
2023年6月30日に防衛大学校の等松春夫教授が発表した論考は世間に大きな衝撃をもたらした。防衛大学校内外でこの論考が注目される中、防衛大学校に勤務する文官教官の声が集英社オンラインに届いた。
もうひとつの隠語「あいつ、ガイジだよなあ」
先月、等松春夫教授が示した論考(防大の諸問題、ひいては防衛省・自衛隊が抱える構造的なリスクまで訴えるところ)で教授が触れた、教育部署に配置される自衛官に対する隠語「病人・けが人・咎人」について、防大は『部隊勤務の経験を有する陸上・海上・航空の各自衛官、事務官等に聞き取りを行ったが、そのような表現が本校で普通に使われているという事実は把握できなかった』【4】と回答したようですが、これらのフレーズは私もたしかに耳にしたことがあります。

もっと問題のある隠語として、学生舎で平然と使われている〈ガイジ〉があります【5】。「障害児」から派生した言葉で、きわめて不適切です。8人単位の共同生活において、「できない」とされた学生に対して、「あいつ、ガイジだよなあ」などと陰でささやくのみならず、本人に対しても「お前は、ガイジなんだから」などと直接呼びかける。
特に問題なのは、これが不適切な差別を助長する語だという意識をもたない学生が多くいることです。1年時に〈ガイジ〉と呼ばれ、憤慨していた学生が上級生になると、同じ呼称を下級生に使うという事態が繰り返されています。
おまけに、学内で〈ガイジ〉の問題性を指摘すると「いい意味もある」と反論する者までいます。要するに「普通でない才能をもつ者」という意味で使われることがあるというのです。この詭弁は学生だけでなく、指導官(幹部自衛官)などからも聞いたことがあります。
なお〈ガイジ〉と呼ばれた複数の学生は私が見るかぎり、必ずしも能力が低いわけではないことは強調しておいてよいと思います。むしろ仲間内のルールや体育会系のノリについていけないような知的な学生であることも多いように感じられます。
軍人には体力が必要だーーそれも分かります。
なのに、なぜこうまで、自衛官教官や高級幹部たちは「勉学」を軽視するのでしょうか。等松論考にある通り、自衛官教官の補職にスクリーニングが効いていないのは事実だと思います。
原則論としては、防衛学を教える適格性が高いのは「軍人」たる「自衛官」でしょう。それは否定しません。ただ外部からの評価として、適格性の証明がいっさいなされないまま、長年にわたって1佐以上は教授、2佐、3佐以上は准教授と一律に補職してきたことの功罪は相半ばではなく、ネガティブな側面のほうが大きいのではないでしょうか。
「学生時代には、ぜんぜん勉強しなかった」
いわゆる実務家教員【6】の線引きとして、1佐以上を教授とするところまではまだしも、文官教官が「教授/准教授/講師」の3つにカテゴライズされるのに対し、自衛官教官には「講師」のカテゴリーが存在しない(全員が、教授ないしは准教授)という形も、防大における文官教官と自衛官教官の不調和を助長しているように思われます。

その点をもうすこし掘り下げると――そもそもの話として――1991年以前に防衛大学校を卒業した幹部自衛官たちは「学位を持っていない」という事実に突き当たります。1991年まで、防衛大学校は「各種学校」の扱いで、卒業した者は「学士」ではなかったのです。
現在にいたるまで、防衛大学校に補職され、あるいは視察、講演に訪れる防大卒の将官たちは、自分自身が4年制の大学(に相当する機関)で学んでいないのですから、ひょっとすると、高度な勉学の必要性をいっさい感じていない可能性さえあります。
そして、そのような将官が視察等の名目で大学校を訪れ、学生たちに向かって、「学生時代には、ぜんぜん勉強しなかった」などと、ある人は自嘲気味に、別の人は気楽に思い出話として語るのですから堪りません。
そのような卒業生たちが、防衛大学校の図書館にせっせと「商業右翼」【7】の著作を寄贈し、次第に開架の棚が占領されていくわけです。
防大の図書館には特設コーナーがあります。「本屋大賞の受賞作」特集や「夜寝る前に読みたいミステリー」特集などの書籍が置かれています。事務官がよかれと思って設置したのですが、それらのコーナーを設けるために、学術書の置き場がさらに減ったとなれば、それは本末転倒ではありませんか。
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【4】集英社オンライン『危機に瀕する防衛大学校の教育#1』
【5】〈ガイジ〉なる隠語が学内で使用されているかどうかを問う、編集部の取材に対して、防衛大学校は下記のように回答した。
①インターネットを中心に、若者の間でそのような差別的な言葉が使用されることがあると承知しております。
②防衛大学校は、将来の幹部自衛官となるべき者を養成する機関であり、そのような言葉が使用された場合には、きちんと教育しております。
【6】一般には「研究」とは呼ばれない実務分野における専門家。修士や博士号を持たない新聞記者が、退職して「大学の教授」になることなど。
【7】等松春夫教授の論考『危機に瀕する防衛大学校の教育』より。