
「音の聞こえづらさ」は本人だけでなく、家族や周囲とのコミュニケーションを阻害する深刻な問題だ。「ミライスピーカー®」は、テレビやオーディオ機器などの音量を上げなくても「聞こえやすさ」だけを向上させることで、聞こえづらさを解消してくれる。
2050年には「4人に1人」が聴覚障害に
テレビの音声が聞き取りにくくてボリュームを上げてしまい、家族から「テレビの音がうるさい」と文句を言われてしまう……。二世帯家族や三世帯家族であれば、ありがちな光景かもしれない。しかし、ここには人生100年時代のウェルビーイングを損なう深刻な問題が潜んでいる。
高齢者はよく「耳が遠い」と言われるが、実は加齢性の難聴は30代から始まることも多く、16000Hz~20000Hzといった高い周波数の音から徐々に聞こえにくくなっていく。「蚊の羽音が聞こえない」というジョークもあるが、聴力レベルの低下は家族や友人との会話がしにくくなったり、危険を察知する能力が下がったりと、生活の質を下げるリスクがある。
「WHO(世界保健機構)によると、2050年には世界の4人に1人(約25億人)が何らかの聴覚障害を抱えると警告しています(※1)。加齢による感音性の聴力低下を回復することは難しいですが、補聴器を使ったりテレビの音量を上げたりしなくても、音をはっきりと聞きやすくできるのが、この『ミライスピーカー®』です」
そう話すのは、株式会社サウンドファンの研究開発本部・本部長の田中宏さん。あらゆるシーンで音の「聞こえにくさ」を解消すると期待されている「ミライスピーカー®」は、どのような仕組みで音の聞きやすさを向上させているのだろうか。

現在家庭向けに販売されている「ミライスピーカー・ホーム」は、テレビやPCなどと有線接続する据え置き型のスピーカー。公式オンラインストアやECモール、一部の家電量販店などで購入可能だ
(※1)WHO: 1 in 4 people projected to have hearing problems by 2050
「蓄音機の聞きやすさ」から着想を得る
スピーカーにはさまざまな種類や形状があるが、電気信号を空気の振動に変換する基本的な原理は共通している。たとえば、据え置き型のスピーカーでは、変換のための振動板が円錐状のコーン型をしていることが多く、これを見たことがある人も多いだろう。

一般的なコーン型の振動板は前後に直線方向に振動する
一方で、「ミライスピーカー®」ではメインの振動板の形状が弧を描くように湾曲させた「1枚の板」となっている。この曲がった形状こそが、音量を上げなくてもクリアな音声を発生させる「曲面サウンド」という同社独自の特許技術の重要なポイントだ。

「ミライスピーカー®」の内部構造。曲面振動板全体から発生した音波が室内の壁などに反射することで音圧が下がりにくいと考えられている
音の聞こえ方を文章で表現することは難しいが、「クリアな音」といっても音源を忠実に再現する「高音質」なスピーカーとは少し意味合いが異なる。「ミライスピーカー®」の特徴は、スピーカーから少しずつ距離を取るように遠ざかっても、音声の聞こえ方がほとんど変化しない、というものだ。
今までのスピーカーは離れるほど音が聞こえにくくなるので、アンプで電気信号を増幅して音量を上げるか、振動板のサイズや材質を工夫するのが一般的であった。
一方の「ミライスピーカー®」では、小さい音量のままでも音圧が維持されて耳に届くので「聞こえやすさ」が生まれる。しかも、音圧が下がらないように音が進む方向と角度(指向性)を狭める方法ではないため、部屋のどの場所にいても聞こえ方の差が少ない。
「曲がった板から大きな音が出る現象自体は、古くから知られています。『ミライスピーカー®』の開発は、弊社の創業者が音楽療法を研究する大学教授から『蓄音機の音は耳の遠い高齢者にもよく聞こえる』という話を聞き、着想を得たところから始まります」
こう話すのは、代表取締役社長の山地浩さん。創業メンバーは蓄音機のラッパのカーブの部分に注目し、「湾曲部分が振動することで聞こえやすさが生じている」という仮説を立てた。そしてこの仮説に基づき、曲面振動板を搭載した試作品の開発をスタート。約2年の試行錯誤と検証を経て、2015年秋に初代の「ミライスピーカー®」が完成した。
「試作機の段階で、日常で音の聞こえづらさを感じている人に集まっていただき、聴覚チェック用のCDを通常のスピーカーと「ミライスピーカー®」で同じ音量で再生して比較していただきました。

曲面サウンドの理論的基礎に関して専門家に調査を依頼したところ、早稲田大学表現工学科の及川靖広教授の研究室で、空中音波の伝わり方を可視化することに成功した

東京都立大学の大久保寛准教授の協力で曲面振動板の振動シミュレーション解析を行い、広範囲に音波が届いていることが確認された
「ミライスピーカー・ホームHome」が17万台を超える大ヒット
発売当初は空港や駅などの公共施設、銀行や役所のロビーの音声案内など、BtoB市場での導入が中心であった「ミライスピーカー®」だが、テレビ番組での放送をきっかけに、個人向けに販売してほしいという反響が1000件以上寄せられた。
さらに、ほぼ同時期に振動板の改良で小型・軽量化と省コストへの道筋が立ったことから、家庭向けモデルの開発がスタートすることになった。
「法人向けのモデルでは振動板にカーボンを使うなど高品質なものでしたが、課題を感じている企業様でないと導入していただけませんでした。そこで、振動板の素材を加工しやすい樹脂シートに変更するなどの改良を行なった結果、小型軽量化できるだけでなく、人間の声の周波数帯域とも共振しやすくなる効果が得られました。これが家庭向けモデルの開発へとつながったのです」(田中さん)

歴代の「ミライスピーカー®」
数々の改良を施した家庭向けの「ミライスピーカー・ホーム」は、2020年5月に発売を開始。テレビ・ネット通販を中心に展開することで、現在までに17万台以上の販売を記録するヒット商品となった。
さらに、2022年12月からは家電量販店のビックカメラとコジマで展示製品を実際に試してから購入できるようになり、より身近に「ミライスピーカー®」のユニークさを体験できるようになっている。
同社マーケティング本部・本部長の金子一貴さんは、「音の聞こえやすさは見た目ではわかりにくいため、税込3万円弱という価格が受け入れられるかどうかも大きな課題だった」という。そのため、同社のオンラインストア限定で、効果を実感できなかった場合、60日間以内であれば返金するというサービスも実施した。
「音の聞こえは個人差が大きく、その効果を100%保証できないのです。そのため、公平性の観点からもまずは、実際にテレビの音声がハッキリと聞き取れるようになるかどうかを試していただこうと考えたのです。現在でもこの返品保証サービスはご好評いただいているので、今後も続けていきたいと思っています」(金子さん)
実際に「ミライスピーカー・ホーム」を導入した家庭では、聞こえづらさを感じていた本人だけでなく、同居するほかの家族からも好評の声が寄せられたという。
「『ミライスピーカー®』は音量を上げなくても聞こえやすいので、キッチンで洗い物をしながらでもテレビの音がクリアに聞こえるなどの感想をいただきました。最近は、『離れて住む高齢の家族のためにプレゼントとして購入した』というお客様も増えているようです」(金子さん)
試しに筆者も「ミライスピーカー・ホーム」を自宅に設置し、テレビのサウンドを流してみたところ、少し離れた場所にいても聞こえづらさを感じることなく、音を聞くことができた。もちろん個人差はあるだろうが、無闇に音量を上げることなく、明瞭に音が聞こえる体験は非常に新鮮だ。
高齢化が進み、音の聞こえづらさに悩む人は今後ますます増えていくことだろう。難聴は周囲の人からその深刻さが気づかれにくいうえ、本人ですら聴力レベルの低下を自覚しにくく、治療を疎かにしがちだ。
もし家族がそのような状況になったとしても、「ミライスピーカー・ホーム」は家庭における「音のバリアフリー」を実現する手助けになることは間違いないだろう。
取材・文/栗原亮(Arkhē)