「日の丸テレビ」は、なぜ敗れたのか? M&Aで見る業界興亡史

国内テレビ産業は、かつて「家電王国」を象徴する事業だった。日本ブランドのテレビが海外の家電売場を埋め尽くしていた時期もある。

しかし、現在では国内家電量販店でも海外ブランドのテレビが並び、国産テレビもディスプレイパネルを海外メーカーから調達している有り様だ。なぜ、「日の丸テレビ」は没落したのか?2010年代以降に起こったテレビメーカーのM&Aから、その理由を探る。

テレビ関連の事業売却が相次ぐ

2010年代半ば以降、テレビ事業の再編やM&Aが相次ぎ、産業構造そのものが大きく変化してきた。大きなトレンドは、海外資本による国内大手テレビ事業の再建である。

2010年代には日本製テレビの凋落は明らかになっていた。2011年にソニーは韓国・サムスン電子との液晶ディスプレイ合弁事業「S-LCD」を解消。保有する同社株をサムスンに売却した。ソニーはテレビの基幹部品であるディスプレイパネルの外部調達に舵を切る。

ソニーは2012年3月期に4567億円もの最終赤字を計上。特にテレビ事業は、売上高が前期比30.0%減の8404億円と大幅な減収だったのに加えて、原価率の悪化や持分法による投資損益の悪化などにより、2298億円の営業損失に。同社はコンテンツ事業に軸足を移すなど、脱エレクトロニクスの動きを加速させたのだ。

2015年にはパナソニックが液晶パネルとの競争に敗れてプラズマパネル事業を清算し、テレビ生産の効率化を図った。ソニー同様、韓国メーカーなどアジア勢からのディスプレイパネル調達に踏み切る。

両社は「ポスト液晶」の本命とされた有機EL開発から撤退。それぞれの事業部門を切り出して、2015年に有機ELメーカーの「JOLED」が発足した。

「日の丸テレビ」の買収で成長する海外メーカー

こうした日本勢の「落日」を受けて、すかさず外資が動き出す。2016年に台湾の鴻海精密工業が経営不振に陥ったシャープを買収し、液晶テレビ「AQUOS」ブランドの立て直しに乗り出した。

鴻海の資本力と調達力を活かすことで、シャープは黒字化を実現し、テレビ事業も収益改善の兆しを見せた。しかし、2024年に主力の液晶ディスプレイパネル生産拠点だった堺工場を閉鎖。ソフトバンクやKDDIに工場の土地や建物を売却している。

2018年には業績が悪化した東芝が映像事業を中国のハイセンスに売却し、「REGZA」ブランドが外資傘下に移った。国内の生産拠点やブランドは残るものの、資本の主体が海外勢へ移っていく過程が鮮明となった。

これらの事例は、日本の家電メーカーがテレビ産業のグローバル競争において単独で生き残るのは難しいことを思い知らされた事案だった。

国産テレビメーカーの相次ぐ破綻

一方、フラットパネルの海外調達に危機感を持った政府ファンドの産業革新機構などが支援した国産有機ELメーカーのJOLEDは、かつての母体メーカーが韓国製有機ELパネルの調達を選択したことから業績が伸び悩んだ。

2023年に東京地方裁判所へ民事再生手続き開始を申し立て、事実上倒産した。同社のインクジェットOLED製造装置は、同社に300億円出資していた中国TCL傘下のディスプレイパネルメーカーである華星光電技術(CSOT)が譲受している。

TCLはJOLEDの生産ラインでインクジェット方式による有機ELパネルを用いた65インチの8Kディスプレイパネルの試作機の開発に成功するなど、製品開発や生産プロセス設計のノウハウを得た。

TCLは、いわばJOLEDから事業承継したと言える。これにより、TCLの技術力は飛躍的に向上した。

2024年にはOEM(相手先ブランド生産)で米ウォルマート向けの液晶テレビなどを製造していた船井電機が、子会社で脱毛サロンを運営するミュゼプラチナムの広告費未払いに伴う連帯保証で信用不安を起こして破産している。テレビ事業の縮小懸念から、多角化による経営安定を図るべく実施したM&Aが「命取り」となった。

2010年代以降の国内テレビ産業の動き

年出来事 2011 ソニーが韓国・サムスン電子との液晶ディスプレイ合弁事業「S-LCD」を解消し、同社株をサムスンに譲渡 2015 ソニーとパナソニックが有機EL部門を分離・統合して「JOLED」を設立 2016 台湾・鴻海精密工業が液晶テレビ「AQUOS」を製造・販売するシャープを買収 2018 東芝が「REGZA」などの映像部門を中国・ハイセンスに事業譲渡 2023 JOLEDが民事再生手続き開始を申し立て、事実上倒産 2024 シャープが大型液晶パネル製造の堺工場をソフトバンク、KDDIに売却 2024 OEMテレビメーカーの船井電機が、買収したミュゼプラチナムの広告費未払いに伴う連帯保証で破産

開発投資の縮小でグローバル競争から脱落

こうしたM&Aの背景には、三つの要因がある。

先ずは、グローバル競争の激化。韓国のサムスン、LG、中国のハイセンスやTCLなどが低価格・大画面製品でグローバルシェアを拡大。日本メーカーは高付加価値化を模索したが、コスト競争力で劣位に立った。

英調査会社オムディアによると、2024年の世界テレビ市場の売上高ランキングではソニーとの合弁子会社を取得したサムスンが1位、東芝からテレビ事業を買収したハイセンスが2位、JOLEDの事業を事実上継承したTCLが3位となっている。

次に国内市場の縮小だ。少子高齢化や買い替え需要の一巡により、日本国内のテレビ販売台数は減少傾向にある。電子情報技術産業協会(JEITA)によると、2010年には2500万台を超えていた国内テレビ出荷台数は、2024年には448万6000台と5分の1以下に落ち込んだ。

日本人は国産テレビの「信奉者」が多く、現在も国産ブランドテレビの国内シェアは高い。しかし、ロイヤリティーが高い購買層の比率は変わらなくても、人口が減少すれば牙城の国内市場での販売も落ち込む。こうして「収益源」だった国内市場の縮小によって、国産テレビメーカーの体力は削がれることになる。

最後にテレビ業界で進む技術シフトだ。液晶から有機EL、さらにはマイクロLEDへと技術転換が進行。開発投資の規模が巨大化している。日本企業はテレビ事業の業績悪化に伴い、2007年に世界初の有機ELテレビを実用化しながら、開発投資を縮小してイノベーションに乗り遅れた。

これはフィンランドに続き、世界で2番目に実用化しながら米国のアップルやグーグルに追い抜かれたスマートフォンや、設計やファウンドリなどの分業化に乗り遅れて世界トップの座から陥落した半導体と同じ「落とし穴」にはまったと言えそうだ。

文:糸永正行編集委員

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