
セクシャルマイノリティの視点を織り込んだ短歌を発表し、多くの賞を受賞した詩人・小説家である小佐野彈(おさの・だん)の小説『車軸』を、『最後の命』や『パーフェクト・レボリューション』で知られる松本准平監督がメガホンをとって映画化。ゲイと女子大生を演じた俳優ふたりに、心も身体も裸になって挑んだという撮影現場の裏側を聞いた。
居心地が悪くなる映画

左から錫木うり演じる真奈美、水石亜飛夢演じる聖也、矢野聖人演じる潤
©️「車軸」製作委員会 ©️小佐野彈
──ゲイの潤(矢野聖人)と女子大生の真奈美(錫木うり)、ふたりと枕営業をするホストの聖也(水石亜飛夢)の複雑な三角関係が描かれる作品ですが、出演の決め手となったのは?
矢野(矢野聖人、以下同) “ゲイ”というセクシャリティはもちろん、内容的にも今までやったことがない役柄だったので、30代に入った一発目の作品として、いい挑戦だと思いました。俳優としての成長のためにもやりたいと思ったんです。

©️「車軸」製作委員会 ©️小佐野彈
──錫木さんが演じた真奈美役は、裕福な家に生まれた自分の境遇を“偽物”と嫌悪し、朗読劇『マダム・エドワルダ』を見てエロスに目覚めていきます。映画を見ていると、心を裸にし、妄信的に突き進んでいく真奈美の言動に居心地の悪さを感じると同時に、不思議と清々しさも感じました。
錫木(錫木うり、以下同) おっしゃる通り、この映画は本当に居心地が悪くなる映画だと思うんです(笑)。でも、登場人物の彼らも居心地が悪いんですよ。その状態をどこまで表現できるのか、自分を試してみたい気持ちがありました。そもそも普通じゃなかなか演じられない役をオーディションで選ぶこと自体、チャレンジングな気がして。切実にやりたい、チャレンジしたいという気持ちが大きかったです。

©️「車軸」製作委員会 ©️小佐野彈
──監督は「役の人物そのものでありながら、裸の役者自身でもあるような存在を求めた」と語っています。撮影前には十分な準備期間が設けられ、ラポールメソッドと呼ばれる役作りの方法論を体験されたそうですね?
矢野 撮影前に1か月くらいかけて本当にいろんなことをしました。動物になったり、火や水になったり、みんなで相撲を取ったり……。
錫木 催眠をかけあったり(笑)。
矢野 そうそう。催眠術師の先生が来てくださって、かける側にも挑戦してみたんです。指が離れなくなる催眠術をうりちゃんにかけたら、少し離れてみていたマダム・エドワルダ役のTIDAさんになぜかかかっちゃって(笑)。
錫木 でもそういった1か月のリハーサルを行ったことで、俳優同士の距離感も関係性もすごく近くなったと思います。自分自身の役への向き合い方も深くなったし、松本監督が実践してくださったメソッドには本当に助けられました。
3人で演じるセックスシーンの難しさ

──劇中には、潤と真奈美と聖也が3人でセックスするシーンが登場します。カメラの前で裸になることは、表現者としてどのような感覚なのでしょう?
矢野 僕はそもそもデビュー作が舞台上で全裸になる『身毒丸』でしたから(笑)。今はなんの抵抗もないですね。うりちゃんも過去に経験があるから、そこに対する意識はむしろないんじゃない?

錫木 今回これが初めてのチャレンジだったら、もう少し違ったと思います。以前、別の作品で初めてベッドシーンを経験したときは、「自分はどう思うのか」ということに対面した瞬間がありましたから。
でも思い返してみると、尊敬する女優さんたちが身体を張っている素晴らしい作品をたくさん見てきたし、私はそういう映画に希望をもらってきました。
だから自分が裸になることよりも、矢野さんや亜飛夢くんに熱量を集中してぶつけることができるか、ということのほうが大事で。撮影時にはスタッフの人数を少なくするなど、みなさんが体制を整えてくれたからこそ、まったく不安要素はなかったです。

矢野 ただ、今回は僕とうりちゃんのふたりではなく、間に聖也を演じる亜飛夢くんがいるという構図だったので、気持ちの部分はもちろん、見え方も含めて心構えはしましたね。あと撮影中は減量をしていたので、その大変さは結構ありました。

©️「車軸」製作委員会 ©️小佐野彈
──どうして体重を落とそうと?
矢野 監督に言われたんです。ちょうど筋肉をつけて身体を大きくしているタイミングだったのですが、8kg落として52~53kgにしました。真奈美を電話で舞台に誘うシーンでは、痩せることに頭がいっぱいすぎて、最初のセリフのひとこと目すら出てこなかったくらい(笑)。
錫木 フィジカル的には別人でしたよね。もうカリカリで……。映画を見終わったときに思ったのは、潤さんの存在がせつなすぎたということ。体重を落とすことはすごく大変ですが、役の印象にもいい作用が生まれている気がしました。
個性的に見えて、実はありふれている

──エモーショナルなシーンも多かったです。おふたりのお気に入りは?
矢野 これ、一緒だったらうれしいな……。夜の花園神社で煙草を吸うシーン。
錫木 私も! 大好きなんです。
矢野 毎日、心も身体も追い込まれる重いシーンの撮影が続くなか、あそこは開放的な場所でフランクに笑いながら話していて。
錫木 撮影中のささやかな幸せでした。
矢野 最後はもう、アドリブで話してたし。ね? あ、「ね?」とか言って、潤ちゃんになっちゃった(笑)。
──劇中で潤はオネェ言葉を使っていますね?
矢野 撮影中は合間もずっと潤の喋り方になっていました。
錫木 私はまた潤ちゃんに「あんた!」って言われたいですもん。真奈美に対しての口調はきつく感じるかもしれないけど、すごく優しくて温かい人なんです。「あんた、キャッチの人とか無視しなさい!」とか、「あんた、足元気をつけなさいよ!」とか。
矢野 あれは完全にアドリブだったしね(笑)。
錫木 そうそう。アドリブだからこそ、矢野さん本人の優しさも滲みでています。

──恋人とは違う、ふたりの独特な関係性が魅力的でした。裸の心で真に他人と繋がりたいと願う真奈美に対し、心を裸にすることをためらう潤の対比も描かれますが、彼らの生き方はどう映りましたか?
錫木 友人や両親など、他人に対して「こうあってほしい」という期待や希望を抱くことは誰にでもあることだと思うんです。でもどうしても相容れない部分があるからこそ、真奈美のジレンマが大きくなっていく。そのことがすごく印象的に描かれていると思いました。
矢野 相手にすべてをさらけ出して生きることは難しいですよね。ただ、『車軸』に出てくる登場人物は特徴的で個性的な人間に見えるけど、実はとてもありふれた人のような気がして。ゲイだとか、3Pをするだとか、そういった部分もありますが、ひとりひとりの心情や家族に対する思いは、多くの人が持っているものだと思います。
錫木 まさに“歌舞伎町”って感じがしますよね。望遠鏡で覗いたら、たまたま潤と聖也と真奈美がただ歩いていて、ただ生きていただけ。ちょっと横にずらせば、私たちを含めて同じような人たちがいっぱいいると思います。
取材・文/松山梢 撮影/MISUMI ヘアメイク/矢野:阿部孝介(トラフィック)、錫木:くつみ綾音 スタイリスト/矢野:徳永貴士、錫木:中村もやし
『車軸』(2023) 上映時間:2時間/日本

地方の裕福な家に生まれながら、その家系を“偽物”と嫌悪する大学生の真奈美(錫木うり)は、友人の紹介でゲイの資産家・潤(矢野聖人)と知り合う。新宿・歌舞伎町のホストクラブに連れられて行った真奈美は、潤ともマクラ(枕営業)するというナンバー2の聖也(水石亜飛夢)に興味を持つ。
11月17日(金)よりTOHOシネマズ新宿ほか全国公開
配給:配給:CHIPANGU/エレファントハウス
©️「車軸」製作委員会 ©️小佐野彈
https://shajiku-movie.com/#
矢野聖人(やの・まさと)
1991年東京都生まれ。2010年にホリプロ50周年記念事業 蜷川幸雄演出の舞台『身毒丸』主演オーディションでグランプリを受賞。木曜劇場『GOLD』(2010年/フジテレビ)で俳優デビューを果たして以降、数々の話題作に出演。2014年には 、映画『最後の命』(松本准平監督)で柳楽優弥の親友でレイプ犯となる難役を熱演 。2018年には、映画『ボクはボク、クジラはクジラで、泳いでいる。』で初主演を務めた。現在放送中の『王様戦隊 キングオージャー』(テレビ朝日)に出演中。そのほか『ラジエーションハウス~放射線科の診断レポート~』などにもレギュラー出演。
錫木うり(すずき・うり)
1996年東京都生まれ。