海外M&Aで地政学は欠かせない。今、世界で何がおき、そこにはどんなリスクがあるのか。
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トランプ政権、対中半導体規制を一段と強化
トランプ米政権が1月に発足して以来、中国に対する経済的封じ込め政策が一段と強化されている。そして、今後注目されることのひとつに半導体産業を対象とした規制がある。
2月下旬、米ブルームバーグ通信などの報道によれば、トランプ政権は日本とオランダの当局者と会談を行い、半導体製造装置に関する対中規制の強化を求めたという。
具体的には、東京エレクトロンやASMLホールディングといった企業が中国で実施する半導体製造装置の保守・点検業務を制限する案が協議された。
また、米国の半導体大手エヌビディアの対中輸出可能な半導体の数量と種類をさらに制限する方針や、中国の通信機器メーカー華為技術(ファーウェイ)の中核的な製造パートナーである中芯国際集成電路製造(SMIC)への制裁強化も検討されている。
これらの動きは、バイデン前政権が開始した対中封じ込め政策を継承しつつ、より強硬な姿勢で対応しようというトランプ政権の意図が読み取れる。
米、半導体製造装置で日本、オランダに協力要請
この状況下で、日本とオランダは重要な役割を担っている。日本は半導体製造装置の世界的なリーダーである東京エレクトロンを擁し、オランダは最先端のリソグラフィ技術を持つASMLを有する。
これらの企業は、中国の半導体産業が先端技術を維持・発展させる上で不可欠な装置やサービスを提供してきた。トランプ政権は、こうした技術が中国の軍事力強化や人工知能(AI)開発に利用されることを阻止するため、同盟国に対し一層の協力を求めている。
米国自身も、ラムリサーチやアプライド・マテリアルズといった自国企業に同様の規制を課しており、日本とオランダにも同等の対応を期待している。
米からの要請、石破政権の重要決断に
石破政権にとって、トランプ政権からの圧力は重要な決断を下す局面となる。石破首相は2024年10月の就任以来、防衛政策や経済安全保障に強い関心を示してきた。
特に、日米同盟を基軸とする安全保障政策を重視する立場から、米国との関係強化は政権運営の柱と位置付けられている。トランプ政権が求める対中半導体規制の強化は、米国の国家安全保障戦略に直結する問題であり、日本がこれに応じない場合、日米関係に亀裂が生じることは避けられない。
歴史的に、日本は米国の対中政策に歩調を合わせてきた。バイデン政権下の2022年には、先端半導体およびその製造装置の対中輸出規制が導入された際、日本とオランダは米国と連携し、独自の輸出管理措置を講じた経緯がある。
トランプ政権の要求はこれをさらに一歩進め、保守・点検業務まで含めた包括的な制限を求めるものだが、石破政権がこれに応じる可能性は高いと考えられる。
石破政権は、国内の政治基盤が脆弱である。2024年10月の衆議院選挙で与党が過半数を失い、野党との調整を強いられる状況下で、外交における成果は政権の求心力を維持する重要な要素となる。
トランプ政権との協調は、日米同盟の強化をアピールする機会となり、国内での支持維持、拡大にも繋がる。また、経済安全保障の観点から、中国への技術流出を懸念する声が日本国内でも高まっており、米国との連携強化はこれに応える形となる。
さらに、トランプ大統領の外交スタイルを考慮すると、日本が要求を拒否した場合、報復措置として関税引き上げなどの圧力が加わるリスクが現実的である。これらの点を総合すると、石破政権はトランプ政権の要請に応じる方向に傾く可能性が高い。
日中の経済・貿易に及ぼす影響
一方、石破政権がトランプ政権の対中半導体規制強化に応じた場合、日中の経済・貿易関係は難しくなる。中国は日本の重要な貿易相手国であり、特に半導体関連産業は日中間の経済連携の要であり、東京エレクトロンなどの企業は中国市場で大きな収益を上げてきた。
しかし、保守・点検業務の制限が実施されれば、中国の半導体製造能力は低下し、日本企業への発注が減少する可能性がある。
さらに、中国側からの反発も予想される。ブルームバーグの報道によれば、中国政府は既に「米国が悪意を持って中国の半導体産業を封殺している」と批判しており、日本がこれに加担すれば、対日感情の悪化や経済的報復措置が懸念される。
例えば、中国が日本製品に対する輸入制限や関税引き上げを実施した場合、自動車や電子機器など、中国市場に依存する日本企業に打撃を与えるだろう。また、日中間の技術協力や共同研究の機会が減少し、長期的な経済関係に影を落とす可能性もある。
米の要請拒否は高リスク
一方で、日本が規制強化に応じなかった場合の影響も無視できない。トランプ政権は、バイデン政権以上の強硬な姿勢で同盟国に圧力をかけることが予想される。
トランプ大統領は選挙戦で米国第一主義を掲げ、全世界からの輸入品に10~20%、中国製品には60%の関税を課すと言及した。このトランプ関税が日本にも適用されるリスクは、日本が対中政策で米国と足並みを揃えない場合に高まろう。
特に、日本の対米貿易黒字は長年の懸案であり、トランプ政権がこれを理由に日本製品への追加関税を課せば、自動車や機械産業など対米輸出に依存する企業に深刻な影響を及ぼす。
トランプ政権の対中半導体規制強化は、今後具体的な形となって現れる。オランダはバイデン政権時代に合意したメンテナンス制限に難色を示した例もあり、日本とオランダの対応が完全に一致する保証はない。それでも、日本の地政学的立場や経済的利害を考慮すれば、石破政権がトランプ政権の要請に応えない可能性は低いだろう。
石破政権、対中半導体規制で板挟み
結論として、トランプ大統領の要請に石破政権は応じる可能性が高く、それによって日中の経済・貿易関係は難しくなる。中国市場への依存度が高い日本企業にとって、短期的な収益減少や長期的な関係悪化は避けられない。
一方で、日本がトランプ政権の要請に応じなければ、バイデン政権以上の圧力が日本に加わり、日本に対するトランプ関税のリスクも上がる。石破政権は、米国との同盟関係を優先しつつ、中国との経済的損失を最小限に抑える難しい舵取りを迫られるが、いずれの選択肢を取っても、日本経済に一定の打撃が及ぶことは確実である。
トランプ政権の強硬姿勢が続く限り、この緊張関係は今後も解消されそうにない。
文:株式会社Strategic Intelligence 代表取締役社長CEO 和田大樹
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