
2023年、M&Aは活況を呈した1年でした。12月23日現在で1038件と、4桁の大台超えは2007年以来16年ぶりです。
16年ぶりに1000件突破した国内M&A
大澤:2023年のM&Aは2007年以来16年ぶりに1000件を超えましたが、件数の伸びをどう見ていますか。
黒岡:日銀が低金利政策を維持し、資金調達しやすい環境にあったこと。そして、コロナ禍が明けての経済正常化も大きかったのではないでしょうか。コロナ禍の影響が広がった2020年こそ落ち込みましたが、翌2021年、M&A市場は活況でした。この時、企業は中核、非中核事業の選別に迫られ、子会社や事業の売却、つまりポートフォリオの見直し・再編で全体の件数が伸びたように思います。そうした流れが、2021、2022、2023年と続いたのではないでしょうか。
糸永:低金利の維持は、件数の伸びにつながったと思いますが、M&Aへの抵抗感が少なったこと、広がりが出たことも大きいのではないでしょうか。スタートアップを見ても、従来は出口戦略として、IPO(新規株式公開)しかない印象でしたが、M&Aも選択肢に加わっています。スタートアップ以外でも、ゼロから新規事業を立ち上げるより、M&Aを活用するといった企業も増えてきています。
スタートアップアップも注目された年に
大澤:近年、CVC(コーポレートベンチャーキャピタル)を立ち上げる企業は非常に増えていますし、スタートアップをM&Aするといった事例も増えつつあります。スタートアップといえば、政府が2022年11月に打ち出した「スタートアップ5か年計画」も注目されますね。
糸永:菅政権では、中小企業の再編を掲げていたと記憶していますが、岸田政権で自社以外の知見や技術を取り入れる「オープンイノベーション」がクローズアップされるようになって、大手がスタートアップをM&Aするという流れが生み出されているのではないでしょうか。
東証の株価を意識した経営改善要求の影響は?
大澤:東京証券取引所が3月末にスタンダート市場とプライム市場の全上場企業に、資本コストや株価を意識した経営改善を求めたことも、M&Aの増加と関係がありそうですか。
黒岡:その代表的なものが、PBR(株価純資産倍率)1倍割れの企業に対する、改善要請でした。それはM&Aの動向に少なからず影響したのは確かではないでしょうか。実際、件数に影響してTOB、MBO(経営陣による買収)件数増加につながりましたね。上場企業にはプレッシャーを与え、アクティビストが活発に動き、上場していることの意味を問いただすような1年だったように感じられます。11月以降、ベネッセホールディングス、大正製薬ホールディングス、アウトソーシングと立て続けに発表された大型MBOも印象的でした。
糸永:個人的にはアクティビストの動向が注目された1年でした。国内投資ファンドの日本産業パートナーズ(JIP)を中心とした出資連合が東芝をTOBで株式非公開化したわけですが、そこに至る原因となったのは、2017年に債務超過による上場廃止の危機に瀕していた東芝が、それを回避するため多数のアクティビストからの出資を受け入れてしまったことです。結果、アクティビスト同士でも意見が折り合わなくなり、経営の舵取りできず、揚げ句、上場廃止という結末を迎えたわけです。MBOが増えたのも、アクティビスト対策の面もあったのかなと思います。
「企業買収における行動指針」がもたらしたものとは
大澤:経済産業省が8月に公表した「企業買収における行動指針」(新指針)にも企業価値と株主共同の利益を考慮した、真摯な買収提案であれば取締役会に諮り対応すべきとする内容が記されました。これをもって、アクティビストが活動しやすくなったという意見もありますが、新指針をどう見るべきでしょうか。
糸永:新指針の影響力は大きいと思いますし、経産省の方針もかつてと大きく変わったように感じています。以前は外資からの買収に対して、国内企業を守る考えが強かったと思います。失われた30年を振り返って、日本のM&A件数が米国と比べて圧倒的に少なく、トップ企業の顔ぶれが日本では大きな変化がなかったことに気づき、それがオープンイノベーションの促進につながったのではないでしょうか。2010年代までは変わらずの日本型経営でしたが、2022年、2023年あたりから明らかに雰囲気が変わってきた感じがあります。
大澤:M&Aの役割がそもそも企業価値を高めるための方法だと改めて明記されましたよね。
糸永:新指針は経産省の意識転換に大きな意味があると考えていて、かつてのような護送船団はやめたというメッセージだと捉えています。
黒岡:従来の指針はMBO、親子上場の解消、少数株主への配慮が要諦でしたが、そもそも、その当時から真摯な買収提案について取締役会に諮る必要がありました。それは今も変わりませんけれども、経産省はお墨付きを与えるように「真摯な提案には真摯な受け答えをせよ」と新指針で明文化したことは大きいのではないかと思っています。この背景には外国企業の対日投資促進策の1つとして経産省がM&Aに注目したことがあると思います。乗っ取りを奨励したわけではありませんが、日本経済活性化のために、外資の大胆な経営やノウハウの吸収などを促進を望んだこともあるのではないでしょうか。
黒岡:M&Aはかつて乗っ取りというイメージがありましたが、経済活性化のために有益な手段であることがほとんどです。提案者がアクティビストであっても、企業価値が向上するなら、経営陣は自己保身に走るのではなく、提案にきちんと向き合うべきだと求めたと思います。
◎2023年M&A:金額上位10(適時開示ベース)