雇用契約を保ったまま、別の企業とも雇用契約を結ぶ「出向」。社員が二重に雇用契約を結ぶ状態となるため、どちらの企業の就業規則を適用するのかなど、労務管理が複雑になりがちです。

この記事では、出向の概要や目的などの基本を整理するとともに、出向を行う際に必要な知識と情報について、弁護士監修の下で解説していきます。出向時に必要となる各種契約書のひな型もダウンロード可能ですので、ご活用ください。

出向とは

出向とは、出向元である企業との雇用契約を維持したまま、別の企業で働くこと。「企業間人事異動」とも言われています。英語では「secondment」や「temporary transfer」などと表現します。出向した社員が出向元企業に戻ることを、「帰任」などと言います。出向は、出向元と出向先の2社と雇用契約を持つ状態です。まずは、出向の目的やメリット、基本的な出向の種類などを確認していきましょう。

出向の目的や人選は?

出向の目的は、「人材育成/キャリア形成」「経営再建/人事戦略」「企業間交流」「雇用調整」の大きく4つに分けられます。どのような目的で出向を行うかにより、人選も変わってきます。出向の目的と人選について、下の表にまとめました。

●出向の目的と人選

出向には2種類ある

出向は、「在籍出向」と「転籍出向」に分けられます。それぞれの特徴や違いは、以下のとおりです。

●在籍出向と転籍出向の特徴と違い

在籍出向:在籍したまま他の企業へ出向すること

在籍出向とは、出向元との雇用契約を維持したまま、出向先とも雇用契約を結ぶ状態のこと。一般的な出向は、「在籍出向」に当たります。

一定期間、出向先で業務に従事した後に、出向元に復帰することを前提としています。今回の記事では、出向=在籍出向という意味合いで説明していきます。

転籍出向:出向先の企業に転籍して出向すること

転籍出向は、出向元との雇用契約を解消し、出向先と新たに雇用契約を結ぶ状態で、「転籍」とも呼ばれます。雇用契約は出向先とのみ締結する形となり、出向元への復帰を前提としていない点が、在籍出向とは異なります。実質的には「転職」と同様の状態とも言えるでしょう。

出向の期間はどのくらい?延長できる?

出向期間について、法的な決まりはありません。企業が社員を出向させる際に必要な「出向規定」で定めた期間が、出向期間となります。どのような目的で出向を行うかによっても期間は変わりますが、帰任を前提とする場合には、「半年~3年間」の間で定めるのが一般的のようです。また出向期間は、必要に応じて延長または短縮することもできます。出向期間を調整する可能性がある場合には、延長または短縮させることがある旨を、「出向規定」にあらかじめ記しておきましょう。

出向のメリット・デメリット

出向には、さまざまなメリットとデメリットがあります。社員側と企業側から見た、それぞれのメリット・デメリットを確認しておきましょう。

社員側のメリット・デメリット

社員側のメリットとして、若手社員の場合、新たな環境で働くことにより、技術やスキル、コミュニケーション能力などの向上が期待できます。また、年代を問わず新たな人脈を作れることや、自社を客観的な視点から捉えられるようになるのも、メリットの1つです。

出向先で得た知識や経験を帰任に活かすことで、自信にもつながるでしょう。

一方、デメリットとしては、職場環境への適応が難しい場合や、賃金などの待遇に差がある場合に生じるモチベーションの低下が考えられます。出向を行う際は、社員の心理的負担解消やモチベーションの維持につながるよう、環境や待遇面でも支援するとよいでしょう。

企業側のメリット・デメリット

企業側にとってのメリットは目的によって異なりますが、一般的には人材育成につながるという点が挙げられます。社員が他社での経験を積むことが自社に復職した時の糧となり、自社の発展に役立ちます。また、企業間の関係性強化という面でも、大きなメリットとなります。優秀な人材の出向により、出向先の経営によい影響をもたらすことができれば、特に厚い信頼を得ることができるでしょう。

一方、優秀な人材を他社へ出向させることには、リスクも伴います。思わぬ経営環境の変化や人事異動があったときにも、いったん結んだ出向契約を、一方の都合のみですぐに解消させることが困難なためです。中小企業など少数精鋭で働く企業では、出向を慎重に考える必要があるでしょう。

出向は「派遣」「左遷」「出張」「兼務」「異動」「転勤」「業務委託」と何がどう違う?

出向と似たものとして、「派遣」が挙げられます。また、法律用語ではありませんが、「左遷」という位置付けで出向が行われる場合もあるようです。それぞれの違いについて説明します。

派遣

出向と「派遣」は、いずれも出向元や派遣元会社と社員が雇用関係を維持しつつ、出向先や派遣先会社に労務提供し、その指揮命令を受けるという点では、酷似した関係にあります。他方で、出向と「派遣」の一番の違いは、企業と社員間の契約関係です。出向の場合、社員は「出向元」および「出向先」企業と二重の雇用関係にあります。一方、「派遣」では、社員は派遣元会社と雇用契約を結んだ状態です。

●派遣と出向の違い

【疑問解決】出向とは?給与は誰が支払う?契約書はどうする?ルールを徹底解説

(参考:厚生労働省『労働者派遣と在籍型出向との差異』)

左遷

「左遷」は法律用語ではありませんが、社員に対する懲罰的な意味合いで、待遇や地位を降格させる形で出向を行う企業もあるようです。しかし、この場合は、そもそも業務上の必要性があるか、企業に不当な動機・目的がないか、社員に大きな不利益が生じないかといった観点から、出向が無効とされる場合があるので、注意が必要です。
(参考:『【弁護士監修】懲戒処分とは?種類と基準―どんなときに、どんな処分をすればいいのか―』)
(参考:『【弁護士監修】降格する際、何からどうする?違法にならないために注意したいこと』)

出張

出向と出張の違いは、「雇用関係を新たに結んでいるかどうか」です。出張とは、社員との雇用関係を保ったまま、普段とは異なる勤務地に社員を一定期間、業務目的で赴任させること。他社応援という名目で、企業グループ内の系列会社で業務を行う場合もありますが、この場合は、他社の系列会社が指揮命令を行うと、法的には「出向」または「派遣」と言わざるを得ず、適切な法的手続きが求められる場合もあるので、注意が必要です。

兼務

兼務とは、2つ以上の職務を兼ねる状態を指す言葉です。出向と兼務では、同時に従事する職務の数が異なります。兼務では、複数の部署や組織の業務を同時期に行います。一方、出向の場合、出向期間中は基本的に出向先の指揮命令の下で、出向先の業務のみに従事します。

なお、日によって、あるいは時間帯によって、出向元と出向先それぞれの業務に従事する出向契約を、「兼務出向」と呼ぶ場合があります。

この場合、「出向元と出向先での業務を兼務」する状態になるため、出向元・出向先での勤務日や勤務時間、業務等について、出向契約において明確に定め、出向社員にも十分な説明を行うことが重要です。

異動

異動とは、職種の変更・担当業務の変更・転勤・昇格・昇進・降格・降任・出張など企業内で行われるものと、出向・転籍などの企業間で行われるものに大別されます。「出向」には、「企業間の人事異動」という意味合いがあるため、異動の1つとされています。

転勤

「転勤」とは、同一組織や組織内の部署において勤務地が変わることで、「拠点間人事異動」とも言われます。転勤の場合、引っ越しを伴うのが一般的です。「異動先が同一組織か否か」という点で、転勤と出向は異なります。

業務委託

業務委託は、一部または一定期間の業務を切り出して、外部の企業・個人に実施してもらうこと。業務を提供する受注者(または企業)と業務を委託したい発注者は、「業務委託契約」は結ぶものの、「雇用契約」は結びません。

出向契約とは?出向元と出向先の契約関係を理解しよう

出向契約とは、出向元と出向先との間で、出向者に関する労働条件や指揮命令関係、その他の出向における企業間のルールを定める契約です。出向者の地位や賃金、人事考課、労務管理に関する契約事項を記載した出向契約書を、出向元・出向先で取り交わします。これらの契約は、法律などで義務付けられたものではありません。しかし、出向先や出向元、出向者の認識を合わせ、スムーズに業務を開始できるようにするため、必ず事前に出向先企業との間で、出向契約を交わしておきましょう。なお、出向契約書の記述内容とひな型については、後ほど詳しく解説します。

●出向元・出向先企業間と、出向者の契約関係

【疑問解決】出向とは?給与は誰が支払う?契約書はどうする?ルールを徹底解説

出向者の労働条件は事前に2社間で取り決めを

出向者の労働条件は、「出向に関する就業規則」「出向規定」「労働協約」および、出向に際しての個別的合意によって決まります。出向者は、出向先企業の指揮命令を受けて労務提供を行うため、労務提供に関する部分については、基本的に出向先企業の就業規則を適用します。

労務提供に関する部分には、「始業・終業時刻」「労働時間」「休日・休暇」「安全衛生」などが該当します。また、残業に関する協定である「36協定」に関しても、出向先の協定が適用されます。
(参考:『【弁護士監修】36協定は違反すると罰則も。時間外労働の上限や特別条項を正しく理解』)

一方、労務提供を前提としない「定年」「退職金」「解雇」といった、労働契約上の地位に関するものについては、出向元企業の就業規則を適用することが一般的です。また、懲戒の権限は、出向先企業が有することも多いですが、出向元企業と出向先企業が併有する場合もあります。

なお、出向者の労働条件に関する重要な事項については、事前に出向契約で定め、その内容を出向社員に示すことが望ましいとされています。出向契約を結ぶ段階で、出向社員と書面にて約束を取り交わしておきましょう。

出向社員の給与と社会保険はどちらが負担するのか

出向者の給与支払いに関しては、明確な定めがないため、出向契約でどちらが支払うのかを決定します。その際、給与は「労働に対する対価」という性質を持つため、労務提供を受ける出向先企業が支給するのが一般的です。ただし、同一条件に対しての給与ベースが、2社間で異なる場合には対応が分かれます。

この場合、給与の支払い方法としては、「①直接支給」と「②間接支給」の2通りが考えられます。「①直接支給」では、出向先企業が直接出向者本人に支給し、差額分を出向元企業が補填します。一方「②間接支給」では、出向元企業が出向者本人へ給与を支給し、出向先企業から出向元企業へ、給与相当額の給与負担金を支払います。

また、この他にも、各企業が負担分を別々に支払う方法も考えられます。社会保険料の負担は、それぞれのパターンで異なるため、注意が必要です。

●給与支払いのパターン別による、社会保険料の負担先

健康保険・厚生年金保険

健康保険と厚生年金保険は、直接給与を支払う「窓口企業」が負担します。そのため、「直接支給」の場合は出向先が、「間接支給」の場合は出向元が、健康保険料と厚生年金保険料を負担する必要があります。給与を出向元・出向先が各々で支払っている場合には、各社の支払額に応じた金額を負担します。実質的な給与負担がどちらかは問われないため、注意が必要です。

雇用保険

雇用保険は、「直接給付」の場合には出向先が負担します。一方、「間接支給」および、それぞれの企業が支給する場合は、実質的な支払額が多い方が負担することになります。雇用保険の負担先があいまいにならないよう、出向元・出向先のどちらも給与を負担している場合には、あらかじめ両社の認識を合わせておきましょう。

労災保険

労災保険は、出向先が負担します。労災保険は労働契約法第5条の「安全配慮義務」に関連したものですが、この条文では、企業は労働契約に従い、社員が心身の安全を確保しつつ労働できるよう、必要な配慮を行う必要があると定めています。そのため、給与の負担元や支払元にかかわらず、実際に労務提供を受ける出向先が労災保険を負担します。

出向社員の給与負担に関する税制上の注意点

出向を行う際には、給与や社会保険料の負担だけでなく、税制上の扱いにも注意する必要があります。出向者の給与負担に関する税制上の注意点について、ご紹介します。

業務提供に基づく給与負担金には消費税がかからない

消費税が発生するかどうかは、課税仕入れに該当するかどうかで判断します。課税仕入れとは、消費税の計算上、課税売上から控除する仕入れ金額のこと。国税庁によると、企業が役務の提供を受けた場合、「その役務の提供が雇用契約に基づくもので、それに対して支払った対価が給与所得となる場合には、課税仕入れには該当しない」とされています。給与の支払い方法にはさまざまなパターンがあるものの、いずれの場合でも出向者に対して給与を支給したものとして取り扱われます。このことから、給与負担金分については、消費税の支払い義務は生じません。
(参考:国税庁『No.6475 使用人の出向・人材派遣など』)

合理性のない負担金は寄付金として課税対象となる場合も

出向社員の給与支給とは別に、出向先企業が出向元企業に対し、「給与負担金」や「技術指導料」という名目で支払いを行うこともあります。社員の労働に対する本来の額を超えた負担金を支払った場合、その支払いに合理的な理由がないと判断されれば、「出向元企業への寄付金」として課税対象となる可能性があります。

たとえば、出向社員の給与を出向元企業が窓口となって支払い、出向先が負担金を出向元に支払うケースを考えてみましょう。出向社員の出向元での給与を40万円、出向元に支払う「経営指導料」を50万円と仮定します。この場合、40万円は出向社員の給与に相当するため、課税対象外になります。しかし差額の10万円については、ノウハウ等の技術指導を受ける対価として相当だと認められれば非課税ですが、合理的な理由がないと判断された場合には、課税対象となる可能性があります。

【疑問解決】出向とは?給与は誰が支払う?契約書はどうする?ルールを徹底解説

出向社員が出向先企業で役員になる場合の給与はどうなる?

出向社員が出向先企業で役員となる場合、出向先企業が支払う負担金は、役員給与に該当します。そのため、必要な手続きを行うことで、「定期同額給与」や「事前確定届出給与等に該当する役員給与」として、非課税の扱いにすることが可能です。具体的には、次のような手続きを行います。

①役員に係る給与負担金額について、その役員に対する給与として出向先法人の株主総会等の決議がされていること
②出向契約等において、出向者の出向期間及び給与負担金額があらかじめ定められていること

(参考:国税庁『第9款 転籍、出向者に対する給与等』)

給与の仕訳はどうなる?

給与を間接給付する場合、企業間に給与相当額のやりとりが発生します。この場合、給与に該当する金額の仕訳としては、支払う側は「支払手数料等」、受け取る側は「受取手数料等」として処理します。また、いったん受け取った金額を社員に支給する際は、「給与」として取り扱うとよいでしょう。

出向社員に対する残業代、賞与、退職金などの諸手当はどうする?

出向社員に対する残業代や賞与、退職金などの諸手当の扱いについて、ご紹介します。

残業代――出向元の規定で支給

原則として、残業を行った分の時間外手当は、出向元の規定によって計算します。これは、出向者の賃金等労働契約の根幹に関わる事柄は、出向元企業との雇用契約内容を優先させるという前提があるからです。ただし、労働提供は出向先で行われるため、労務管理は多少複雑になります。給与を直接支給する場合は、出向元の規定に基づいて計算しましょう。また、間接支給の場合は、時間外労働の状況や時間を、出向元に伝える必要があります。出向社員の残業代をどのように算出・支給するかは、この後でご紹介する「出向契約書」で事前に取り決めておきましょう。

賞与――出向元の規定で支給

賞与に関する計算も、残業代と同様に、出向元企業の賃金規程に基づいて行うのが原則です。しかし場合によっては、出向元の賞与基準に従って計算された賞与を、出向先が全額支払うのが困難なこともあるでしょう。この場合、出向先が相当分の賞与額を負担し、出向元が残りを補填する必要があります。また、この際に負担する賞与額については、課税対象外とされます。
(参考:国税庁『第9款 転籍、出向者に対する給与等』)

退職金――出向元の規定で支給

出向社員の退職金は、出向元の規定が適用になります。出向期間も勤続年数に含めて計算しましょう。また、出向期間相当分の退職金を出向元が負担する場合も、課税対象外です。

社員の出向に際して準備する契約書類4点を解説

社員の出向にあたっては、出向元企業と出向先企業間、出向元企業と出向者間で、出向に関する約束事を記した書類を作成し、互いの合意を得ておく必要があります。企業間と、企業と個人間で取り交わす、4種の書類を見ていきましょう。

なお、以下に各書類のひな型を作成しました。定型の様式はないものの、ひな型を用意しておくとスムーズに作成できます。下記からダウンロードして利用することも可能です。自社に合わせた形にカスタマイズして、ご利用ください。

【無料】出向時に必要な契約書類4点

①出向契約書 ②覚書 ③出向辞令 ④出向通知書兼同意書ダウンロードはこちら

企業間で取り交わす書類

出向元企業と出向先企業間で取り交わす書類は、「出向契約書」となりますが、出向契約書の細則を「覚書」という形で締結することもあります。それぞれの書類の目的や記載内容を確認しましょう。

①出向契約書

出向契約書は、社員の出向を承諾する条項を記載し、企業間で合意を得るものです。契約書には企業間での合意の証として、それぞれの署名欄も設けましょう。出向契約書には、基本的には以下のような条項を記載します。

・当事者(出向元/出向先企業および、出向者に関する情報)
・出向期間(開始日/終了日、期間の短縮/延長に関する取り決め)
・出向期間中の出向元会社での扱い(在籍出向/転籍出向の形態に応じて記載)
・服務規律(懲戒処分などについての分担)
・給与・賞与と社会保険の負担
・交通費
・その他協議事項 など

②覚書

覚書とは、出向契約書で定めた各条項の詳細について記したものです。覚書には、たとえば実際に業務に当たる上での諸費用や労働の場所と内容など、以下のような内容を記載します。また、両者間で了承を得た印として、それぞれの署名欄を設けておきましょう。

・出向者の給与と時間外労働時の追加費用について
・費用の支払い方法について
・出向者の労働場所と内容について
・労働条件(休憩/時間外労働/休日労働)について
・両社の窓口担当者について

出向元企業と社員間で交わす書類

次に、出向元企業と出向する社員との間で交わす2種の書類を確認しましょう。

③出向辞令

辞令とは、人事に関する企業命令を記し、社員に交付する書面です。「出向辞令」は、当該の社員を出向する旨を明記し、本人に直接渡します。その際には、出向を命ずる根拠を記載する必要があります。就業規則の記載内容にのっとり、「就業規則〇条により」という文言を入れることに注意しましょう。また、開始日から終了日までの「出向期間」や「出向先の企業名」も記載します。

なお、出向を行うには社員の同意が必要ですが、出向の可能性や出向先における社員の身分・待遇・出向期間などについての言及が就業規則等の規程類でされており、その旨に包括的に同意を得ている場合は、別途個別の同意を得ることなく出向辞令(出向命令)を行うことが可能となります。ただしこの場合も、出向命令の有効性については個別事情によって結論が異なるため、注意が必要です。

④出向通知書兼同意書

出向通知書兼同意書は、出向先の情報やそこでの待遇を具体的に記し、社員の同意を得る書面です。了承した旨を記すために、出向元企業の名称と代表者名、社員の署名欄を設けましょう。出向通知書兼同意書には、基本的には以下の項目を記載します。

・出向先の情報(名称/代表者/所在地/事業内容/資本金/社員数)
・出向先での所属(所属部署/担当業務)
・労働条件(出向期間/労働時間/休日/有給休暇/給与/賞与/社会保険・雇用保険・労災保険/福利厚生)
・特記事項

出向社員の受け入れにはどんな契約・書類の準備が必要?

企業が出向者を受け入れる際には、どのような書類を準備する必要があるのでしょうか。受け入れ時に必要となる書類について、ご紹介します。

①賃金規程

出向者の給与支払いに関する規則については、出向元企業と出向先企業間の協議の下、事前に取り決めておきます。出向では、出向元と出向先での給与条件が変わる場合が多いため、出向契約書において、その差額分をどちらが負担するのかなど、詳細について決定しておきましょう。
(参考:『【社労士監修・テンプレート付】賃金規程の書き方・変更方法と注意すべきポイント』)

②労働条件通知書

労働条件通知書とは、労働契約時に企業が社員に対して交付する書面のこと。契約期間や就業場所、給与といった労働条件について記載します。労働条件通知書の交付は、労働基準法第15条第1項で企業の義務として定められていますが、出向者もその対象に含まれます。出向を受け入れる際には、必ず労働条件通知書を作成して交付しましょう。なお、この労働条件通知書の作成・交付は、出向元が出向先のために代わって行うことも可能と考えられています。
(参考:『【記入例・雛型付】労働条件通知書とは?雇用契約書との違いや書き方をサクッと解説』)

出向社員の評価や人事制度は出向元、出向先、どちらが適用される?

出向社員の人事制度の適用については、企業間で先に取り決めておくことになります。ただし人事制度では、社員の実際の働きに対して評価を行うことも多く、実際に業務に当たる出向先での評価方法に照らし合わせて行うケースが多いとされています。一方、出向社員の給与や賞与については、出向元の基準にのっとって行うのが一般的です。このため、出向元で必要になる人事評価についての情報は、出向先での評価結果を共有してもらい、反映させるとよいでしょう。
個人情報の取り扱いのルールについても確認し、必要に応じた対策を行うことに注意しましょう。

(参考:『人事評価制度の種類と特徴を押さえて、自社に適した制度の導入へ【図で理解】』)
(参考:e-Gov『個人情報の保護に関する法律第二条第一項』)

出向社員が出向先から戻る場合(帰任)の取り扱い

出向社員が出向元企業に戻ることを、「帰任」と言います。帰任は、原則として出向期間満了に伴って行われますが、さまざまな事情から出向が延長または短縮になる場合にも、出向社員を帰任させることができます。出向時に交わした約束の内容が、実際の条件が異なる場合や社員にとって不利に働く場合、労使間のトラブルにつながる可能性も考えられます。そのため帰任に際しては、「帰任時の地位」や「賃金」などの処遇が、出向契約で交わされた内容に基づいたものとなっているかどうか、確認が必要です。

また、出向先での業務と帰任時の業務内容にギャップがあると、「帰任後に担当する業務への適応に時間がかかる」「出向先での経験が活かせず、仕事にやりがいを感じられなくなる」といった問題が起こる可能性があります。帰任した社員への配慮やサポート体制についても、考えておくとよいでしょう。

出向を解除する場合はどうすればよい?

原則として、出向は期間を定めて行うものです。しかし先ほど紹介したように、何らかの事情により途中で出向が解除となることもあります。出向を解除する際の対応について、ご紹介します。

出向解除は出向社員の合意を得ずに行える

在籍出向の場合、出向の解除は、出向先との合意の上であれば、特段の事由のない限り、出向社員の同意を得なくても行える旨を示した判例があるため、出向解除は出向社員の同意を得ずに行うことも可能と考えられています。ただしこの判例は、出向期間の定めがない事例における判断なので、出向期間の定めがあり、別途その期限に出向者が利益を有する場合については、特段の事由に該当するかどうかを判断する必要があります。また、転居を伴う出向解除は、出向社員の金銭的な負担となるため、引っ越しにかかる費用を会社が補助するなど、配慮するのが望ましいでしょう。

出向解除の場合は出向元が辞令などで通知を

出向を解除する場合、出向を解除とする旨を記した辞令を、出向元企業から出向社員に通知しましょう。形式は任意ですが、「解除日」や「出向元企業への帰任日」などを記載します。引っ越しなどを伴う帰任の場合、相応の準備期間が必要になるため、ゆとりを持った期間を設定しましょう。なお、出向先企業から出向社員へは、辞令を発令する必要はありません。

出向社員が退職になった場合、手続きは出向元、出向先、どちらが対応する?

出向社員の退職時の手続きは、出向元企業が行います。これは、「出向社員の退職は、実際の労務提供に関する範囲を超えるため、出向元企業の規則にのっとって行う」という前提によるものです。

また、出向社員の退職に伴い、出向元と出向先企業で交わした出向契約も解消されます。契約を解消する可能性についての条項を出向契約に設けておくと、スムーズに対応できるでしょう。

出向を「業として」行う出向契約は法律違反になる

出向は、職業安定法第4条第6項の「労働者供給」に該当し、これが「業として」行われる場合は、職業安定法第44条の「労働者供給事業」に該当するため、法律違法と判断されることがあります。厚生労働省が示す4つの目的のいずれかに該当する場合は、「業として」行われていると判断し得るものは少ないとされていますので、以下では4つの目的について説明します。
(参考:e-Gov『職業安定法第44条』)
(参考:e-Gov『労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律』)

厚生労働省が示す4つの目的

厚生労働省は、『労働者派遣と在籍型出向との差異』において、4つの目的について次のとおり示しています。

目的①:雇用機会の確保のために行われる

雇用機会の確保としての出向は、景気の変化などで雇用量が過剰と判断されたときに行われます。具体的には、人件費の節約や整理解雇を防ぐ目的で、出向により人件費を出向先に負担してもらう場合が該当します。この他にも、中高年社員を子会社や関連会社に出向させ、一定のポストに就く「ポスト不足対策」としての出向も、雇用機会の確保と見なされます。また、定年前後から他の企業へ出向させ、最終的には転籍につなげる「高年齢者の再就職対策」も、雇用機会の確保に相当するでしょう。

目的②:経営指導、技術指導として行われる

「子会社・関連会社の経営管理、技術指導、技術支援」や「経営不振に陥った企業の再建のための支援」などを目的とする場合、経営指導や技術指導の実施に該当します。新たなシステム構築のためにエンジニアを出向させる場合や、一定の経験や地位のある社員を関連会社の取締役として出向させる場合なども、これに該当すると考えられます。

目的③:職業能力開発の一環として行う

「若手社員の人材育成」を目的とした出向は、職業能力開発の一環として行う出向に該当します。若手社員が多様な業務に携わることにより、専門的な知識・技術を習得することは、職業能力開発に当たるためです。子会社から親会社へ出向する場合には、このケースが多く見られます。

目的④:企業グループ内の人事交流の一環として行う

企業グループ内での人事交流としての出向は、新規事業を行う子会社や関連会社などを設立し、若手および中堅社員を出向させる、「経営の多角化の効率的推進」などの目的で行われます。さらに、「企業の人手不足対策」として、人手が不足する子会社に出向させる場合も、人事交流の一環と考えられます。親子会社間、関連企業間での連携を強化することを狙いとする「人材の交流を目的とした出向」も、人事交流の一環だと言えるでしょう。

偽装出向・偽装請負の問題

上の目的に当てはまらない出向は「偽装出向」と判断され、違法となる場合があります。偽装出向とは、契約上は出向の形を取っているものの、その実態が労働者供給事業である状態を指します。上記の目的を満たさない場合、職業安定法第44条により禁止される労働者供給事業に該当するだけでなく、労働基準法第6条に規定される「中間搾取の禁止」にも違反することが考えられます。なお、同様の問題は、契約上は請負の形を取っているものの、その実体が労働者供給事業である「偽装請負」の場合にも当てはまります。

なお、形式上は前述の4つの目的に該当していても、実態が事業として行われているケースでは、適法な出向には該当しません。この場合、労働者供給事業と見なされれば、職業安定法の規制を受けることになるため、注意が必要です。
(参考:厚生労働省『労働者派遣と在籍型出向との差異』)

法律違反となったケース

偽装出向や偽装請負と判断されたケースをご紹介します。

大手トラックメーカーによる、1,100名の偽装出向

この件は、出向という名目の下で、トラック製造大手企業が人材サービス会社から1,100名の人員を自社工場に受け入れていたものです。これに対し労働局は、「職業安定法の労働者供給事業の禁止」に違反するとして指導を実施。これを受けて、企業は全ての出向社員を派遣労働者に切り替えました。このケースでは、厚労省が示す上記の目的に違反していると判断されたものと考えられます。

大手精密機器メーカーによる偽装請負

大手精密機器メーカーで偽装請負の状態で働かされていたとして、請負会社の社員5名が同社を相手取って正社員の地位の確認などを求め、訴訟を起こしています。これに対し、企業は関連会社での正社員雇用を行うことで、和解しています。

出向に関するQ&A:こういうときはどうすればよい?

出向にはさまざまなケースがあり、企業は個別の対応が必要になる場合が多くあります。出向に関するそれぞれのケースへの対応について、弁護士の見解をお伝えします。

社員は出向命令を拒否できる?

上記のとおり、出向が就業規則や雇用契約などによって規定されており、企業がその社員に対する出向権限を持っていると解される場合は、基本的に社員は出向命令を拒否できません。しかし、その命令が権利の乱用と認められる場合は、出向を拒否できる可能性があります。権利の乱用とされるのは、「出向の必要性が認められない場合」「出向の相当性がない場合」「出向の動機・目的が不当な場合」です。つまり、企業は必要性のない出向により、社員の待遇を低くする、退職に追い込むなど、そういった嫌がらせ目的で出向を行うことは許されません。

なお、企業に出向権限がある場合でも、社員の個別の事情を考慮して、出向時の処遇や期間、帰任時の対応などに配慮する必要があるでしょう。

出向社員が出向元に復帰したいと要求してきた場合は応じるべき?

出向者からの帰任要求に応じるべきかどうかは、出向契約で交わした期間や出向目的、当該社員の事情などから、総合的に判断する必要があります。たとえば、出向期間が明確に定められている場合は、その期間が終了すれば出向社員からの復帰要求に応じる必要が生じるでしょう。出向期間がはっきりと定められていない場合も、出向の目的が明確であり、その目的が達成されたと客観的に判断できれば、出向社員の帰任要求を受け入れるのが妥当でしょう。

一方、出向期間や目的が不明確な場合は、出向先での勤務期間や出向の目的、出向先や出向元の状況などに応じて、復帰が相当かの判断を行います。出向先で出向社員が欠かせない存在であったり、出向時に予測することができなかった事情が生じたりしたような場合、延長や長期化の正当性が認められることもあるでしょう。

研修目的で社員を出向させた場合の費用負担はどうなる?

研修目的での出向時に、その社員の給与などの費用をどのように扱うかは、両社の協議で決定します。出向の目的が研修の場合、出向先は出向社員に対して、技術やスキルなどを提供することになります。この場合、出向社員が得たスキルや技術は、後に出向元企業の財産となります。そのため、出向元が費用を負担することが妥当と考えられるでしょう。一方、出向社員は期間中出向先で労務を提供しているため、その対価として出向先が負担するという考え方もできます。

ただ、研修という名目の下で行われる出向でも、その実態が出向先に対する「業務提供」である場合、出向元が出向社員の給与などの費用を全額負担すると、「利益供与」に当たる場合が考えられます。このような場合は、課税対象となるケースも考えられるため、出向の実態により適切な判断を行うことが求められるでしょう。

出向社員の健康診断の実施、費用負担はどうなる?

労働契約法第5条では、企業は社員の安全に配慮しなければならないとして、「安全配慮義務」を定めています。また、労働安全衛生法第66条では、社員に対し年に1回の「健康診断実施義務」を定めています。出向社員の場合、その期間実際に従事する出向先が、使用者の義務を負うことになります。よって、出向社員の健康診断の費用は、出向先が負担して実施するのが妥当だと言えるでしょう。

出向社員の有給休暇の日数はどうカウントする?

出向は企業間の人事異動でもあり、出向元と出向先で勤務が継続していると考えられます。よって、出向社員の有給日数は、出向元での勤務実績や就業規則にのっとって付与します。ただ、社員が有給を取得する場合は、出向先の企業の就業規則に従って行います。この際、たとえば出向先で取得できる日数の方が、出向元よりも少ない場合は、社員にとって不利益に当たります。この場合、出向社員には出向先企業の就業規則に従って有給休暇を取得してもらい、差が生じる分(出向先で取得しきれない分)は金銭として買い取るか、あるいは「出向手当」として取り扱うか、どちらかの対応が望ましいでしょう。

取締役も出向できる?

出向は、企業に雇用される社員が、他の企業とも雇用契約を結ぶ状態です。取締役は「企業に雇用される」立場にないため、基本的に労働法上の出向の観念は当てはまりません。もっとも、企業間の関係や目的により、他社の役員に就任したり兼務したりすることで、その任務に当たるといった対応は可能だと言えるでしょう。

出向社員の名刺に記載する所属はどうすればよい?

名刺の第一の目的は、自分の情報を相手に正確に伝えることです。情報とは氏名だけでなく、企業での身分や所属なども基本的な情報として含まれます。名刺の目的から考えると、出向社員の名刺には、出向先での所属を記載するのが原則です。ただし、出向契約や規定に従い、両社での所属を記載しておく場合もあるでしょう。特に、出向元がネームバリューのある企業の場合、出向元企業での所属を記載することで、ビジネスチャンスにつながることも考えられます。

出向前提で採用するのは問題ない?

労働基準法では、企業が社員を雇用する際には、労働条件を明示する義務を課しています。この定めに従って、企業は従業員の雇用時に「労働条件通知書」を作成し、通知しなければなりません。この通知書の中で、「就業の場所および従事すべき業務に関する事項」は、絶対的明示事項とされています。この定めの下、採用時に「就業場所および就業すべき業務」として、子会社への出向と、その企業の業務に携わることがあり得ることを説明し、社員から同意を得ることで、入社間もない新入社員でも子会社へ出向させることが可能です。

一方、子会社への出向を前提として採用する場合、採用プロセスでその旨に関する説明を行わないまま労働契約を締結した場合は、事後的にトラブルに発展する可能性があるため、注意が必要です。

海外へ出向させる場合は何か手続きが必要?

社員を海外へ出向させることになったときは、各種手続きが必要です。この中には、「ビザの申請」が含まれます。海外で仕事をするためには就労ビザが必要になり、申請時には申請書類の他、推薦状などの提出が必要になることもあります。具体的な申請書類は赴任する国によっても変わるため、赴任先が決定した時点で、どのような書類が必要か、渡航先の大使館に問い合わせるとよいでしょう。

また、海外勤務にあたっては他にもパスポートの取得や国外転出届の提出、所得税や住民税等の納税手続きと帯同する家族の健康保険手続きなどが必要です。出向社員がスムーズに手続きを行えるように、申請窓口や手続きのフローなどを一覧で提示し、必要に応じたサポートを行えるようにしておきましょう。

出向してきた社員を解雇させることはできる?

一般的な出向では、実際の労務提供に関わる部分については、出向先の就業規則に従うのが原則です。一方、解雇のように労働者の身分を失わせる行為については、出向元の就業規則に従って行います。このため、出向先の都合で解雇することはできないものと考えられます。出向社員に何らかの問題がある場合は、出向元企業と出向先企業間で話し合った上で、出向元企業が適切な措置を講じることが必要でしょう。

まとめ

   
出向は、「企業間の人材交流」や「業績の立て直し」など、さまざまな目的で行われます。また出向にあたっては、出向元と出向先の企業間で正しく出向契約を締結し、労働条件や給与、手当などの支給や分担など種々の条件を定めておく必要があります。加えて、出向社員にとって不利益とならないように、さまざまな面で配慮を行うことが重要です。法律違反となることを避けるためにも、出向に関する手続きや条件などを正しく理解した上で、出向制度を運用しましょう。

(制作協力/株式会社はたらクリエイト、監修協力/弁護士 藥師寺正典、編集/ds JOURNAL編集部)

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