この先どれだけ世相が変わっても、名作として残り続ける作品には“人の情”が描かれている。Z世代の落語家が『ギルバート・グレイプ』に見た希望

本業の落語のみならず、映画や音楽など幅広いカルチャーに造詣が深い22歳の落語家・桂枝之進。自身が生まれる前に公開された2001年以前の作品を“クラシック映画”と位置づけ、Z世代の視点で新たな魅力を掘り起こす。

ジョニーとディカプリオが兄弟を演じた名作

この先どれだけ世相が変わっても、名作として残り続ける作品には“人の情”が描かれている。Z世代の落語家が『ギルバート・グレイプ』に見た希望

左からレオナルド・ディカプリオ、ジョニー・デップ

昔の作品でも見たことがなければ新作映画!

一周まわって新しく映った作品の数々をピックアップする「桂枝之進のクラシック映画噺」、今回は、誕生から30周年を迎えた『ギルバート・グレイプ』(1993)をご紹介。

舞台はどこにでもあるような郊外の田舎町エンドーラ。ギルバート(ジョニー・デップ)は食料品店で働きながら、知的障害を持つ弟のアーニー(レオナルド・ディカプリオ)、夫の自殺から立ち直れず過食症になった母、2人の姉妹たちを支えて暮らしている。

ある日、ギルバートはトレーラー・ハウスで旅する少女ベッキー(ジュリエット・ルイス)と出会う。
エンジンが故障して足止めをくう彼女と過ごすうちに、ギルバートは一歩も町を出たことのない自らの生活を見つめ直していく。

先日まで製作30周年を記念したリバイバル上映が全国47館で行われており、筆者もYEBISU GARDEN CINEMAの上映初日に駆けつけた。

土地柄が作用しているのかもしれないが、20代の映画好きとおぼしき方も割合多く見に来ていた。

かつて『タイタニック』(1997)や『砂の器』(1974)のリバイバル上映の際に感じた、周囲からの「君、スクリーン間違えてるよ?」と言わそうなアウェイ感がまったくないのが印象的だった。

言葉数の少なさから見えてくる心情

この先どれだけ世相が変わっても、名作として残り続ける作品には“人の情”が描かれている。Z世代の落語家が『ギルバート・グレイプ』に見た希望

ジョニー・デップとレオナルド・ディカプリオという豪華キャストの並びだけを見て、「イケおじふたりのクールな作品」と思いきや、当たり前だが30年前のディカプリオはまだ10代だった。

しかもこの作品で知的障害を持つという、難易度の高い役柄を見事演じきり、アカデミー助演男優賞にノミネートされた。一躍スター街道を歩むこととなる、最初のターニングポイントが本作なのだという。

ジョニーデップの控えめで爽やかな演技と、ディカプリオの無邪気で嫌味のない演技は相対しているようで、どちらも奥底に似たような鬱屈を秘めているのが透けて見えた。そのため、だんだんと「このふたりは本当の兄弟なのではないか」と思うほど惹きつけられた。

彼らの鬱屈は家族が抱える鬱屈であり、この町に漂う空気そのものだった。


近くにできた大型スーパーの影響で、ギルバートが働く食料品店の客足は遠く。友人のタッカー(ジョン・C・ライリー)は、今度町にやって来るファストフード店で働くことが夢だと語る。
ときに恐ろしくなるほど何もない、まるでコピー&ペーストしたような町の暮らしは、日本にいる自分にとっても身近なモチーフとして共感できた。

そんな町にたまたま辿り着いたベッキーと、次第に心を寄せ合うギルバート。
このふたりの会話を見ていると、極めて言葉数が少ないことに気づいた。
燃え上がるような劇的な展開はなく、無駄のない言葉選びや行間には、等身大のふたりの心情を想像させる余白があり、なんとも心地いい。


家族愛が強いギルバートは、ベッキーのような自由を手に入れられない。一方ベッキーもまた、渡り鳥ならではの悩みを抱えている。
内に隠していた感情が徐々にあらわになってゆくクレッシェンドのような展開に、それまでの余白の多い淡々とした展開はこのためだったのかと、見ていて思わず感情が乗った。

普遍的な暮らしの中にある人の情

若手落語家はしばしば、噺の冒頭から飛ばしすぎて師匠に怒られるので、『ギルバート・グレイプ』のラッセ・ハルストレム監督のようにていねいなネタ運びをしなければと勉強になった。

いつの時代も変わらない、暮らしの中にある人の情を描く。
国や置かれた環境は違うのに、当時を知らないはずのクラシック映画から懐かしさや共感を覚えるのは、この普遍性に尽きるのかもしれない。



それは映画の銀幕も落語の檜舞台も同じ。この先どれだけ世相が変わっても、名作は名作として残り続けるものだと希望が持てる作品だった。

さて、「桂枝之進のクラシック映画噺」は今回で最終回となります。
1年半以上、全19回に渡りお付き合いいただきありがとうございました。
毎月毎月、新たな発見ばかりのクラシック映画の旅はとてもエキサイティングで勉強になりました。

中学時代、エンドーラのような片田舎で、駅前のレンタルビデオ屋に置いてある旧作映画を貪るように見ていた経験が、時を経て連載の企画に繋がるとは、まさに映画か夢のよう。


連載は一区切りですが、私自身まだまだ知らないクラシック映画の世界に今後とも浸っていたいと思います。
またいつかお目にかかりましょう!

文/桂枝之進

『ギルバート・グレイプ』(1993)What's Eating Gilbert Grape 上映時間/1時間58分/アメリカ

舞台はアイオワ州の小さな町エンドーラ。身動きができないほど太った過食症の母と知的障害を持つ弟アーニー(レオナルド・ディカプリオ)の世話に明け暮れるギルバート(ジョニー・デップ)は、ある日、トレーラーで旅する自由な少女ベッキー(ジュリエット・ルイス)と出会い、自分の人生を見つめ直す。ラッセ・ハルストレム監督のハリウッド進出第2作。レオナルド・ディカプリオがアカデミー助演男優賞にノミネートされた。