『ヴェニスの商人』演出・森新太郎が草彅版シャイロックに期待するヒールのリアリティ
森新太郎

草彅剛が初めてシェイクスピア作品に挑戦し、希代の悪役とも言われるシャイロックを演じる舞台『ヴェニスの商人』が上演される。演出を務めるのは、現代の日本の演劇界を代表する演出家のひとりである森新太郎。

どのようなシャイロック像をつくり上げ、日本社会にどんなメッセージを投げかけるのか?



<あらすじ>
貸した金を返せなかったら、あんたの体から、きっかり1ポンド、切り取らせてもらおうか――――



高利貸しのシャイロック(草彅剛)は高潔な商人・アントーニオ(忍成修吾)にそう突きつける。
親友・バサーニオ(野村周平)が富豪の美女ポーシャ(佐久間由衣)に求婚する為の資金を援助したいアントーニオはシャイロックの申し出を受け入れる。



アントーニオの助けを得てバサーニオはポーシャのいるベルモントに向けて旅立つ。供の友人・グラシアーノ(大鶴佐助)がポーシャの侍女ネリッサ(長井短)と恋仲になるなど、全ては順調に運んでいた。
一方で、シャイロックの娘・ジェシカ(華優希)がバサーニオらの友人・ロレンゾー(小澤竜心)と駆け落ち。それを知ったシャイロックは激昂する。



更に、アントーニオの財産を積んだ船が海に沈んでしまう。



シャイロックは「肉1ポンド」の契約をかざし、容赦なく冷酷にアントーニオを追い詰める……。



これまでも『ジュリアス・シーザー』、『ハムレットQ1』などシェイクスピア作品を演出してきた森だが『ヴェニスの商人』は「いま、最もやりづらい作品」だと語る。背景にあるのは、従来“強欲なユダヤ人の高利貸し“とされてきたシャイロックをどう描くのかという問題。物語の根幹でありながら、一歩間違えば民族差別になりかねない難しさをはらんでいるのに加え、パレスチナを巡る情勢もこの問題の複雑さに拍車をかけている。



『ヴェニスの商人』演出・森新太郎が草彅版シャイロックに期待するヒールのリアリティ

「400年前の執筆当時のような喜劇として上演することは到底できないし、かといって陰惨な悲劇として上演しても本来の豊かな物語性を失ってしまう。

『草彅さん主演でシェイクスピアを……』というお話をいただいて、いろんな作品を提案したんですが、プロデューサーから『ヴェニスの商人』はどうですか?と言われまして……。これまで自分が無意識に避けてきた作品だったのですが『でも、草彅さんのシャイロックは面白そうだな』という興味と欲に負けました(笑)」。



実際に欧米で上演される際、シャイロックを観客の同情を誘う“弱者“として描く傾向も強まっているというが、森はどのようなシャイロックをイメージしているのか?



「シャイロックを単に哀れみの対象としてつくることには抵抗があります。『ヴェニスの商人』をやるからには、ダイナミックな物語の構成を届けたいし、それにはヒールであるはずのシャイロックが善良な弱者になっては立ち行かなくなってしまう。かといって、おとぎ話から抜け出てきたような悪徳ジジイを見せてもお客さんは何のリアルも感じないですよね。では現代人にとっての“ヒール”とは何か? この資本主義社会において当たり前になっている、損得勘定で人間を測るという彼の冷徹な面を見せられたらと思いますし、彼が腹の底に抱えている世の中全体への復讐心――それが静かにドロドロと渦巻く様を描き出せたらと思います」



草彅さんは獰猛さを驚くくらいのリアリティをもってつくりだせる方

一筋縄ではいかない、複雑な感情を抱えたシャイロックという希代のヒールを今回、初めてタッグを組む草彅に託す。これまでTVや映画、舞台で見てきた草彅の印象を尋ねると「つかみどころがない」と笑いつつ、こう期待を寄せる。



「シャイロックの持つ利己的な部分や憎悪の感情が垣間見えた時、『この人にはちょっと近寄りたくないな』『その刃をこっちに向けられたら困るな』とお客さんを身構えさせるくらいでないといけないんですけど、草彅さんは、そんな獰猛さを驚くくらいのリアリティをもってつくりだせる方だと思います。時としてシャイロックは誰もが認めたくない真実を突き付けたりもするのですが、あの透徹した眼差しで迫られたら怖いでしょうね」



『ヴェニスの商人』演出・森新太郎が草彅版シャイロックに期待するヒールのリアリティ

毎回、シンプルでありながらも荘厳な美術が印象的な森作品だが、中世のヴェネツィア共和国を舞台にした本作ではどのような世界が構築されるのか?



「当時のヴェニスは経済的な繁栄を遂げつつも斜陽の時期に差し掛かっていて、その意味で、現代の日本と重なる気がしています。衣食住には困らないけど、どう生きていけばいいのかという指針や情熱を失いかけている。アントーニオはその代表格ともいえる存在なのかもしれません。慈悲深い男ではあるけど、一向に満たされない思いがあるからこそ、友人のバサーニオを全力で支援するし、異なる価値観を持つシャイロックを徹底的に否定する。

彼に限らず多くの登場人物が、自分の生きている価値や正当性を求めて、あがいているように感じます。そのためなら残酷な生贄の儀式も厭わない、成熟の果ての“腐った”雰囲気を出せたらと思っているのですが、現段階では、そんな腐臭を隠ぺいするような清潔感あふれる舞台美術をイメージしています。一見、何の問題もなく共同体が成立しているはずなのに息苦しいーーそんな空間を出現させられたらいいですね」



『ヴェニスの商人』演出・森新太郎が草彅版シャイロックに期待するヒールのリアリティ

改めてシェイクスピア作品について「人間という生き物が抱える矛盾した感情を無理に調和させようとせずに、その矛盾ごと描いているところに魅力がある」と語る森。



「ポーシャが法廷で慈悲について語る重要な場面があって、正義ひとすじでは誰も幸せになれない、寛容な心で許し合わなくては生きづらいということを説く、非常に感動的なスピーチなのですが、その彼女がわずか数分後には正義の名のもとにシャイロックを容赦なく追い詰めていく。これこそまさに人間だなと(笑)。特に『ヴェニスの商人』は王侯貴族の権力争いではなく、より卑近な人々を描いた物語だからこそ、人間の愚かさや哀しさ、でもやはり人間にしか持ち得ない気高さ――その全てをひっくるめて『これは我々の物語だ』と身につまされながら、楽しんでいただけるんじゃないかと思います」



取材・文・撮影:黒豆直樹



<公演情報>
舞台『ヴェニスの商人』



脚本:ウィリアム・シェイクスピア
訳:松岡和子
演出:森新太郎



出演:草彅剛
野村周平 / 佐久間由衣 / 大鶴佐助 / 長井短 / 華優希 / 小澤竜心 / 忍成修吾
春海四方 / 大山真志 / 青柳塁斗 / 石井雅登 / 冨永竜 / 田中穂先
天野勝仁 / 久礼悠介



【東京公演】
日程:2024年12月6日(金)~12月22日(日)
会場:日本青年館ホール



【京都公演】
日程:2024年12月26日(木)~12月29日(日)
会場:京都劇場



【愛知公演】
日程:2025年1月6日(月)~1月10日(金)
会場:御園座



チケット情報:
https://w.pia.jp/t/venice-stage/(https://t.pia.jp/pia/search_all.do?kw=%E3%83%B4%E3%82%A7%E3%83%8B%E3%82%B9%E3%81%AE%E5%95%86%E4%BA%BA&afid=P66)



公式サイト:
https://venice-stage.jp/



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