2024年3月、ホンダと日産自動車の経営統合につながる発表があった。両社が電気自動車(EV)や車載ソフトウェアなどの領域で協業する包括的な覚書を結んだと発表したのだ。
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かつてはEVで世界をリードした日産も今や…
ホンダが業績不振に苦しむ日産に手を差し伸べたのも、電動化への対応を急ぐためと見られている。ホンダは2040年にガソリンエンジン車の販売を停止し、EV・燃料電池車(FCV)へ全面移行する計画だ。が、2020年10月に発売した同社初の量産型EV「ホンダe」は、販売不振で2024年1月に販売を打ち切っている。フリート(法人向け)販売を含めても総販売台数は日本で約1800台、EV先進地域の欧州でも約1万台に留まった。
「ホンダe」の失敗で、ホンダが2040年のEVシフトに危機感を感じていたのは間違いない。そこで世界初の量産型EVを投入した日産と傘下の三菱自動車を経営統合で取り込むことにより、電動化を推進する考えのようだ。
ただ、今回の経営統合でホンダのEVシフトが加速するかどうかは不透明だ。確かに日産は一時、EVで世界をリードした。しかし、それは大手自動車メーカーがEVに目を向けていなかった「第1世代」の量産EVだったから。すでにEVは米テスラが牽引(けんいん)した「第2世代」、中国BYDなど新興国製EVを急成長させている「第3世代」へとシフトしている。
日産や三菱自動車を追い越し、追い抜いた独フォルクスワーゲンをはじめとする欧州車メーカーの「第2世代」EVですら、中国車メーカーの「第3世代」EVとの競争で販売不振に陥っている。
両社にとってEVは、ガソリン車の失速で失った中国市場での販売を復活させる「切り札」だ。だからこそ中国市場で勝てなければ、戦略的な意味はない。確実な好材料は経営統合による購買能力(バイイングパワー)の向上で電池などの調達コストを削減できることだろう。
だが、それとてEVの売れ行きが悪ければ期待できない。とりわけEVの主要部品は従来から取引がある特定企業向けに部品を製造する系列企業ではなく、汎用品としてどの自動車会社にも販売する独立メーカーだ。発注数が少なければ、単価の引き上げを求めたり、取引をしない可能性が高い。
日産は2024年4月に次世代車載電池の本命と言われる全固体電池を開発、2028年度に市場投入を目指すと発表。横浜市神奈川区の横浜工場内に、全固体電池のパイロット生産ラインを建設した。同社の全固体電池は硫化物固体電解質とリチウム金属負極を採用し、体積エネルギー密度1000Wh/lだ。
現行のリチウムイオン電池は500Wh/l程度で、単純計算では同じサイズの電池で走行距離が2倍になる。さらに5分でフル充電可能な充電時間の短縮や摂氏100℃に耐える耐熱性、リチウムイオン電池の3分の2以下の生産コストなど、実現すればEVシェアを一気にひっくり返す「ゲームチェンジャー」として期待される。
正攻法では勝てない「弱者連合」のEV戦略は?
しかし、これも明るい材料とは言えないようだ。そもそも全固体電池は大型化が難しい。スマートフォン用の小型電池ですら、先行する韓国サムスンが量産化するのは2026年から。
リチウムイオン電池世界最大手のCATL(寧徳時代新能源科技)や同社に続く韓国LGエナジーソリューションといった大手電池メーカーでも難しいが、さらに研究開発費の乏しい日産がその2年後にEV用の全固体電池を実用化できる可能性は低いだろう。
経営統合後の開発主導権を巡る争いも懸念材料だ。ホンダも全固体電池のパイロット生産ラインを栃木県さくら市の本田技術研究所内に建設、2025年1月に稼働する。両社の全固体電池は別物で、生産方式も異なる。
どちらの全固体電池を量産するかの交渉がすんなりとまとまる保証もない。次世代EVの本命とされる超大型イノベーションだけに、全固体電池量産の主導権争いが経営統合をぎくしゃくさせる懸念もある。
日産と三菱自動車は仏ルノーが設立するEV専業メーカー「アンペア」に投資する方針だが、ホンダとの経営統合で先行きが怪しくなった。ホンダとの経営統合でルノーとの関係が完全に切れることになれば、アンペアへの出資は難しくなるだろう。これは日産のEV戦略にとって痛手になるかもしれない。
関税引き上げでの保護貿易政策を掲げるトランプ次期大統領の動向次第ではEUも保護貿易に傾き、輸入されるEVに高関税を課す可能性もある。アンペアに出資していれば同社で現地生産した日産のEVを関税なしに販売することができる。アンペアから離脱することになれば、自社かホンダの欧州拠点でEV量産投資を余儀なくされるだろう。
ホンダも日産も、世界EV市場では存在感がない。いわば「弱者連合」だ。既存の生産体制をEV向けに刷新するだけでも兆円単位の投資が必要とされ、莫大な投資合戦の様相を呈している激戦のEV市場で、両社が「正攻法」で生き残るのは難しい。通り一遍の「危機感の共有」や「意思決定の迅速化」、「シナジー効果」という「お題目」で乗り切れるほど甘くないだろう。
トヨタ自動車に比べるとハイブリッド車でも出遅れている両社だけに、EVシフトの時間稼ぎをする余裕はない。両社はどのような差別化をして、EV時代の成長戦略を描くのか。電動化に向けた具体的なプロジェクトの提示と実行プロセスを早急に明示する必要がある。
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文:糸永正行編集委員
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