国策・日の丸連合・半導体新会社「ラピダス」がお笑いでしかない理由…そもそもの問題として誰が半導体をつくれるのか

国家プロジェクトとされる半導体産業の促進に向けて、次世代半導体の量産を目指す新会社「ラピダス」が設立されたが、資金不足や経験不足といった問題が山積みだという…何が問題なのかを『半導体有事』(文春新書)から一部抜粋・再構成してお届けする。

半導体新会社ラピダスは「ミッション・インポッシブル」

2‌0‌2‌1年のコロナ特需は終わりを迎え、半導体業界は不況に突入し始めた……と思っていたら、そんな不況を吹っ飛ばすビッグニュースが2‌0‌2‌2年11月10日に日本列島を駆け巡った。

同日夜7時のNHKニュースが、トヨタ自動車、デンソー、ソニーグループ、NTT、NEC、ソフトバンク、キオクシア、三菱UFJ銀行の8社が出資する半導体の新会社「ラピダス」が設立され、5年後の2‌0‌2‌7年までに2‌nmの先端ロジック半導体を量産すると報じたのだ。


国策・日の丸連合・半導体新会社「ラピダス」がお笑いでしかない理由…そもそもの問題として誰が半導体をつくれるのか

筆者はこのニュースにのけぞり、これはもはや暴挙を通り越して笑うしかないと思った。どう考えても“ミッション・インポッシブル”だからだ。

筆者が“ミッション・インポッシブル”と考える根拠を具体的に示したい。それは大きく言って、次の4点になる。

①誰が2‌nmのデバイス設計を行い、誰が2‌nmのプロセス開発を行うのか? 誰が2‌nmを量産するのか?
②EUVを手に入れて、使いこなせるのか? High NAをどうするのか?
③先端半導体メーカーであるTSMC、サムスン、インテルが苦戦している最先端の半導体を、9世代もジャンプして生産できると思っているのか?
④なぜ日本が2‌nmを生産しなくてはならないのか?


ラピダスはファウンドリーとは何かを分かっているのか? ラピダスは米IBMおよび欧州のコンソーシアムimecと技術提携することになった。しかし、それでも上記の問題は解決しない。


半導体の微細化という「土台」

半導体の微細化は、1世代ごとに70%の割合で進められる。そして、70%の微細化を行うと、さまざまな問題が、まるでパンドラの箱を開けたように噴出する。

微細化を進めるときの課題は、トランジスタの構造だけではないのである。これらの問題を論じる前に、多分に感覚的ではあるが、半導体の微細化を進めるとはどういうことかを述べたい。あらゆる問題を一つ一つ解決していかなければ、新しい世代の半導体は量産できないのである。

半導体の微細化を進めるということは、ピラミッドを構築することに似ているかもしれない。ピラミッドの上に行けば行くほど、石を積むことが難しくなるからだ。

しかし違いもある。それは、半導体の微細化が進むほど、積み上げなければならないものが多くなるため、半導体の微細化というピラミッドは逆三角形型になるという点だ(図6─7)。

その逆ピラミッド型の「土台」において、2‌0‌2‌2年12月末時点で、TSMCが3‌nmに到達し、サムスンは3‌nmの歩留りが上がらず5/4‌nmに留まっており、インテルが10‌nm~7‌nmから先に進めずにいる。そして、日本は40‌nmレベルで停滞したままだ。

このように、逆ピラミッド型の「土台」を形成しながら進める半導体の微細化において、ある微細化の世代をスキップするということは、あり得ない。というのは、ある技術世代の「土台」なしには次の世代に進むことができないからだ。

国策・日の丸連合・半導体新会社「ラピダス」がお笑いでしかない理由…そもそもの問題として誰が半導体をつくれるのか

図6-7 半導体の微細化の「土台」は上に行くほど多く積む必要がある。2nmを生産すると発表したラピダスには「土台」がない。『半導体有事』より

ラピダスには微細化の「土台」がない

ラピダスには、米IBMと、欧州のコンソーシアムimecが技術提携することになった。しかし、40‌nmレベルから3‌nmまでの技術の蓄積が全くないラピダスに、誰が何を協力しても、2‌nmの量産はできないだろう。

その理由を一言でいうと、ラピダスには微細化の「土台」が全くないからだ。「土台」を一つずつ積んできたTSMC、サムスン、インテルですら、さらに微細化を進めることに、大変な努力を強いられている。

にもかかわらず、何の微細化の「土台」も持っていないラピダスが、9世代も微細化をスキップして、いきなり2‌nmのロジック半導体を量産することはできるはずがない。

これは、火を見るより明らかなことである。

筆者から一つ提案がある。いきなり2‌nmはいくらなんでも無理だから、2‌0‌2‌3年前半に32‌nm、後半に28/22‌nm、2‌0‌2‌4年前半にFinFETの16/14‌nm、後半に10‌nm、2‌0‌2‌5年前半に7‌nm、後半に5‌nm、2‌0‌2‌6年前半に3‌nm、後半にGAA構造の2‌nmと、開発を試作でいいから、一歩一歩、着実に「土台」を積み上げていったらどうだろうか。

その方が確実であるし、計画通りに進めば、もしかしたら、「2‌0‌2‌7年に2‌nm」を量産できるかもしれない。

「急がば回れ」ともいうし、「急いては事を仕損ずる」ともいう。ラピダス関係者は、今一度、計画を考え直すべきである。


以上、半導体の微細化を進めるとはどういうことかという概念を説明した。以下では、ラピダスが米IBMや欧州imecの協力を得ながらも、2‌nmのロジック半導体を量産するために、具体的にどのような問題があるかを論じる。

誰が2‌nmを設計し、プロセス開発を行うのか?

ラピダスでは、2‌nmのロジック半導体のデバイス設計、レイアウト設計、プロセス開発、量産を誰が行うのか? もっと簡単に言うと、2‌nmを開発し、量産する技術者をどうするのか?

ラピダスの出資企業の中には、半導体メーカーとして、ソニーとキオクシアが含まれている。しかし、ソニーは、CMOSイメージセンサに貼り付けるロジック半導体について、TSMCに生産を委託している。

また、NANDを生産しているキオクシアは、SSDに必要なロジック半導体のコントローラの設計と生産を外注している。その生産を行っているのは、恐らくTSMCである。したがって、ラピダスの出資企業の中には、ロジック半導体の設計、開発、量産ができる半導体メーカーは存在しない。



唯一、ソフトバンク傘下のARMが、プロセッサコアのセルを提供することができる。これだけが、出資企業の中でポジティブに評価できる点である(ただしソフトバンクはARMを米エヌビディアに売却しようとして失敗した。したがって、ソフトバンクが将来を見据えてARMを傘下に置いているとは思えない)。

国策・日の丸連合・半導体新会社「ラピダス」がお笑いでしかない理由…そもそもの問題として誰が半導体をつくれるのか

つまるところ、ラピダスが直面する最初の壁は、「技術者をどうするのか?」ということになる。ファウンドリーのラピダスは基本的に前工程だけを行うが、2‌nmの場合のプロセスフローは、5‌0‌0~1‌0‌0‌0工程どころではなく、1‌5‌0‌0~2‌0‌0‌0工程以上になるのではないか?

この前工程には、どのくらいの技術者が必要なのか? 筆者が日立製作所でDRAMを開発し、生産していた時、そのプロセス開発部には1‌0‌0人以上の技術者がいた。20年以上前のDRAMで1‌0‌0人以上いたわけだから、最先端の2‌nmのロジック半導体のプロセス開発には数百人(しかも精鋭集団)の技術者が必要になるのではないか。そして、その前工程のプロセス技術には、3階層がある。

プロセス技術に必要な「要素技術者」「インテグレーション技術者」「生産技術者」

要素技術者
半導体のプロセス技術には、成膜、リソグラフィ、ドライエッチング、洗浄、検査、CMP(化学的機械研磨)、熱処理、イオン注入などがある。それぞれには、専門のプロセス技術者が十数~数十人必要である。微細加工技術のリソグラフィとドライエッチングには、最も多くの技術者を必要とする。

インテグレーション技術者
要素技術を組み合わせて、希望する半導体の性能を実現するためのプロセスフローを構築する技術をインテグレーションと呼ぶ。半導体メーカーにおいては、最も有能な技術者がインテグレーション技術者になる。筆者が現役の頃は、その素質がある者が、10年ほど経験を経て一人前のインテグレーション技術者になっていたように思う。そのインテグレーション技術者も数十人規模で必要になるだろう。

生産技術者
インテグレーション技術者が構築したプロセスフローで試作を行って、シリコンウエハ上に1個~数個程度の半導体が動作したら、そのプロセスフローを量産工場に移管し、高歩留りが得られるように徹底的に改善が行われる。ここで活躍するのが生産技術者である。

以上の要素技術者とインテグレーション技術者の合計で数百人以上必要であろう。また、量産工場には1‌0‌0‌0人単位の生産技術者が必要になるだろう。

国策・日の丸連合・半導体新会社「ラピダス」がお笑いでしかない理由…そもそもの問題として誰が半導体をつくれるのか

IBMには要素技術者とインテグレーション技術者がいる。「だから、ラピダスにはそれほどの技術者は必要ない」というわけにはいかない。

ラピダスがIBMの技術を受け取り、そのプロセスを改良して試作ラインで流せるようにするためには、やはり数百人の技術者が必要である。さらに、IBMには量産工場がないので、ラピダスは1‌0‌0‌0人規模の生産技術者を準備しなければならない。

まとめると、選りすぐりの要素技術者とインテグレーション技術者が数百人、量産を立ち上げる生産技術者が1‌0‌0‌0人規模で必要となる。その技術者はどこにいるのか?

世界的な半導体技術者不足の問題

世界的に半導体工場が建設ラッシュとなっている。それとともに、半導体技術者をどうやって確保するかは世界的な問題となっている。例えば、日本政府が誘致して建設が着工されたTSMC熊本工場では、1‌7‌0‌0人の社員が必要とされており、その募集が始まっているが、思ったように技術者が集まっていない。

そもそも、日本には半導体技術者が何人いるのだろうか。また、かつて日本が半導体の世界シェアの50%超を独占していた頃には何人の技術者がいたのだろうか。

さらに、一般社団法人電子情報技術産業協会(JEITA)は、2‌0‌2‌2年5月18日に発表した提言書『国際競争力強化を実現するための半導体戦略』のなかで、JEITAのステアリングメンバー8社において、今後10年間で3.5万人の半導体人材を必要としている、と述べている。それはどのようにすれば実現できるのだろうか。

なお、上記の8社とは、東芝デバイス&ストレージ、マイクロンメモリジャパン、キオクシア、ソニーセミコンダクタソリューションズ、ヌヴォトンテクノロジージャパン、三菱電機、ルネサスエレクトロニクス、ロームで、ラピダスはこの中には入っていない。

半導体有事 (文春新書)

湯之上 隆

国策・日の丸連合・半導体新会社「ラピダス」がお笑いでしかない理由…そもそもの問題として誰が半導体をつくれるのか

2023年4月20日

1,045円

256ページ

ISBN:

978-4166613458

アメリカが中国に突きつけた異次元の半導体規制。このままだと中国の半導体工場はやがて稼働できなくなる。追い詰められた中国が狙うのは、世界のトップ企業、台湾のTSMC――。世界中が半導体製造能力をめぐる競争に駆り立てられているなか、日本は再び失敗を繰り返すのか? 新会社ラピダスのいう、「2027年までに2ナノの最先端半導体をつくる」なんてできっこない!