
ゲーム開始からクリアまでの実時間を競い合うRTA(リアル・タイム・アタック)。時に、そのやりこみは単なる遊びの領域を超え、研究と呼ぶのがふさわしい場合さえある。
「理屈上はできるんで、できるんです」
RTA(リアル・タイム・アタック)という遊び方がある。やり直しや一時停止も含めて、スタートからクリアまでの実時間を計測する…。ただそれだけなのだが、8時間ぶっ通しでのプレイをしたり、なぜかゲーム機のほうを数百台集めたりと、作品やプレイヤーによって目指す高みと登り方が異なるのがRTAの魅力の1ついえる。
美少女(ペンネーム)さんのRTAは、まさに研究だった。
――美少女さんの行っているRTAについて教えてください。
美少女さん(以下、同) 「3つのボタンだけでカービィボウルRTA」といいます。その名の通り、カービィボウルを3つのボタンしか使わないでなるべく早くクリアするカテゴリーです。
――ボタンが3つしか使えないと、どうなるんですか?
打つときは、カービィをひたすらまっすぐに飛ばすか、打ち上げるか、それしかできません。方向を自由に決められないので、2打目以降にカービィが向く方向まで計算して、ショットしなくてはなりません。
打ち出したあとは「がんばれボタン」と「コピー能力」が使えるので、それらと壁、敵キャラ、回る床などのステージギミック、あらゆる要素を使い倒してカップインを目指します。
――どうしてそんなことを?
もともと、3つのボタンしか使わない遊び方はTAS(ツール・アシステッド・スーパープレイ※)でプレイしている先駆者様がいまして、これはRTAとしてもやれそうだなと。
――あれ? TASってざっくりいうと、コンピューターを使って人間じゃ実現がほぼ不可能なスーパープレイをする、あれですよね。
そうです。でも理屈上は人力でも再現できるので、できちゃったんです。練習すれば、誰でもできるようになると思います。
(※)ツール・アシステッド・スピードランとも
「天啓が降りてくるんです。『こっちの方が早いよ』って」
――とにもかくにも、その練習が大変そうです。美少女さんも、結構な時間を費やしたのでは?
RTA in Japan(※)への出場が決まった当時はコンビニの夜勤をしていたのですが、あまりお客さんが来ない店舗だったので、空き時間にひたすらカービィボウルをプレイしていました。家に帰ってからも含めると、1日だいたい8~10時間はやっていましたね。
同じRTAをやっている人がほとんどいないので、攻略方法を全部自分で組まないといけない。全218ホール分の動きの最適化が、とても大変でした。
(※)オンラインとオフラインのハイブリッドで行われる国内最大級のRTAイベント
練習を繰り返していると、だんだん頭の中でカービィボウルのステージを再現できるようになるんです。
次第に、プレイしている時間より、頭の中でシミュレーションをする時間が増えていって。
早そうな攻略方法もね、気づくとか、思いつくとかではなくて、天啓が降りてくるんです。「こっちの方が早いよ」って。実際にプレイして検証してみると、本当に早い。
――相当やりこまれているからこそ、ですね
カービィがどういう動きをするのか、しっかり把握できているからというのもあると思います。カービィボウルでは時折、カービィが謎の挙動をしてしまうんです。突然、上空に吹き飛んだり、バンパーにぶつかって加速したり。
ただ、内部の物理演算はきちんと設定されているので、条件さえ合わせれば不思議な挙動もちゃんと再現できます。再現ができるなら、その仕様を解明して防ぐこともできる。RTAにおいて、想定外の挙動はミスにつながりますから、徹底してミスをつぶしていくんですね。
練習中におかしな動きをした際は、原因究明のため、2時間かけて1フレームずつ録画を検証することもありました。
カービィボウルの仕様については有志がwikiをまとめてネット上に公開しているものもあるのですが、それとは別に、私が見つけた仕様もあるんですよ。カービィボウルの知識なら、日本で2番目に詳しい自信があります。
――発見者「俺」というやつですね。内容のほうは、おそらく専門的かと思いますので別の機会にお伺いできれば……
「その仕事を見つけた瞬間、前職を辞めさせてもらいました」
――聞くところによると、カービィボウルの研究者の集まりは”学会”と呼ばれるそうですね
学会長——最初におはなししたTASプレイの先駆者さん——が発端というか原因なのですが。その人曰く、「カービィボウルは数学だ」と。その発言が転じて、カービィボウルのスーパープレイを人力で再現する人たちを「学会員」と、集まりを「学会」と呼ぶようになった、と私は認識しています。
――学会の集まりもあるのですか?
交流はとくにありません。面白いことを発見した動画があったら、有識者が自然に集まってくるくらいです。
私が出場したRTA in Japanのアーカイブ動画も学会長が見てくれていたようで、コメントに「授業参観」と書かれていました。
ちなみに、日本で1番カービィボウルに詳しいのはその学会長だと思います。私は、2番目ですが、カービィボウル世界の原理を聞かれたら、基本なんでも答えられますよ。
――ところで、今はなんのお仕事を?
就労支援施設で、eスポーツや動画投稿の講師をしています。もともと、大学で介護や教育関連を専攻していたことに加え、自分のこれまでの経験を生かせるまたとない機会だったので、採用情報を見つけたその場で「すみません、仕事を辞めさせてください」と前の職場に伝えました。
職場では自分の活動をオープンにしていて、イベントに出ることを話すと利用者の方が「すごいっ」と褒めてくれるんです。
取材・文/笠木渉太