「暴力が振るわれない家庭なんてないと思っていた」エホバの証人の元信者3世が明かす「宗教虐待」の闇

安倍元首相銃撃事件で注目された「宗教2世」問題。厚生労働省は昨年12月、宗教を背景とした児童虐待への対応指針を初めてとりまとめ、全国の自治体へ通知した。

児童相談所による一時保護などの措置を促す狙いがあるが、はたして効果はあるのか? エホバの証人の元信者3世で、“宗教虐待”被害者を支援する団体「スノードロップ」を立ち上げた夏野ななさんに話を聞いた。

父母から受けたムチ打ち

エホバの証人の元信者3世、夏野ななさん(仮名、30代)は、宗教による児童虐待の撲滅を願うひとりだ。

「暴力が振るわれない家庭なんてないと思っていた」エホバの証人の元信者3世が明かす「宗教虐待」の闇

夏野ななさん

厚生労働省は昨年12月、「宗教の信仰等に関係する児童虐待等への対応に関するQ&A」という通知を出し、宗教の信仰に関連付けた児童虐待を例示した。夏野さんを含めた、宗教2世や3世の当事者や支援者の活動が身を結んだ形だ。

さらに今後は宗教虐待を法で裁けるようにと、児童虐待防止法の改正も訴えている。こうした支援活動をするきっかけとなったのは、夏野さん自身の経験によるものだ。

夏野さんは、幼少期から宗教虐待を受けていた。



「聞いた話では母は教育熱心で、私にムチ打ちをしていて、他の人にもムチ打ちを推奨していたようです。父もムチ打ちをしていました。理由は乳児期なので検討がつきません。集会中に泣いたとか、ぐずったり…ですかね。

私は幼稚園には行きませんでした。家でお祈りをしたり、集会の予習などをしていました。
父方の祖母は、多くの時間を伝導に充てる『開拓者』をしていました。エホバでは女性は出世できないと言われていましたが、わが家の方針はとにかくエホバの活動さえしていればいいというものでした」

会衆(教団内での地域単位の集まり)などのことは覚えているのだろうか。

「奉仕は朝から3時間、昼から3時間していました。集会は週3回。居眠りをするとムチ打ちをされます。王国会館内のトイレ前の廊下で、母親にムチで打たれたことがありました。
他人から見える場所でもあり、デリカシーがないなと思いました。

打たれると当然、痛いですから泣きました。この頃、私はエホバの証人の教えを信じていなかったので、『私は悪いことをしていないのに理不尽だ』と思っていました。悔しいけど、状況を打開できない。そもそもそんな力もなかったですし」

「職員室で『自分はエホバの証人です』と言わされた」

家庭にテレビはあったが、ほとんど見せてもらうことはなかった。

「『テレビは有益な時間を奪う』と言われていました。特にアニメはダメでした。

ただ、祖父が野球と相撲を見ていたのを覚えています。何を見ていいのか家族内でも意見が分かれてましたが、『アンパンマン』はNGでしたね。『サザエさん』も夕方の伝導時間とかぶるのでダメでした」

信者の家族として過ごす中で、幼いころから希死念慮(自ら死のうと思うこと)を抱いていたという。

「暴力が振るわれない家庭なんてないと思っていた」エホバの証人の元信者3世が明かす「宗教虐待」の闇

写真はイメージです(写真/shutterstock)

「何か気持ち悪さがあったんです。聖書に書いてある通りに行動しているのですが、自分で思考していないような感覚で。父はムチを打つときに興奮して、訳のわからない言葉を発していました。

私も、(エホバを)信じていたほうが気持ちの面では楽だったかもしれないです。

エホバでは『信者は死なない』と言われていますが、そんなことはありえない。私は3歳くらいから『死にたい』と思っていたので、『永遠の命』には興味がありませんでした。家族は『この世に、死にたいと思う人がいる』ということは理解ができないようでした」

小学校に入学すると、自然と聖書以外の勉強に接するようになり、エホバの“世界”から離れることを楽しむようになった。

「学校ではいじめに遭いかけたりもしましたが、私は語彙力があったので、逆に相手を言い負かして、泣かせたりもしていました。ただ、先生は私の親が信者だったことを知っていたので、私には腫れ物に触る感じだったと思います」

学校では担任が変わるたびに、信者であることを証言させられたという。


「一人で職員室へ行き、『自分はエホバの証人です』と言わされました。というのも、小学校には信者が参加NGの行事があったからです。例えば、国歌斉唱、国旗掲揚、校歌斉唱、運動会の騎馬戦、年中行事の七夕やクリスマス、正月。年賀状もだめです。新年を祝うこと自体がダメなんです。

国家や校歌の斉唱については、親がいるときには起立もせず、歌わないのですが、親がいないときは起立して、歌ったりすることもありました。だから友達には、エホバの証人の信者とバレました。友達の誕生会にはひっそりと参加することはありましたが、親には言えませんでした。でも、あるとき、友達の親が自宅に連絡をしたために参加がバレて、ムチ打ちされました」

教義でアニメや漫画を見るのは禁止

夏野さんは、エホバの証人や旧統一協会の「宗教2世」当事者らによる支援を目的とする一般社団法人「スノードロップ」を設立した。宗教虐待を児童虐待の一つとして、法整備も求めている。そのメンバーの一人で、小学校時代からの友人、川崎凛さん(仮名、30代)がいる。6月3日の設立総会で対談をした。

「暴力が振るわれない家庭なんてないと思っていた」エホバの証人の元信者3世が明かす「宗教虐待」の闇

神奈川県海老名市にあるエホバの証人日本支部。教団によると、2022年の報告で世界に約869万9千人、日本には約21万4千人の信者がいるという(撮影/共同通信社)

夏野 私がエホバの信者だといつごろ知った?

川崎 小学校1年で知り合ったときに、親から「(夏野さんは)宗教やっているらしいよ」と言われて。エホバの証人とは聞いていなかったけど、キリスト教みたいなもの?と思っていて、特別なものという感覚はなかった。

夏野 教義でアニメや漫画を見るのは禁止。幼稚園に行くのも禁止。みんなと溶け込みたいと思っていたけど、溶け込む材料がなかった。

川崎 あまり人と一緒のことをしない、一匹狼タイプだったよね。あと、当時から夏野さんは頭がよかったという印象がある。

夏野 エホバの証人では小さい頃から、教会が出版している難しい本を読まされていて。毎日、毎日、勉強するから、国語力は身に付く。それで頭がよく見えるところがあったのかな。

川崎 クラスで1、2位を争うくらい頭がよかったよね。お家でしっかり教育されているんだろうな、ちゃんとした家庭なんだろうな、とか思っていて。仲良くなったとき、ご家族にもお会いしたことがあったけど、特にお父さんは愛娘を溺愛という感じがしていた。すごく幸せそうな家族だと思っていた。

小学校高学年の頃だったかな、一回だけ親からぶたれたという話を聞いた気がする。なにか悪いことしちゃったの?という感覚だった。ただ、聞いたのはそのときだけ。日常的にぶたれている印象にはなかった。

夏野 エホバの証人って、「常に温和でありなさい」と言われるんです。社会一般によいと言われている教義も多いし、それがいいと思っている人も少なくない。だから、自分の苦しみを大人に相談しても無駄」と思っていました。



夏野さんは「小学生の頃は、暴力が振るわれない家庭なんてないと思っていた」という。

「小学校の高学年になると、ムチ打ちのせいか、記憶の乖離がひどくなりました。中学生になると、ムチ打ちの回数自体は減ったのですが、その痛みは増しました。お尻や背中が裂けて血が出ることもあり、お風呂に入るとしみました。誰にも相談できませんでしたし、相談してどうにかなるとも思いませんでした」

こうした環境下での生活でストレスがたまり、自傷行為をしたり、自殺企図をするようになった。

「血が出るまで爪を噛んだりしました。針で指を刺したりもしました。中学生の頃になると、本気で自殺を考えました。『永遠に、こんな時間が続く。一生こうなんだ』という絶望感を抱いていました。いろいろと自傷行為もしたのに『なんで死なないのかな?』と考えたり……」

この頃から、夏野さんは徐々に「集会に行かない」と言い出すようになった。

「それまでは集会に通っていましたが、エホバ(神)なんて、いないじゃんと思っていました。自分はおかしくない。この人(信者)たちが狂っているんだって」

友人でも気づけなかった宗教虐待

川崎 たしか、中学は部活動が強制だったけど、夏野さんは帰宅部だったよね?

夏野 集会や奉仕といった布教活動の時間がなくなると言われていて、だから部活に参加しなかった。

川崎 あの頃、たまに家に遊びに来てくれたよね。

夏野 あの時、本当にびっくりした。お家も綺麗だったし、うちとは何もかもが違ったから。うちは「エホバだけやっていればいい」と言われていたので、ネグレクトに近くて。家事とかも教わったことがなかった。お小遣いをもらっていないから、お金の使い方もわからなかった。

川崎 私は夏野さんがびっくりしていることに気が付かなかった。その後、受験勉強をしているときに、「高校には行かないから受験はしない」と聞いて、すごくびっくりした。「同じ高校へ行けないの?」と思った。

夏野 行きたかったんだけどね。私も高校へ行けていたら……。

川崎 ようやくこの頃、夏野さんの家は異常なのかな?と気づくようになった。出会ってから9年間、どれだけ近くにいても、ムチ打ちなどの虐待には気がつけなかった。それでは周囲は助けられないし、助けようもない。誰かに相談できるものでもないし、相談されても私には何もできない。

でも、どこかでサインは出ていた。例えば、運動会に参加できないとか、輸血カードを持っているとか。そういうことを見逃さないことが大事だと思う。ただ、『エホバの証人の子だから虐待、すぐ(児童相談所に)保護』というわけにもいかないし。友達としてどうすればよかったのかという正解は、今でもわからない。

「暴力が振るわれない家庭なんてないと思っていた」エホバの証人の元信者3世が明かす「宗教虐待」の闇

夏野ななさん




その後、夏野さんはエホバから脱会した。高校には進学していないが、アルバイトをしながら生活していった。

「20歳の頃になると、『死にたい』という感情はなくなっていて、幸せでした。自傷行為もしなくなりました」

ただし、将来のことを考えると、再び、希死念慮が生まれることもあったという。

「自傷行為はしませんでしたが、不眠になることがありました。遺書を書いたこともあります。自分には生きている価値がない、『殺してくれ』とも思いました。精神科に行くと、『根本原因は家族関係』と言われましたが、そんなことを言われたって解決は無理とも思いました」

現在は生活も安定し、ほかの2世、3世信者のことも考えられるようになった。一般社団法人の代表となり、立憲民主党の児童虐待防止法の改正に関するヒアリングにも参加して、政治参加をするようにもなった。

「将来的には、教育機関とのつながりを持ちたいです。スクール・カウンセラーやスクール・ソーシャル・ワーカーの研修で、自分たちの話を聞いてもらい、知見を持って欲しいです。そのための、支援立法を作っていただきたいです」

文/渋井哲也