
バブル期に作られたニュータウンの問題点は、「次世代は住まず、同時期に入居した第1世代は一斉に老いる」ということだ。だが空き家になっても、そこに移り住む人がいれば本来問題ではない。
世代交代が進まなかった街
荒木さんたちが運営する町内会連合は、13街区の町内会の代表たちで構成されている。清掃活動や広報活動、バザーや夏祭りの運営、住民へのアンケートをとりまとめて必要事を自治体に掛け合うなど活動は多岐にわたる。取材を始めた頃、メンバーが時間を割いて街の維持に取り組む姿に「本当にこの街が好きなんですね」と口にすると、荒木さんはこう言った。
「自分たちの新しい故郷を自分たちでつくる。われわれはそういう気持ちでここに入居してきたんです」
分譲開始当初からここに住む男性たちは次男や三男がやはり多いそうだ。いわば住宅すごろくのメインプレーヤーだった彼らの言葉からは、街への思い入れと誇りが伝わってくる。
しかしその思いは子ども世代には継承されなかった。鳩山ニュータウンで4人の子どもを育てた高橋さんは「子どもたちの世代でだいぶ価値観が違ってきちゃったかなと思うんですよね。ここは子育てするにはいいところなんですけど、お母さんも働きに出るとなるとちょっと難しいかな」という。
1990年代から実質賃金はほぼ横ばいが続く中で、父親だけの稼ぎでは心もとない。
次世代は住まず、同時期に入居した第1世代は一斉に老いる。これこそがニュータウンが抱える問題の根本的理由だ。街の世代交代が起きないまま高齢化が進み、残された家はどんどん空き家になっていく。明治大学の野澤教授の試算によれば、5戸に1戸以上が空き家となる可能性があるエリアのある住宅団地が、2030年には1都3県だけでも138カ所に上るとみられる(図6)。

図6 空き家予備軍マップ(空き家が5戸に1戸以上となるエリアがある住宅団地)※令和2年国勢調査(総務省)、平成30年住宅・土地統計調査(総務省)をもとに、明治大学・野澤千絵教授が分析・作成
※2030年に85歳以上となる持ち家の世帯数(空き家予備群)を算出。各町丁目の面積に占める空き家予備群の密度を推計
「オールドタウンはしょうがないにしても、ゴーストタウンにはしたくないな」
丘の上から家並みを見下ろして岡さんはつぶやいた。町内会では「街の活気をこれ以上失いたくない」と空き家を相続した子ども世代へ呼びかけをしてきたが、反応は鈍い。
子どもたちの故郷をなくしたくない
もともと当時としても高価格帯だった鳩山ニュータウンの家々は躯体が丈夫で、中古物件としての質は高い。都心部への通勤は長時間かかるが、フルリモート勤務や自家用車で近隣に通勤するなら落ち着いた周辺環境は魅力的だ。不動産価格は分譲開始時の6分の1まで下がっており、欲しい人にとっては〝お買い得〟。
だが、ここで育った子どもたちにとっては故郷だからこそ魅力を見出せない。よく知る土地ゆえに不便な場所というイメージが拭えず、住みたがる人がいるとは思えなくて「売れないだろう」と最初から諦めてしまう。

写真はイメージです
しかも山田さんが悩んでいたように解体や片付けで安くないお金がかかるとなれば、解決のために動く外的動機がない。だから空き家は市場に出回らず、新たな住人が移り住んでくるチャンスも生まれない。鳩山ニュータウンが抱える空き家問題の最大のネックはこの点にあるといっていい。荒木さんたちもそれは重々理解しており、空き家所有者に連絡する機会があると「最近はニーズがあるんだよ」と伝えるが、それ以上のことはできずにいる。
子どもたちの故郷をなくしたくないという思いとともに、現実的な不安もある。このまま人口が減り続ければ、日常の買い物ができる場所がなくなったりバスが減便されたりといった不便が生じる。最寄り駅までのアクセスが悪い鳩山では、自家用車が運転できるほど元気なうちはよくても、それ以降は公共交通機関が頼りだ。鳩山町が運行するコミュニティバスはすでに2022年春で廃止になり、今はその代替としてデマンドタクシーが運行されている。
鳩山町が都市計画策定に向けて行った町民への意識調査では、ニュータウンは他の地域に比べて医療機関や福祉サービスの不足に不安を感じる住民が突出して多かった。
山を切り拓いた街は全体に坂が多く、場所によっては道も細い。鳩山ニュータウンを車で移動してみても、何かあったときに緊急車両が通るにはやや心もとないように感じた。
止まらない新築供給、育たない中古市場
国を挙げた住宅不足解消の施策が実を結び、日本の総世帯数を総住宅数が上回ったのは1968年のことだ。ところがその後も住宅の新規供給は止まらなかった。2018年時点で総世帯数5400万世帯に対し総住宅数は6241万戸。
約800万戸も家が余った住宅過剰社会になっている(図7)。年間の新築住宅着工数はオイルショックやバブル崩壊、リーマンショックなどを経て段階的に減りつつあるが、2022年の1年間で新たに85万9529戸が着工した。

図7 総世帯数と総住宅数及び1世帯当たり住宅数の推移出典:平成30年住宅・土地統計調査(総務省)*の数値は沖縄県を含まない。
国立社会保障・人口問題研究所の推計によれば、2020年に1億2615万人だった人口は2045年には1億880万人まで減少する。すでにピークは過ぎて人口減少の局面に入っており、長期的にこの傾向は続く。これに対し、総世帯数は増加を続け、2023年の5419万世帯でピークを迎えたとみられている。
人口が減っても世帯数が増えるのは1世帯あたりの構成人数が少なくなっているからだ。
すでに2010~2020年の10年間で、世帯主が25~54歳の世帯数は全国で22万世帯減少しました。2020~2030年の10年間では274万世帯減、2030~2040年の10年間では238万世帯減と、ここ10年の減少幅の12倍ものスピードで減っていくと推計されています」(明治大学・野澤教授)
野村総合研究所による予測では2033年の総住宅数は7107万戸となっている。そしてこの頃には空き家の数は2147万戸に達するとも予測されている。
その上、日本は全住宅の流通量に占める中古住宅のシェアが他国に比べて驚くほど低い。アメリカでは83.1%、イギリス(イングランドのみ)は88.1%、フランスは66.9%のところ、日本は14.7%に留まる。木造が基本で台風や地震などの自然災害が多い風土と、石造りが基本の文化では住宅観の根本的な違いはあるにせよ、その差はあまりにも大きい。
この数字は2013年のものだが、記録がたどれる1985年以降現在に至るまでシェアが20%を超えたことはなく、横ばいが続く。先述の通り2022年の新築住宅の着工数は約86万戸だったのに対し、中古住宅の流通量は16万戸に留まった。

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アメリカでは中古住宅の売買に際して住宅検査士(インスペクター)が建物の性能をチェックし、買い主と売り主それぞれに不動産業者がついて代理として交渉を行う。対して日本では不動産仲介業者が買い主と売り主をつなげ、両者から手数料を得る。
住宅の購入を検討している人を対象に国交省が行ったアンケート調査では、中古住宅を選ばない理由として「新築のほうが気持ちがいい」「新築のほうが思いのままになる」といった気持ちの面に次いで、「問題が多そう」「欠陥が見つかると困る」といった構造や性能への不安が挙がった。
一生に一度かもしれないほど大きな買い物でありながら、躯体や床下など重要な部分の性能は外側から判断できない。インターネットで少し調べれば、新築でも欠陥住宅をつかまされて嘆いている体験談がすぐに出てくる。ましてや中古となれば築年数の分だけ不安は増す。そうした状況では中古市場はなかなか発展していかないだろう。
図/書籍『老いる日本の住まい 急増する空き家と老朽マンションの脅威』より
写真/shutterstock
老いる日本の住まい 急増する空き家と老朽マンションの脅威(マガジンハウス新書)
NHKスペシャル取材班

2024/1/25
1,100円
248ページ
978-4838775224
2023年10月1日と8日の二夜にわたって放送された『NHKスペシャル』「老いる日本の“住まい”」全2回を、番組の反響を受けて緊急書籍化。人口が減少していく日本各地において、日に日に深刻な社会問題化していく空き家と、好景気時に建てたマンションが住民とともに老朽化、放置されている問題の2点を取り上げる。
不動産価格の高騰やタワマン建設ラッシュの陰でじわじわと進行する「空き家」と「老朽マンション」は、もはや人口の問題と並行として他人事ではないレベルで私たちの前に突き付けられた課題となっている。現状のリポートに加え、日本人の住まいに対する価値観の変化、これらがもたらす社会の未来予測についても番組の丹念な取材をもとに掘り下げる。巻末の付録として、専門家監修による「老いる住まい」への具体的な悩みに応えるQ&Aも収録。問題の解決に向けた第一歩につながるようにも活用できる一冊。