西島秀俊「若い子たちが楽しそうにしている現場はいい現場」好き嫌いが判断基準になる曖昧な世界だからこそフェアな視点を持ちたいとも
西島秀俊「若い子たちが楽しそうにしている現場はいい現場」好き嫌いが判断基準になる曖昧な世界だからこそフェアな視点を持ちたいとも

日本初の腕時計を発売した「セイコーグループ」の創業者・服部金太郎の一代記を描いた楡周平(にれしゅうへい)の小説『黄金の刻 小説 服部金太郎』が、テレビ朝日ドラマプレミアムで実写ドラマ化。丁稚奉公から“東洋の時計王”となる主人公を演じた西島秀俊に、仕事をする上でのポリシー、大切にしている父からの教え、夢を叶える秘訣について聞いた。

子供の頃から憧れていた父の「グランドセイコー」

──西島さんはかつて、お父さまから「グランドセイコー」を譲り受けたことがあるとか?

西島秀俊(以下、同) そうなんです。子供の頃って父親の持っているものに憧れるじゃないですか。僕の中で時計のイメージは父親がつけていた「グランドセイコー」でしたし、すごく好きだったんです。父が仕事を引退してからしばらくして、僕に譲ってくれました。シンプルでどんなシチュエーションでも使えるので、今でも大切に使っています。

──ドラマ『黄金の刻~服部金太郎物語~』では、「セイコー」の創業者である服部金太郎を演じられましたが、作品に感じた魅力は?

明治・大正・昭和という激動の時代に、丁稚奉公だった人が仲間とともに世界的な企業を作っていくという物語に、僕自身すごく力をもらいました。金太郎は火災や震災など、数々の困難に巻き込まれてきた人。

その度にマイナスをプラスに変えて乗り越えていく姿から、エネルギーをもらいました。

──「1分1秒は誰にでも等しくある」「どんなに悔いても、思いを巡らせても、時間は1秒たりとも戻らない」という劇中のセリフが印象的でした。テレビで見ない日はないほどご活躍されている西島さんなりの、時間の使い方は?

仕事はもちろん家族など、たくさんの人と共同作業をしていくと、どうしても自分のペースでは動けなくなるし、時間がどんどん減っていくんですよね。とはいえ仕事以外のインプットもしたいし、睡眠時間も確保したい。

移動時間など、時間を有効に使うためにどのタイミングで何をするかということは、行動する前にすごく考えます。けれどそれができるようになったのは結構最近のこと。
自分のやりたいことができる環境になり、やりたいことが増えていく状況に合わせて、時間の使い方を意識するようになりました。

才能ある人たちと一緒に仕事をすることが目標

──西島さんのやりたいこととは?

監督、脚本家、プロデューサー、俳優、スタッフを含めて、才能ある人たちと一緒に仕事をして、いい作品を作ることが僕のいちばんの目標です。「どうやってこんな映画を作っているんだろう?」「どうしてこんな発想ができるんだろう?」と思う人はたくさんいて。

そういう方たちと一緒に仕事をすることで、まったく新しい視点で世界を見たいんです。チャンスが増えている現状はすごく光栄なことだと思っています。

──昨年はハリウッドのエージェントと契約されました。今後は海外に拠点を移すことも考えているのでしょうか?

いえ、正直、今と別に変わらないです。

エージェントとは契約しましたけど、お話をいただく間口が広がったというだけ。最近まで事務所のホームページもなかったくらいで、僕は決して広い間口で仕事をしてきたわけではないんです。その間口が少しでも広がって、いろんな人と仕事ができるチャンスが増えるのであれば、すごくありがたいことだと思います。

──チームで仕事をする上で、心がけていることは?

精神的にも肉体的にも健康な状態で、いい意味で自由に自分を表現できる状況が理想だと思うので、そこを大事にしたいですね。

いい現場の例としてわかりやすいのは、若い子たちが楽しそうにしている現場。だから「大丈夫?」「寝てる?」とかすごく聞くし、眠れていないなら、環境を改善するために動いていきたくて。


単純に嫌なんですよね。誰かがすごく苦しい思いをしていたり、誰かがすべてを背負っていたり、上の人たちが楽しそうで若い人たちがヘロヘロになっている現場が。それは誰かが不当に搾取しているということだし、僕の好みではありません。かつてはそういう現場も多く経験してきたけれど、いい作品にするために、自分の手の届く範囲でできることをしていきたいと思っています。

フェアな視点を持つことは、父から教わった

──全体を俯瞰で見るマネジメントの視点もお持ちですね?

いつもフェアでいたいと思っていて。それこそ父にずっと「フェアであれ」って言われてきたんです。人は誰しも好みや自分の視点があるけれど、好き嫌いでする判断は相手のモチベーションを下げてしまう。

実際そうじゃないですか。フェアに判断されるからこそ人はがんばることができる。

父はエンジニアでしたけど、技術を持っている人がきちんと評価されるフェアな世界なんですよね。僕も昔はエンジニアになろうとしましたが、結果的に映画の世界に飛び込みました。

映画はむしろ“好み”という曖昧なものが判断基準になる世界。だからこそ父は「フェアな視点を持ちなさい」と言ってくれたんだと思います。
まだまだできているかはわからないし、すごく難しいことではあるけれど、好みに左右されず人のいい部分を認めるということは、常に頭の片隅に置いています。

──では、お芝居をする上で心がけていることは?

仕事から帰ってきてみるなら、重い作品よりも楽しくてホッとできて、前向きになる作品がいいじゃないですか。今はそういうものを作っていきたい。観ていただいた方に楽しんでもらいたいという気持ちがすごく強いんです。

だから「この作品はどんな人に向けて作られているか」ということを、撮影前に考えます。『黄金の刻』だったら、今はもう他界している祖母が楽しんでくれそうなドラマだなとか。そういうことを想像しながら役作りをしていくと、イメージが持てるし、しっくりくるんです。

──受け手のことを常に考えているんですね。

僕ももともと映画を受け取る側だったし、助けられてきましたからね。若い頃は仕事がなかったんで、毎日映画館に通っていました。

シネマヴェーラや、ユーロスペース、国立映画アーカイブ、アテネ・フランセ(文化センター)、日仏学院(アンスティチュ・フランセ)などなど、とにかく毎日いろんな映画館をぐるぐる回って映画をみていました。その時間は、仕事も何もない孤独な若い男にとって、とても豊かで充実した時間でした。映画館がなかったらどうなっていたんだろうと思うくらい(笑)。

──困難を乗り越えながら夢を叶えた金太郎と、仕事に恵まれなかった時期を経てご活躍されている西島さんは、共通点があるように思います。

本当に好きなことがあると、どんなことがあっても突破できるんですよね。夢を叶えるには、まず“好き”であることが最初の条件のような気がします。僕の場合、映画好きだった父の影響で、テレビで放映される吹替えの名画を子供の頃からひたすら録画してみていました。それが映画に魅了される大きなきっかけだったんです。

すごく遠回りをしてきましたが、一応30年俳優を続けてこられたし、やりたいと思える仕事ができています。もちろん人との出会いなど、幸運だったと思うこともあります。でもそれは僕が特別だったわけではなく、きっと、誰もがみんな同じくらいの運しか持っていないと思うんです。

自分の好きなものを握りしめながら生き続けていれば、絶対誰かが見てくれている。これから夢を叶えたいと思っている若い方にも、“好き”を信じて突き進んでいただきたいです。

取材・文/松山梢 
撮影/石田壮一 
ヘアメイク/亀田 雅 
スタイリスト/カワサキ タカフミ

テレビ朝日ドラマプレミアム『黄金の刻~服部金太郎物語~』


丁稚奉公から時計修理職人を経て、時計の製造工場「精工舎」を設立し、国産初の腕時計を製造販売。常に時代の先々を読み、「義理」「人情」「恩義」を大切にしながら、一歩ずつ己の夢を叶えていった、「セイコーグループ」の創業者である服部金太郎の波乱の人生を、最愛の妻との“絆”、同じ志を持った仲間たちとの“絆”の物語として描いていく。主人公の服部金太郎を西島秀俊が、青年時代を水上恒司が演じるほか、松嶋菜々子山本耕史濱田岳船越英一郎、髙嶋政伸、高島礼子らが脇を固める。

2024年3月30日(土)テレビ朝日系列にて 夜9時にオンエア
公式サイト:https://www.tv-asahi.co.jp/ohgon_no_toki/

 

黄金の刻 小説 服部金太郎(集英社文庫)

楡 周平
西島秀俊「若い子たちが楽しそうにしている現場はいい現場」好き嫌いが判断基準になる曖昧な世界だからこそフェアな視点を持ちたいとも
黄金の刻 小説 服部金太郎(集英社文庫)
2024年2月20日990円(税込)文庫版ISBN: 978-4087446159洋品問屋の丁稚は、いかにして「東洋の時計王」になったのか。 経済小説の名手が贈る、世界的時計メーカー「セイコー」創業者・服部金太郎の一代記。 明治七年。十五歳の服部金太郎は、成長著しい東京の洋品問屋「辻屋」の丁稚として働いていた。主人の粂吉は、金太郎の商人としての資質を高く評価し、ゆくゆくは妹の浪子と結婚させ、金太郎を辻屋の一員として迎え入れようとする。だがそんな思いとは裏腹に、金太郎は、高価ゆえに持つ人の限られていた「時計」に目をつける。鉄道網の発達により、今後「正確な時間」を知ることの重要性が高まると見抜いていたのだ。いずれは時計商になりたいという熱い想いを粂吉に伝えるが――。