【ジャパンマテリアル】特殊ガス供給装置メーカーが、なぜ宇宙ビジネスに手を伸ばしたのか?

ジャパンマテリアル<6055>は、半導体や液晶製造工場向けの特殊ガス供給システムの開発・製造・販売や保守管理サービスなどを手がける。1997年に設立、2011年に東京証券取引所と名古屋証券取引所に上場している。

同社は2025年5月、人工衛星やロケット追跡設備の設計・検査および設備の運用・保守を手がける飛鳥電気を完全子会社化した。なぜ、畑違いとも言える宇宙ビジネスの買収に乗り出したのか?同社のM&A史から紐解(ひもと)いてみたい。

本業補完型M&Aで築いたアジア戦略

ジャパンマテリアルは飛鳥電気の買収以前に2件のM&Aを実施しているが、いずれも本業に関わる半導体産業絡みの案件だ。とりわけアジアを主戦場とする部品サプライチェーンの川下領域の獲得に向けたM&Aを戦略的に展開してきた。

2015年にシンガポールのALDON Technologies ServicesとADCT Technologiesの2社を子会社化。ALDONは半導体製造装置部品の販売・洗浄、ADCTは製造・洗浄を担い、いずれも大手ファウンドリー(半導体製造受託会社)との取引関係がある。ジャパンマテリアルは東南アジアを「重要地域」と位置づけており、M&Aによる現地拠点の獲得で営業・サービス体制の現地化を加速させた。

加えて、2023年には同じくシンガポールのGBSを子会社化。同社は半導体製造工程で使われる部品類のセカンドソーサー(オリジナル製品と同じ仕様の製品を取り扱う業者)として、大手ファウンドリーと継続的な取引関係を持つという。

先に子会社化したALDONとの連携で、販売から洗浄・メンテナンスまで一貫対応する体制を構築。ジャパンマテリアルの中核事業である半導体工場向け技術支援・インフラサービスを補完している。

この2件のM&Aからはジャパンマテリアルがアジアでの垂直統合型のサポート体制の構築を狙っていることが読み取れる。

■ジャパンマテリアルのM&A(適時開示公表分)

公表日取引総額(億円)内  容 2014年12月12日 8.55 半導体製造装置部品販売のシンガポールAldon Technologies Servicesなど2社を子会社化 2023年7月21日 23.96 半導体製造装置部品販売のシンガポールGBSを子会社化 2025年5月27日 非公表 ロケット打ち上げ支援設備の飛鳥電気を子会社化

半導体市場の減速が促した事業多角化

そんなジャパンマテリアルが宇宙ビジネスに進出するためのM&Aに乗り出したのはなぜか?その最大の理由は基幹事業である半導体産業の先行き不透明度が増していることだ。

世界半導体統計(WSTS)によると、2024年の半導体世界市場は生成AIやクラウド需要の拡大により前年比19.0%増となったが、2025年は同11.2%増と成長は鈍化する見通しだ。

米州は同15.4%増と好調な一方、アジア大洋州は同10.4%増、日本は同9.4%増と世界市場全体の成長を下回る見通しだ。さらに「トランプ関税」や、それに対抗する中国や欧州での保護主義の台頭などで、半導体世界市場の成長にブレーキがかかる可能性もある。そうした不安材料を払拭(ふっしょく)するためにも、新たな収益の柱となる事業が必要だったのだ。

ジャパンマテリアルが進出を決めた宇宙ビジネスは、急成長が見込まれる。米金融大手のモルガン・スタンレーによると、世界の宇宙産業の市場規模は2040年までに1兆ドル(約144兆円)の大台に乗るという。日本でも宇宙ビジネスを国家の成長産業と位置づけ、現在約4兆円の市場規模を2030年代初頭までに約8兆円に倍増させる目標を掲げている。

このような「追い風」に乗って多くの日本企業が宇宙ビジネスへ参入。ジャパンマテリアルも「時間を買うM&A」で、先発企業を追いかける姿勢を鮮明にしている。同社は飛鳥電気の持つ宇宙関連の専門技術と、自社のエンジニアリング力を融合させ、新規事業の柱として宇宙ビジネスの展開を急ぐ。

成長と財務の両立で攻めのM&Aへ

ジャパンマテリアルの2025年3月期連結決算は売上高、営業利益、経常利益、純利益のすべてで過去最高を更新。一般に10%を超えれば優良企業とされるROE(自己資本利益率)は14.54%(前期比2.61ポイント増)、同じく5%以上が目安とされるROA(総資産利益率)は11.98%(同1.91ポイント増)と業績は順調。経営が健全なうちに宇宙ビジネスをM&Aで取得して、次なる収益の柱に育てる戦略だ。

■ジャパンマテリアルの業績推移

決算期売上高(億円)営業利益(億円)純利益(億円) 2023年3月期 465.34 110.97 79.04 2024年3月期 485.92 77.59 56.81 2025年3月期 526.78 111.88 78.72

ジャパンマテリアルのM&A戦略は、「本業補完」から「新市場の戦略的獲得」へとシフトしている。今後のM&Aでは、宇宙インフラ周辺事業の垂直展開が視野に入るだろう。

飛鳥電気が手がけるのは主に打ち上げや追跡管制に関わる地上設備だが、衛星データの解析や地上通信ネットワーク、宇宙デブリ監視、あるいは商業打ち上げなどへの横展開を図るための買収も十分に考えられる。

最大の宇宙産業市場を抱える米国では、ベンチャー・中堅企業との連携で一気に技術力を底上げする先端技術獲得型M&Aが注目されている。こうした宇宙・先端製造領域に強みを持つベンチャーや中堅企業の買収も同社の視野に入るかもしれない。

ジャパンマテリアルが宇宙ビジネスという新市場での成長を確実にするために、この分野の企業に対するM&Aの「二の矢」「三の矢」をいつ放つのか?今後の同社の動きに注目だ。

文:糸永正行編集委員

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