始まるものです。一方で、『これくらいやらせてもいいのに…』と思うことも少なくありませんでした。
たとえば、被留置者が房内で昼寝をしているときに、顔にハンカチを掛けてはいけないだとか、本を枕にしてはいけない、などです。
前者は顔の様子を伺うことができず、きちんと呼吸しているか分からないから、というー応の理由づけがありますが、後者は貸出の官本ならまだしも、自分の本なら別に枕にしようが自分の勝手では?と感じていました。
そんな中で、幹部からの腹落ちできない指示を被留置者達に従わせるのは気が進むものではありませんでした。ここに組織としてのジレンマがあります。

今回問題となった耳栓の使用については、私はもう少し融通を利かせてもよいと思いますが、使用を認めないことが直ちに人権侵害にあたるとまでは思いません。
実際には保護室への違法収容など、もっと重大な人権侵害が起きていますので、そちらの方を問題視すべきだと思います」
■安沼保夫(やすぬま・やすお)
1981年、神奈川県生まれ。明治大学卒業後、夢や情熱のないまま、なんとなく警視庁に入庁。調布警察署の交番勤務を皮切りに、機動隊、留置係、組織犯罪対策係の刑事などとして勤務。20年に及ぶ警察官生活で実体験した、「警察小説」では描かれない実情と悲哀を、著書につづる。


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