父が亡くなり、相続人は母・長男(相談者)・二男の3人で、相続財産は主に自宅不動産です。弟に多額の負債があるため、遺産をすべて母に相続させるという遺産分割協議書を作成したところ、債権者から「詐害行為」だと指摘されました。

本稿では、弁護士・相川泰男氏らによる著書『相続トラブルにみる 遺産分割後にもめないポイント-予防・回避・対応の実務-』(新日本法規出版株式会社)より一部を抜粋し、「遺産分割協議に対する詐害行為取消の可否」について解説します。

遺産分割協議に対する詐害行為取消の可否

父が亡くなり、母と長男の私、二男の三人が相続人で、自宅不動産が主な相続財産ですが、弟は、多額の負債を抱えているため、弟に遺産を分けると債権者から追及されるので、遺産は全て母に帰属させ、私と弟は相続しないこととする協議書を作成しました。その後、債権者から、弟に相続させない遺産分割協議は詐害行為だと主張されています。

紛争の予防・回避と解決の道筋

◆共同相続人の間で成立した遺産分割協議は、詐害行為取消権行使の対象となり、当該遺産分割に仮託してされた財産処分であると認められる特段の事情があるときは詐害行為性が認められる

◆平成29年改正民法(令和2年4月1日施行)の下では、遺産分割協議から10年を経過しているとき、または債権者が詐害の事実を知って2年を経過したときは、詐害行為取消訴訟を提起することはできない

◆相続放棄のような身分行為は、詐害行為取消権行使の対象とならない

チェックポイント

1. 相続人固有の債務の状況、債権者への返済状況および交渉状況等について確認する

2. 詐害行為取消権の出訴期間を確認する

3. 相続放棄の申述を検討する

解説

1. 相続人固有の債務の状況、債権者への返済状況および交渉状況等について確認する

(1) 遺産分割と詐害行為取消について

遺産分割においては、法定相続分や指定相続分と異なる内容による分割も可能とされています(遺産分割自由の原則)。

他方、相続人の債権者は、相続人が遺産を相続した際に、その遺産に対する強制執行等を通じて債権回収を図ることがあります。

そこで、相続人債権者からの強制執行等を回避すべく、多額の債務を負う相続人への相続を避ける内容で遺産分割協議を成立させた場合、実質的には債務者たる相続人の相続予定であった遺産が他の相続人に移転することになるため、このような遺産分割協議に基づく財産移転に対し、債権者は詐害行為取消請求権を行使して当該遺産分割協議の内容を取り消し(民424*)、債務者の相続分に応じた遺産の帰属を主張できるかが問題となります。

以下、民法については「民」と表記します。

なお、詐害行為取消請求権は訴訟提起によって行使することが求められており(民424①本文)、詐害行為取消請求訴訟の被告となる受益者は、遺産分割協議に基づいて相続分等を超えて多くの遺産を承継した債務者以外の相続人(本事例では母)となります。

この点、遺産分割協議は身分法上の行為でもあることから、詐害行為取消の対象要件である財産権を目的とする行為(民424②)に該当するかどうかについて議論がありますが、判例は、「遺産分割協議は、相続の開始によって共同相続人の共有となった相続財産について、その全部又は一部を、各相続人の単独所有とし、又は新たな共有関係に移行させることによって、相続財産の帰属を確定させるものであり、その性質上、財産権を目的とする法律行為であるということができる」として、共同相続人の間で成立した遺産分割協議について、詐害行為による取消しを認めています(最判平11・6・11民集53・5・898)。

詐害行為性の「判断基準」と詐害行為取消権成立の「要件」

(2) 詐害行為性の判断基準

もっとも、上記判例は、詐害行為性の判断基準を明確にしていません。この点については、破産手続における否認権行使を排斥した裁判例ではありますが、遺産分割の形式ではあっても、民法906条に掲げる事情とは無関係に行われ、「当該遺産分割に仮託してされた財産処分であると認められる特段の事情があるとき」という判断基準を示しています(東京高判平27・11・9金判1482・22)。

すなわち、上記裁判例によれば、遺産分割自由の原則により、共同相続人間の自由意思に基づく合意であれば、法定相続分と異なる割合での分割も基本的には尊重されるべきとして、遺産に対する破産債権者の期待を強く保護する必要性はなく、遺産分割協議が破産債権者を害する程度(有害性)が大きいとは当然にいえないとの判断が示されています。

上記判断基準は、離婚に伴う財産分与を対象とした詐害行為取消訴訟において、「離婚に伴う財産分与として金銭の給付をする旨の合意は、民法768条3項の規定の趣旨に反してその額が不相当に過大であり、財産分与に仮託してされた財産処分であると認めるに足りるような特段の事情があるときは、不相当に過大な部分について、その限度において詐害行為として取り消されるべきである」(最判平12・3・9民集54・3・1013)と判示した判例の基準に準拠するものです。

これに従えば、遺産分割協議に関しては、原則的には詐害行為取消権の行使は控えられるべきであり、当該遺産分割に仮託してされた財産処分であると認められる特段の事情がある場合に詐害行為取消権の行使が許されることになります(高須順一『行為類型別詐害行為取消訴訟の実務』189頁(日本加除出版、2021))。

(3) 詐害行為取消権成立のための要件

遺産分割協議について詐害行為による取消しが認められるための要件として問題となるのは、客観的要件としては「詐害行為性」、主観的要件としては「受益者の悪意」、そして「特段の事情」の存在です。

まず、「詐害行為性」については、例えば、債務者が無資力の状況下で遺産を承継せず、その分だけ多く他の相続人に遺産を承継させることは、無資力である債務者から他の相続人への贈与と同視できることから、財産処分として詐害行為性を認めることができます。

そこで、詐害行為性のある遺産分割協議の成立を避けるためには、相続人間で、債務の有無および債務額、相続人の財産状況(財産の有無、所有財産の評価額等)、債権者への返済状況および交渉状況等の確認が必要になります。

次に、「受益者の悪意」とは、債権者を害すべき事実、すなわち詐害行為の客観的要件を備えていることの認識を意味することから、詐害行為取消請求権の客観的要件(詐害行為性など)について受益者が認識しているか否かが問題となります。

ポイントとなる「特段の事情」の有無はどう判断すればよいのか

この点、裁判例では、遺産分割に基づく所有権移転登記の直前に、受益者(本事例でいう母)が、税理士から、特定の相続人(本事例でいう弟)に多額の負債があることを知らされて、遺産である不動産の名義を受益者に変えた方がよいとの助言を受けて遺産分割およびそれに基づく登記手続を行った事実を認定の上、当該事実から受益者の悪意を認めた事例があります(東京地判平18・11・30(平18(ワ)1944))。

そこで、受益者の立場からすれば、悪意とならないよう、特定の相続人の債務の有無等をわざわざ確認すべきでないとの見方もあり得るかもしれません。

もっとも、「受益者の悪意」が認められたとしても、相続人債権者からの強制執行等を回避するために、多額の債務を負う相続人への相続を避ける内容で遺産分割協議を成立させたというような事情ではなく、相続人の債務の有無とはかかわりなく、一定の理由から特定の人に承継させる内容の遺産分割協議を成立させたという場合は、遺産分割協議に仮託してなされた財産処分とは認められず、「特段の事情」の存在が否定されることになると考えられます。

(4) 本事例での対応

本事例のように、母が、①弟が無資力であることを認識し、なおかつ、②ことさら弟の債権者からの追及を免れる目的で遺産は全て自身に帰属させる内容の遺産分割協議を成立させたのであれば、本事例の遺産分割協議は詐害行為の対象になり得ます。

そこで、債権者から詐害行為取消請求訴訟を提起されるといった事態を避けるためには、そうした遺産分割協議の成立は避けて、以下「3. 相続放棄の申述を検討する」で詳述するとおり、弟の相続放棄を検討すべきです。

もっとも、本事例とは異なり、母の自宅不動産での居住を確保するために、相続人三人で協議して、遺産は全て母に帰属させる内容の遺産分割協議を成立させたというのであれば、社会通念上そのような協議はしばしば見られることから、上記「特段の事情」があるとはいえないこととなり、詐害行為取消権の行使が否定されると考えられます。

債権者が詐害行為取消訴訟を提起できる「期限」

2. 詐害行為取消権の出訴期間を確認する

(1) 詐害行為取消権の出訴期間

債権者から詐害行為取消を主張された場合、詐害行為取消権の要件該当性について検討することはもちろんですが、詐害行為取消権の期間制限についても忘れずに検討しましょう。

すなわち、詐害行為取消請求訴訟は、債務者が債権者を害することを知って行為をしたことを債権者が知った時から2年を経過したとき(民426前段)、または、詐害行為の時から10年を経過したときは提起できないとされているからです(民426後段)。

この点、民法426条後段の10年の期間制限は、平成29年改正前の民法では20年とされていましたが、改正により10年に短縮されました(改正前民426後段)。

(2) 2年の出訴期間制限(民426前段)

そこで、遺産分割協議後しばらく経ってから債権者が詐害行為取消を主張してきた場合、民法426条1項前段の「債務者が債権者を害することを知って行為をしたことを債権者が知った時」から2年を経過しているかどうかを検討することになります。

まず、2年の出訴期間の起算点となる「債務者が債権者を害することを知って行為をしたことを債権者が知った時」とは、債権者が詐害の客観的事実を知っただけでなく、債務者に詐害の意思のあることを知った時であると理解されていますが、特段の事情のない限り、詐害の客観的事実を知った場合は、詐害意思をも知ったものと推認されるというのが判例の立場です(最判昭47・4・13判時669・63)。

例えば、詐害行為対象となる遺産分割協議により所有権の移転登記がなされた場合、当該登記の存在を債権者が知った時点で「詐害の客観的事実を知った」ことになり、同時に詐害意思も知ったものと推認されますので、当該時点をもって2年の出訴期間の起算点になると考えられます。

もっとも、所有権移転登記がなされた事実のみをもって債権者がその登記時から詐害の事実を知ったとは推認されませんが(大判昭7・3・22民集11・346)、債権者(特に金融機関や債権回収業者)は債務者の資力・財産について常に関心を有していることが通常ですから、詐害行為対象となる所有権の移転登記がいつなされて公となったかは、2年の出訴期間の起算点を検討する上で重要なポイントになります。

(3) 本事例での対応

遺産分割協議が令和2年4月1日以降である場合、平成29年改正民法が適用されることになります。

この場合、遺産分割協議から10年を経過しているとき、弟の債権者は詐害行為取消訴訟を提起できませんし(民426後段)、債権者が詐害行為を知って2年を経過したときも、詐害行為取消訴訟を提起することはできません(民426前段)。

相続後の「詐害行為取消訴訟」リスクに有効な対策

3. 相続放棄の申述を検討する

(1) 相続放棄に対する詐害行為取消の可否について

遺産分割協議が詐害行為取消の対象となる場合、債権者からの詐害行為取消請求訴訟を回避しつつ、多額の債務を有する相続人に遺産を承継させない方法があるでしょうか。

この点、相続人は、相続の効果を確定的に消滅させる相続放棄の申述をすることで(民938)、相続放棄者は初めから相続人とならなかったとみなされますから(民939)、事実上、相続放棄者の相続分に対応する遺産を他の相続人に移転させることが可能になります。

そして、判例は、相続放棄が身分行為であることを理由に、詐害行為取消の対象にはならないと判断しています(最判昭49・9・20民集28・6・1202)。

この昭和49年判決の理解によれば、本事例のように遺産分割協議によって「事実上の相続放棄」をするのではなく、相続放棄の申述で対応することにより、債権者側から詐害行為取消請求訴訟が提起されるリスクを可及的に減少させることができます(もっとも、相続放棄も詐害行為取消の対象とする見解も有力に主張されています。)。

(2) 本事例での対応

母や兄は、事前に弟の債務額、弟の財産状況(財産の有無、所有財産の評価額等)、債権者への返済状況および交渉状況等を十分に確認し、その調査・確認の結果、弟に相続させない内容での遺産分割協議を成立させた場合に弟の債権者を害する可能性があると考えられるときは、弟に相続放棄を検討させるべきです。

〈執筆〉関一磨(弁護士)平成29年 弁護士登録(東京弁護士会)〈編集〉相川泰男(弁護士)大畑敦子(弁護士)横山宗祐(弁護士)角田智美(弁護士)山崎岳人(弁護士)