こうした事態の背景には、教育現場における「法の空白」がある。小学校から高校までとは異なり、専門学校(専修学校)は「いじめ防止対策推進法」の対象外とされている。そのため、専門学校には法律に基づくいじめ防止基本方針の策定や組織的な対応を行う義務が課せられていないのが現状だ。(ライター・渋井哲也)
「あなたが嫌われないのは班員が優しいから」
Aさんは北海道で生まれ育ち、中学2年生の時に自閉スペクトラム症(ASD)、抑うつ、PTSDの診断を受けていたが、大学進学を機に上京。卒業後は一般企業に就職し5年ほど勤務した。精緻な作業でのミスが重なったことで27歳の時に退職を余儀なくされた。その後、アルバイトを続ける中で出会ったのが、受講料無料で職業訓練が受けられる東京都の「専門人材育成訓練制度」だった。栄養士として働いていた父の姿に憧れを抱いていたAさんは、この制度を利用して29歳で栄養専門学校への入学を決意した。再出発を懸けた選択だった。
入学に際しては、学校側に障害者手帳を提示し、自身の特性を伝えていた。
しかし、入学直後の調理実習で、発達障害の特性ゆえに手順の説明でパニックになったAさんに対し、教員はクラス全員の前で「あなたが嫌われないのは、班員が優しいから」と言い放ったという。
「調理実習で班になって作業していましたが、ただでさえ慣れない作業の中で、一気に説明されるとパニックになりやすい。次に何をすべきか戸惑い、右往左往していたんです。
以後も教員からの叱責は続き、Aさんは抑うつ状態となり、不眠症状が出てしまう。
「そのことで授業中にウトウトしてしまった時があったんです。するとまた、クラス全員の前で『みんなのモチベーションを下げるようなことをしないで』と叱責されました」
さらに10月の調理実習中には、体調を崩してしまったAさんが、実習室の外で椅子に座り、机に伏して休憩していると、教員がやってきてAさんの肩を強く叩き、「寝ちゃいけないなんて、みんな知っているのよ!」と怒鳴りつけたという。
「学校側には事前に伝えていたと思いますが、私には聴覚や触覚の『感覚過敏』があります。特に上半身を触られることに対する不快感と恐怖は、健常者が想像する以上だと思います」
こうした教員の態度が、同級生の中で「Aさんをいじめの対象にしてもいい」という空気を作り出していたとAさんは振り返る。教員の態度に呼応するように、同級生からの嫌がらせもエスカレートした。
放置される同級生からの“いじめ”
特に同級生のBさんは、Aさんに対し「あなたを慕う人なんていない」「みんなに嫌われている」といった人格を否定するようなメッセージを個人LINEのトークで送りつけてきたという。また、2025年1月には、教員が個人のSNS(Threads)上で、Aさんを含む複数の学生について「休んだのに後からレポートを受け取ってほしいというのはおかしい」といった趣旨の投稿をしていたことも発覚した。
Aさんは担任に教員の不適切な言動や同級生からのいじめ被害を何度も訴えたが、学校側は被害を矮小化。具体的な調査は行わず、被害者であるAさんに責任を転嫁するような発言を繰り返した。
同年2月の学園祭頃には、いじめはさらに公然と行われるようになっていた。
Bさんが、連れてきた友人と一緒に、他の人がいる前でAさんを指さし、「作業をサボっている」「服装が変だ」と嘲笑した。
「ワザと私に聞こえるように言ってきましたし、話の内容からは私がいないときにも言っていたことがわかりました。それでも、担任は『あなたにも非があるんじゃないか』『自分で言ったらどうですか?』と言うだけ。面倒だったのでしょうか。相談をしても何の対応もしてくれませんでした」(Aさん)
その後、Bさんの悪口はAさんの友人にまで波及し、ついに口論へと発展する。別の学生からBさんの言動について相談があったことで、教員はようやく重い腰を上げBさんに注意したが、すでにAさんの精神状態は限界を迎えていた。
突然の「退学宣告」と「教育を受ける権利」のはく奪
6月13日、鬱が悪化していたAさんは、担任に「死ね」という一言だけのメールを送信してしまった。学校側はこのメールを重く見て、Aさんを呼び出した。弁明の機会こそ設けられたものの、「校外実習に行かせない」といった内容を告げられ、その様子を無断で録音されるなど、教育的指導とは言い難い圧迫的な対応が取られたという。
さらに7月2日、保護者への事前相談もないまま、Aさんは再び学校に呼び出される。
そこで告げられたのは「明日から来なくていい」という事実上の強制退学処分だった。理由は、学則にある「性行不良で改善の見込みがない」「学校の秩序を乱した」という項目への該当だという。
「メールを送ってしまったことは反省しています。しかし、これまで一度もいじめへの適切な対応がなされず、精神的に追い詰められていました。
学校側の対応は冷徹を極めた。顧問弁護士を通じてAさんに「学校に来たら警察を呼ぶ」と通告し、事務局やコンプライアンス窓口への連絡さえも拒絶した。
踏みにじられた再出発の機会
Aさんの代理人弁護士が学校側に交渉を求めたが、学校側は「適切に対応した」との一点張りを崩さなかった。居場所を失ったAさんは追い詰められ、12月1日、市販薬を大量に摂取(オーバードーズ)した。救急搬送され、一命は取り留めたが、その心に負った傷は今も癒えない。その後の話し合いでも、学校側が提示した和解条件は「1年生の時の履修証明書を出す」というものだけで、退学処分の妥当性を説明したりいじめへの責任を認めたりすることはなかった。
冒頭で述べた通り、専門学校は「いじめ防止対策推進法」が定める義務の枠外にある。しかし、教育機関として学生の安全を守り、障害に対する「合理的配慮」を行う義務(障害者差別解消法)は免れないのではないか。
「私はただ、父のような栄養士になって、もう一度人生をやり直したかった。私と同じような思いをする人を二度と出してほしくない」(Aさん)
Aさんは現在、学校の対応は不当であるとして、復学と慰謝料を求め、弁護士会に人権救済申し立てを行う準備を進めている。
筆者は事実関係を確かめようと学校側に取材を申し込んだが、担当者は「顧問弁護士に対応を任せているため、答えられない」と回答するのみだった。
【相談窓口】
まもろうよ こころ(厚生労働省)。
https://www.mhlw.go.jp/mamorouyokokoro/
■渋井哲也
栃木県生まれ。長野日報の記者を経て、フリーに。主な取材分野は、子ども・若者の生きづらさ。依存症、少年事件。教育問題など。

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