静岡から発信する、公共劇場の役割とは? 宮城總×石神夏希が語る「SPAC 秋のシーズン 2025-2026」
(photo by Eiji Nakao)

宮城聰が芸術総監督を務めるSPAC-静岡県舞台芸術センターは、「SPAC 秋のシーズン 2025-2026」のアーティスティック・ディレクターとして劇作家の石神夏希を迎える。石神は『弱法師』(2022年)、『お艶の恋』(2023年)、また「ふじのくに⇄せかい演劇祭2024」では間食付きツアーパフォーマンス『かちかち山の台所』の演出を手がけ、SPACでもお馴染みのアーティストだ。

彼女が担った「SPAC 秋のシーズン 2025-2026」のラインナップはすでに発表されているが、2025年3月初旬、都内にてあらためてプレス懇談会の場が設けられ、宮城と石神が今後の展望を語った。



「先に、僕のヒストリーをお話ししようかと」と、まずは宮城が自身のSPAC着任(2007年)の頃を振り返る。
「SPACを世界一の劇場にするんだと思い、メンバーたちにもそう話していました。2017年にアヴィニョン演劇祭のオープニングを引き受けさせていただき、2019年にはニューヨークのパーク・アベニュー・アーモリーで上演、約1万1千人の方に観ていただいて、タイム誌の年間ベストテンにもランクイン、外形的には世界の第一線の劇団に。ですがコロナ禍が収まって、あらためて、自分が何を目標とし、何が実現したのかと考えていくと、僕たちの価値は、まだまだ、劇場に行く人たちにとっての価値に留まっている。言い方を変えれば、演劇というものの価値が、劇場に行くお客さんにとっての価値に留まっているのではないかという気がしてくる。この世界で演劇がどれくらいのい持っているのかと考えてみると、一生を演劇にかけた者としては、劇場に来ない圧倒的多数の人々にも、演劇にもちょっとは価値があるんだよと言いたいわけなんです。いままでやれていなかったことに歩みを進めるということは、その一方で、いままでやってきた仕事の一部分は、次の方に任せなきゃいけないということでもある。劇場に来ない人たちに演劇の価値というのを伝えるということが、これからの僕の仕事の中心になるのかな、と思います」(宮城)。



静岡から発信する、公共劇場の役割とは? 宮城總×石神夏希が語る「SPAC 秋のシーズン 2025-2026」

宮城聰

宮城は、「SPAC 秋のシーズン」のプログラムを石神に委ねるに至る、もうひとつの背景についても触れた。「次の世代にも早く、行政と一緒に演劇活動をしていくという経験を積んでもらわなければ、という演劇界の中での問題意識もありました」。公立劇場で、行政と対話をしながら仕事を進めることができる人材を、早く育てなければという思いは強い。



SPACは公共劇場を運営する財団としては珍しく、芸術総監督が企業におけるCEOの役割を担うという。つまり宮城は、芸術面だけでなく、経営面、人事まで責任を持つ立場であったが、「SPAC 秋のシーズン」では石神が芸術面を担うことになり、宮城にとっては心強い存在となる。



「きょうを生きるあなたと私のための演劇」

「静岡におけるSPACのあり方に、何か新鮮なものが生まれてくることを楽しみにしています」と石神を紹介する宮城の表情は、どこか誇らしげ。「首都圏で演劇活動をしてから静岡に転居して、何年になるの?」と宮城が問いかけると、石神はこう答えた。



静岡から発信する、公共劇場の役割とは? 宮城總×石神夏希が語る「SPAC 秋のシーズン 2025-2026」

石神夏希

「2020年に転居したので、5年くらいになります。でも静岡に行くまでの10年間は、拠点は首都圏でも上演するのは離れたところで、四国、九州あるいはアジアと、行き来しながら作ることが多かったんです。最初は横浜を拠点に、学生劇団で活動していました。2000年前後当時、横浜は創造都市の動きが活発で、BankART1929が立ち上がり、演劇に限らずいろんなジャンルの人が隣り合っていろんな活動を展開していました。



そんな中で、2011年、12年頃から首都圏でないところに滞在する形に移行するようになったのは、先ほど宮城さんがおっしゃったように、劇場が演劇を観る人のための場所になっているような気がして、ここに来ない人と出会うにはどうしたらいいんだろうという行き詰まりを感じていたから。私よりも話すべきことを持っている人がいるような気がしても、その言葉を私は聞けているのだろうか、また、自分が語るのではなく、聞くようなことができないだろうかと思ったときに、劇場の外へ出ようと──」(石神)



そこにいる人が、いま生きている世界はどんな場所なのか、これからどこへ行くのかということを再発見する。劇作家としての技術、物の見方をもって、人々と対話しながら、語り直すことに関わることができるのではないかという思いに至ったと話す石神。懇談会の場で紹介された『ギブ・ミー・チョコレート!』(2017)は、彼女がフィリピンのパヤタスで手がけた、口コミだけで秘密結社を作る演劇作品。



静岡から発信する、公共劇場の役割とは? 宮城總×石神夏希が語る「SPAC 秋のシーズン 2025-2026」

『Give Me Chocolate! Payatas』(photo:Kota Sugawara)

2019年に東京・豊島区で実施した「Oeshiki Project」(2019)は、日蓮宗の伝統行事「御会式」とコラボした野外移動型演劇イベントで、「オルタナティブ御会式を、参加したお客さんと一緒に立ち上げ、池袋駅周辺をパレードしました」。

また、コロナ禍に静岡でスタートした「きょうの演劇」は、地元ラジオ局で戯曲を放送し、町でそれを上演するというプロジェクト。そうした実績を持つ石神が、SPACで何を考え、どう打ち出していくのだろう。



静岡から発信する、公共劇場の役割とは? 宮城總×石神夏希が語る「SPAC 秋のシーズン 2025-2026」

Oeshiki Project ツアーパフォーマンス《BEAT》(photo : Ryuichiro Suzuki)

Oeshiki Project tour performance《BEAT》



静岡から発信する、公共劇場の役割とは? 宮城總×石神夏希が語る「SPAC 秋のシーズン 2025-2026」

静岡市まちは劇場『きょうの演劇』(photo:Ayako Ishikawa)

「私は劇場の外でばかり考えてきましたが、じゃあ、劇場でできることは何か、と考えました。SPACの中高生鑑賞事業──中高生をバスで劇場に招待する事業を長年続けていていることにとても感動しましたが、そこで作品を上演させてもらうことは、演出家にとってとても難しいことと感じました。初めて演劇を観る方、自分で観ようと思っていないのに連れて来られた方たちと、どんな出会いをしたらいいのかな、と。そこで私がメッセージとして考えたのは、『きょうを生きるあなたと私のための演劇』というキーワード。私たちが古典を上演するとき、これが立派な作品だから、歴史を経て残ってきた作品だから観ておいたほうがいいよ、というつもりでやっているのではなく、いまここで立ち上がって、いま生きている私たちの間で起こっている出来事として上演されるものと思いますが、そのことすら、ちゃんと言葉にして伝えないと伝わらない。今日劇場に来てくれたあなたとここにいる私が、今日生きるために演劇を観る、上演するんだということから、対話が始まるようなものにしていきたいなと考えています」(石神)



「SPAC 秋のシーズン 2025-2026」ラインナップへの思い

アーティスティック・ディレクターとして石神が手がけた「SPAC 秋のシーズン 2025-2026」、そのラインナップの冒頭に据えらえたのは、石神の演出による『弱法師』。今年生誕100年を迎える三島由紀夫の作だ。「〈桃太郎の会〉の企画で、利賀(2022年、SCOTサマーシーズン)で上演させていただき、その後SPACの稽古場施設ブラックボックスで上演、今回あらためて劇場版として上演します」と石神。



静岡から発信する、公共劇場の役割とは? 宮城總×石神夏希が語る「SPAC 秋のシーズン 2025-2026」

石神夏希演出SPAC『弱法師』過去公演より (c)K.Miura

また『ハムレット』を演出するSPAC初登場の上田久美子については、「演劇に初めて会う人に楽しんでもらいたいということを、とても大事にされている。彼女のシェイクスピア作品の解釈はとてもユニークで、現代的な分析だなと思いました」。多田淳之介による新作は、『ガリレオの生涯(仮題)』。

地動説を唱えたガリレイの半生を、ナチス時代を生きた自身の生涯と重ね合わせたブレヒトの傑作戯曲だ。SPACではこれまで『歯車』(2018年)、『伊豆の踊り子』(2023年)を演出しているが、「『伊豆の踊り子』は、静岡にとても関係が深く、静岡に住む人、中高生にも届きやすい作品ですが、そこだけではなく、ローカルなところにちゃんと刺さりながら、ぽんと遠くまで球を投げる。今回の『ガリレオの生涯』は多田さんから挙げていただきましたが、あらためて今日的なテーマに繋がる作品です」(石神)。



静岡から発信する、公共劇場の役割とは? 宮城總×石神夏希が語る「SPAC 秋のシーズン 2025-2026」

上田久美子演出 2022年度 全国共同制作オペラ レオンカヴァッロ:歌劇「道化師」より (c)2-FaithCompany 全国共同
静岡から発信する、公共劇場の役割とは? 宮城總×石神夏希が語る「SPAC 秋のシーズン 2025-2026」

多田淳之介演出 SPAC『伊豆の踊子』(c)K.Miura

石神はこの「秋のシーズン」のほか、2026年年度初演予定の『うなぎの回遊 El Migration(仮題)』の作・演出に携わり、2025年度中にワーク・イン・プログレスの上演を予定している。「静岡県内にはブラジルにルーツを持つ方が多く住んでおられます。そうした方々とSPACの俳優、スタッフと一緒に作リ、日本語とポルトガル語両方で上演する、というものをと思っています」(石神)。



静岡から発信する、公共劇場の役割とは? 宮城總×石神夏希が語る「SPAC 秋のシーズン 2025-2026」

公共劇場の役割、また演劇の価値について、宮城はこうも述べる。
「公共劇場は、たくさんのカルチャーコンテンツの供給源のひとつとしてしか見えていない時代もあるかもしれませんが、世の中がもっと危機的な状況になったときは、少し違う相貌を見せるのではないか。僕は、公立劇場の最後の、一番大きな使命は、全体主義に対する歯止めだと思っています。1930年代のドイツの公立劇場はそれができなかったわけですが、そういう役割を果たせる場所が地域の中にあるとしたら、それは劇場だろう、と思うのです。日本の場合、過半数がAという意見になびいていたとしても、1割、2割ぐらいの人が“いや、ちょっとどうかな?”とある種の冷静さを保っていれば、それなりに影響を及ぼすのではないか。劇場に来る人の比率は少なくても、全体主義への抑止になるのではないか。

ひとつの希望ですが、そう思っています」(宮城)



宮城は石神の「Oeshiki Project」に強く共感したとも。「池袋駅のすぐそばで、強固な伝統行事が守られているということは素晴らしいことですが、それに心酔し、“素晴らしい!!”という目線で見ているわけではなかった。石神さんはそこにある種の批評的な見方を加えていて、少し大袈裟ですが、御会式を内側から脱皮させることまで狙っていた。世代、性別も違う石神さんが、どういうふうに世界を見ているのか。それはきっと僕とは違うと思う。石神さんが作るプログラムは、いままで僕の手が届かなかったところに手が届くと、期待しています」。



財団設立30周年の節目の年となる今年、宮城は「SPAC2.0」のフェーズに進むと宣言。その新たな展開に、熱い視線が注がれる。



取材・文:加藤智子



SPAC秋のシーズン2025-2026 上演プログラム

#1三島由紀夫生誕100年記念『弱法師』



作:三島由紀夫 演出:石神夏希
2025年10月静岡芸術劇場
2026年1~2月浜松市浜北文化センター/沼津市民文化センター



#2『ハムレット』(新作)



上田久美子演出 2022年度 全国共同制作オペラ レオンカヴァッロ:歌劇「道化師」より
作:ウィリアム・シェイクスピア 演出:上田久美子
2025年11月~12月静岡芸術劇場



#3『ガリレオの生涯(仮題)』(新作)



多田淳之介演出SPAC『伊豆の踊子』
作:ベルトルト・ブレヒト 演出:多田淳之介
2026年1月~3月静岡芸術劇場



2026年度初演予定 SPAC新作『うなぎの回遊 Eel Migration』(仮題)



台本・演出:石神夏希



【創作スケジュール(予定)】
2024年6月 リサーチ開始
2025年2月 クリエーション開始
2025年4月~5月 限定公開リハーサル(静岡県舞台芸術公園 BOX シアターにて)
2026年2月 浜松にて ワーク・イン・プログレス発表



SPAC の⼈材育成・アウトリーチ事業



世界にはばたけ、Shizuoka youth!
SPAC 演劇アカデミー



通年 2025年4月~2026年3月



ストリートシアター グローバル⼈材育成プロジェクト“STRANGE Lab.”
ストリートシアターってなんだ?ゼミ



通年 2025年3月~2026年3月



静岡県子どもが文化と出会う機会創出事業 SPAC 学校訪問プロジェクト
ひらけ!パフォーミングアーツのとびら



通年 2025年6月~2026年3月



すぱっくおやこ小学校



2025年6月~8月



SPAC シアタースクール



構成・演出:中野真希(SPAC)
2025年8月



SPAC-ENFANTS-PLUS(スパカンファン - プラス)



振付・演出:メルラン・ニヤカム
振付アシスタント:太田垣悠
2025年8月



SPAC-静岡県舞台芸術センター公式サイト:
https://spac.or.jp



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