池澤あやかの「M&Aって、ホントはどうなの?」|ストライク・荒井邦彦社長に聞く 

“プログラムができるタレント”としてテレビやネット、テック企業などでマルチに活動する池澤あやかがベンチャー・スタートアップ経営者に向けて、業界のキーマンにM&Aについて本音を聞く連載インタビュー企画。初回はM&A仲介大手で、M&A Onlineの運営会社でもあるストライクの創業者、荒井邦彦社長です。

エンジニア目線で「M&Aとは何か」を伝えたい

池澤 はじめまして池澤です。正直、M&Aについて、わからないことだらけですが、M&Aとはどういうものなのか、読者の皆さんに伝えていきたいと思っています。

荒井 池澤さんはタレントをされながらエンジニアとして活動されているそうですね。今回の企画はベンチャー・スタートアップがターゲットなので、現場を知っている上に、タレントとして発信力がある池澤さんには、とても期待しています。池澤さんはM&Aにどのようなイメージを持っていますか?

池澤 私の周りでは学生時代に起業した人が会社を売却して新規事業を始めたり、自社開発したサービスを売却したりする話が多かったので、ベンチャーにとってのM&Aは、IPO(株式公開)と並ぶエグジットの手段というイメージがありますね。

荒井 スタートアップやベンチャーの人たちは、M&AとIPOを比較する傾向がありますが、それは比較するべきものではないと思っています。確かにM&Aで売り切れば「エグジットした」と言われますが、IPOはエグジットではないと思います。IPOしたら基本的に経営者は株を売りにくいし、結果にコミットしないと責められますからね。人様のお金を預かって会社を伸ばす責任を負うことは、相当重いものです。だから、IPOはエグジットではなく、さらなる成長へのエントランスだと思います。

池澤あやかの「M&Aって、ホントはどうなの?」|ストライク・荒井邦彦社長に聞く 
ストライクの荒井邦彦社長

人の群れを結びつけ、経済的な豊かさを生むことがM&Aの本質

池澤 そうすると、M&Aはエグジットの手段ということになるのでしょうか?

荒井 会社という組織は群れをつくり、協力し合うひとつの小さな単位です。この別々に存在する群れ同士を結び付けるのがM&A。互いの得意なものを出し合うことで、生産性や収益性が高まるのです。その結果、働いている人に多くの報酬で報いることができ、消費者に高品質な商品・サービスをより安く提供することができます。

そこに関わる人たちを経済的に豊かにしていくことこそ、M&Aの本質だと思っているのです。「要領よく高く売り抜けた」みたいな話とは、根本的に違うということです。

池澤 M&Aというと、会社の売り買いといった面が注目されるため、私たち一般はとかく偏ったイメージを抱きがちです。

池澤あやかの「M&Aって、ホントはどうなの?」|ストライク・荒井邦彦社長に聞く 
インタビューする池澤あやかさん

荒井 私も最初からそんな立派な考えを持っていたわけじゃありません。若い頃は、楽しい仕事がしたい、心ときめく仕事がしたい、それだけでしたから(笑)。そういう時期も否定しません。そういう人たちも、失敗を糧にチャレンジを続ければ、いつか本質に気付くと思います。ある程度失敗も許容しなければスタートアップは育たないというのが持論です。

最初のお客さまに、学ばせてもらいました

池澤 そもそも荒井社長は、なぜM&Aで起業しようと思われたのですか。

荒井 小学校の卒業文集に「社長になる」と書いたくらいです。ただ学生だった30年前は、学生起業をする人はほとんどいませんし、いきなり起業する自信もなかったので、起業前に何か仕事をしなければと思って選んだのが会計士でした。私が担当するクライアントの一つにM&Aを積極的に取り入れている会社がありました。当時はM&Aは一般的ではありませんでしたが、実際の取引を目の当たりにすると、駆け引きも含めてダイナミックで、“知的格闘技”そのものでした。

M&Aで起業するきっかけになりました。

池澤 M&Aのダイナミックさとは、どういうところですか。

荒井 会計士ですからM&Aは学問としては知っていましたが、実地で見ると全然違います。意思決定に伴う心の葛藤があり、そこを乗り越えて事業を売買する中にいろいろなドラマがあり、商業的なスケールも大きい。いろんな要素が入っていて、大きな意義があると感じました。

池澤 起業後、すぐに事業は軌道に乗りましたか?

荒井 最初のお客さまは、埼玉県でビルメンテナンスを手がける年商数億円の中小企業でした。20年以上の業歴を持ち、社員数は20人ほど。経営者は体調を崩して余命宣告を受け、社員のために会社を存続したいとの相談をいただきました。結局1年以上かかりましたが、良い譲渡先が決まりました。交渉の席にいつも同席されていた奥様が、涙を流して喜んでくださいました。

会社の行く末や病気がちのご主人(社長)のことで不安を抱えていらっしゃったのでしょうね。そのとき、はっと気付いたのです。

ダイナミックな仕事をしたいという、一種の自分のエゴのような思いでM&Aの仕事を始めましたが、自分の仕事がこれほど人の役に立ち、こんなにも喜んでもらえることが素直に嬉しかったのです。

IT企業とベンチャー系プロレス会社の意外なマッチアップを仲介

池澤 とても感動的なエピソードですね。M&Aには、ベンチャー企業が売り抜ける話とか、そういったイメージが付き纏い、M&Aの現場の話を耳にする機会がないので、もっと伝えていきたいですよね。先ほどは伝統的な中小企業の話でしたが、ベンチャーのM&Aに関するエピソードも教えていただけますか?

荒井 大手IT企業とベンチャー系のプロレス会社のM&Aを仲介した案件は、うちの特色が出た事例と言えますね。そのプロレス会社の社長は、おもしろい試合を見せるコンテンツづくりに絶対的な自信をお持ちでした。ところが、コンテンツをもっと多くの人に観てもらうとか、たくさんチケットを売るとか、グッズを売るとか、そういう商業的な部分は自社の力では難しいと考えていました。

ちょうど、悩んでいる時期に、ライバルのプロレス団体とゲーム会社のM&Aが成立し一気に売上を伸ばしたので、それを見て危機感が大きくなり、「うちの事業を伸ばしてくれる会社と一緒になれないか」と、相談にいらっしゃいました。その話をあるIT企業の社長にお話したら、その社長も格闘コンテンツに魅力を感じていて、スムーズに話がまとまりました。このM&Aを機にプロレス会社は、ITベンチャーの経営リソースを生かして事業を拡大させることができました。

池澤 テック系のベンチャー同士のM&Aは、よく聞きますが、IT企業とプロレス会社のM&Aは意外な感じがしますね。

荒井 一般には、成功したベンチャー企業がほかのベンチャーを買収するパターンが多いように思います。我々はベンチャーだけではなく伝統的な企業とも幅広くお付き合いしているので、ベンチャー同士だけではなく、多様な選択肢から最適な相手をお選びできます。

池澤 ベンチャーと伝統的な企業とのマッチアップや、異業種でシナジーが出るM&Aの案件は、御社のような存在が重要なのでしょうね。

荒井 そうだと思います。やはりベンチャーは、伝統的な企業などとは出会いにくい面もあるため、多様な業界にリーチしている我々が間に入ることで、成功確率を上げられると考えています。

池澤あやかの「M&Aって、ホントはどうなの?」|ストライク・荒井邦彦社長に聞く 

良い仲人がいると、M&Aの成功確率が上がる

池澤 私の知っているM&Aのケースですと、会社やサービスを売ったベンチャーは直接、(相手方の)門を叩きに行って可能性があるところとやり取りしているイメージだったので、ストライクのような仲介会社が存在するとは知りませんでした。

荒井 そうかもしれませんね。我々のようなM&A仲介会社は、事業承継とセットで見られることが多く、オールドな業界に特化していると誤解されているかもしれません。

池澤 ベンチャー・スタートアップ系の事例もあるということですよね。

荒井 実際、ベンチャーからの相談も多く、成功例も多いので、偏見を持たず相談していただきたいですね。実は、M&Aは、この(仲介という)ステップを踏まないとトラブルになる落とし穴的なものが結構あるので、直接交渉だと気づかず失敗してしまうことが少なくありません。正しい知識と技術を持つM&A仲介会社が入った方が、成功確率は上がりますね。

池澤 私の周りでもうまくいった会社と、うまくいかなかった会社の両方があります。うまくいかなかった会社は、カルチャーマッチが大変というイメージがありますが、そこは、どうすれば落とし穴に落ちずに済みますか?

荒井 事前に何度も議論も戦わせて相手との相性を探ることが、とても大切です。対話を重ねれば、普通はカルチャーが合わないことくらい気付きます。だから、カルチャーマッチで失敗する企業は、合わないと感じていながら「条件が良いから乗っちゃえ」みたいに進めてしまったことが原因だと考えられます。

経営者1人で考えると近視眼的になりやすいので、我々のような話し相手が必要となるのではないでしょうか。

池澤 VC(ベンチャーキャピタル)から、いつまでに売らないとみたいなプレッシャーをかけられる経営者もいるのでしょうね。やっぱり複数の会社と並行して交渉するには体力も気力も必要ですから、そこで疲弊して失敗するくらいなら、仲介会社に相談したほうが良さそうですね。

経営に迷ったら、M&Aのプロに相談する選択肢がある

池澤 ベンチャーは業歴が浅く、市場価値の評価が難しい印象があります。どういった評価基準で判断してマッチングさせているのですか。

荒井 歴史の長い会社は、よくも悪くも数字が読めるので株価も決めやすいのは事実です。アーリーやシーズに近いほど、価値判断は難しくなります。価値評価が難しい場合、最後は当事者同士で話し合って納得する以外ないというのが、我々の考え方です。

株価はいろいろなファクターで決まりますが、将来性をどう見るかは買い手側の視点もありますし、この条件以下では売りたくないという起業家のメンツもあるので、判断する人によって評価はまったく違います。よくエクイティストーリーと言いますが、IPOする前提の株価なのか、それともM&Aで買い切って社内部門になる前提の株価なのかでも判断に違いも出てきます。

池澤 そうだとすると、やはり社長が背負い込むより専門家に相談するカルチャーが必要かもしれませんね。少し話は変わりますが、ベンチャーがM&Aを考えたほうがいいタイミングがあれば、教えていただけますか。

荒井 なかなか難しい質問ですね。それは手がけている事業の状況と、世の中の環境で変わるというのが答えです。例えば、業績が絶好調でも、リーマンショックだったら買ってくれる会社はありませんよね。M&Aを決めるタイミングは、自分の気持ちもあるけれど、世間の気持ちも大事です。世間の気持ちをコントロールできない以上、最終的には自分の気持ちで決めるわけですが、プロレス会社の事例のように、自社の限界を感じたときとか、そういうタイミングはあると思います。

池澤 会社の将来性に悩んでいるベンチャーの経営者が、今すぐ売却したいわけではないけれど、そこも見据えて経営相談したいことはあると思います。そういうとき、敷居を下げて相談しやすい仕組みとかありませんか?

荒井 我々も何でもかんでもM&Aがいいとは言いませんよ(笑)。相談は無料ですし、「がんばって上場した方がいい」と思えば、そうお話します。

池澤 無料なんですか(笑)。

荒井 仲介を依頼していただいた段階で費用は発生しますが、それも手数料5%で消費税より安いですから、どんどん相談に来て欲しいですね。

池澤 M&Aってハードルが高いと思っていましたが、案外敷居が低いんですね。ベンチャーの経営者にとっても相談しやすくなり、プロの視点で自分では気付かないM&Aの可能性に出会えるかもしれませんね。

◎荒井 邦彦(あらい・くにひこ)
1997年にM&A仲介・助言専門会社、ストライクを設立。インターネット上に日本初のM&A市場「SMART」を立ち上げた。

◎池澤 あやか(いけざわ・あやか)
2006年に第6回《東宝シンデレラ》審査員特別賞受賞。同年、映画『ラフ』でデビュー。映画『あしたの私のつくり方』(07年)、『デトロイト・メタル・シティ』(08年)、ドラマ『斉藤さん』(NTV/08年)、土曜ワイド劇場『刑事殺し』(ABC/07年~08年)など出演。現在は“プログラムができるタレント”という特技を生かし、IT関連のイベントMCや審査員として活躍中。

【インタビューを終えて…池澤あやか】

池澤あやかの「M&Aって、ホントはどうなの?」|ストライク・荒井邦彦社長に聞く 

ベンチャーの人たちから聞いていた話ではM&Aは会社や事業をお金に変える手段というイメージでしたが、荒井社長の話を聞いて見方が変わりました。特に、余命宣告を受けた中小企業さんのエピソードとか、まさに「M&Aは、人の想いでできている」って感じました。そういうM&Aの魅力を、この連載を通じてたくさんの人に伝えていきたいと思いました。

企画:ストライクIT業界チーム(最新情報はこちら

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