
年末の忘年会シーズンが近づき、お酒を飲む機会も増えてくる季節だ。飲みすぎが身体に悪いことは常識だが、「酒は百薬の長」とも言われ、少量なら身体に良いという話もきく。
UCLA准教授で医師の津川友介氏の著書『正しい医学知識がよくわかる あなたを病気から守る10のルール』より一部抜粋・再構成し、徹底したエビデンスをもとに、お酒の健康への影響を解説する。
お酒は健康に良いのか、悪いのか
お酒を人生の楽しみにしている人は多いだろう。お酒を飲むことで楽しい気分になってストレス発散になる人もいれば、気の置けない友人とワイワイお酒を飲む雰囲気が好きな人もいるだろう。
仕事の種類によっては会社の同僚や取引相手と毎晩のようにお酒を飲んでいる人もいるだろう。その人たちにとっておそらく心配の種の1つが「お酒は身体に悪いのか?」ではないだろうか。
お酒、すなわちアルコールに関しては、健康に悪いという話もあれば、少量ならばむしろ健康に良いといううわさもあって、本当のところどうなのか分からないと困っている人も多いようである。
実はそれには理由がある。複数の研究結果から今のところ2つのことが言えるのだが、この2つが相反するため、このようなはっきりしない結論になってしまうのだ。
脳梗塞や心筋梗塞などの動脈硬化で血管が詰まる病気に関しては、アルコールは大量であればリスクが上がるが、少量であればリスクはむしろ下がると報告されている。
その一方で、がんに関してはアルコールは少量であってもリスクが上がる(飲む量が増えるほどリスクが高くなる)ことが明らかになっている。
このように病気の種類によってアルコールの影響が異なるため、アルコールは「少量なら良い」という情報と「少量でも健康に悪い」という情報が混在しているのである。それではもう少し詳しくアルコールに関して何が分かっているのか見てみよう。
少量ならば脳梗塞や心筋梗塞を減らす?
そもそもアルコールが少量ならば健康に良いのではないかという話は、フランス人の食生活に関するある現象から来ている。脂肪の摂取や喫煙が動脈硬化を招いて脳梗塞や心筋梗塞を起こすことは昔から知られていた。
ところが、フランスではバターなどの健康に悪い脂肪をたくさん摂取し、喫煙率も高いにもかかわらず、近隣諸国よりも心筋梗塞による死亡者が少ないことが知られており、これが「フレンチ・パラドックス(フランス人の逆説)」と呼ばれていた。
フランス人はワインの摂取量が多く、これが健康に良い働きをしているためこのような現象が見られるとする仮説がここから生まれた。
その後、複数の研究でアルコールは少量であれば動脈硬化を原因とした病気によって死亡する確率を減らす可能性があると報告され、これにより「アルコールは少量であれば健康に良い」と信じられるようになってきた。
例えば、2018年に世界的にも権威ある医学雑誌である『ランセット』に掲載された論文で、今までに行われた83の研究結果を統合して解析したところ、アルコール換算で週100gまでであれば脳梗塞や心筋梗塞による死亡のリスクは上がらないと報告されている。
少し話がそれるが、ここで注意が必要なのは、アルコールで脳梗塞や心筋梗塞のリスクが下がっている(因果関係)のか、アルコールを飲んでいる人が脳梗塞や心筋梗塞のリスクが低いだけ(相関関係)なのかは実はまだよく分かっていないということである。
遺伝的要因によって、アルコールが飲める人とすぐ赤くなって飲めない人がいる。アルコールを飲むと具合が悪くなる人はもちろん飲酒量が少ない。
もしアルコール耐性の遺伝子を持っている人ほど脳梗塞や心筋梗塞のリスクが低いのであれば、アルコールを少量飲んでいる人ほどリスクが低くなるように見えてしまうことはあり得ると考えられている。
話を元に戻そう。アルコールは少量であれば脳梗塞や心筋梗塞のリスクを上げることはなく、研究結果によってはむしろ有益だと考えられていた。それではそれ以外の病気に関して、アルコールはどのような影響があるのだろうか?
がんのリスクは少量のお酒でも上がる
実は、アルコールはたとえ少量でもがん(特に乳がん)のリスクを上げる可能性があるとされている。
つまり少量のアルコールが健康に良いかどうかは、動脈硬化への影響とがんへの影響の「つな引き」で決まるということである。
2018年には、この2つを組み合わせると健康への総合的な影響がどうなるのかを評価した論文が『ランセット』に掲載された。
この論文は、世界195か国で実施された592の研究を統合した大規模なもので、心筋梗塞や乳がんを含む23の健康指標へのアルコールの影響を総合的に評価したものである。
この論文によると、1日1杯ではほとんどリスクが上昇していないようなのである。
ちなみにここでの1杯とは、純アルコール換算で10gのことを指す。10gの純アルコールはグラス1杯のワインやビールに相当する。
論文によると、健康リスクを最小化する飲酒量に関して、最も信頼できる値は0杯であり、95%の確率で0~0.8杯の間に収まるという結果であった。
この結果を受けて「最も健康に良い飲酒量はゼロである」と主張している人も多いが、筆者は個人的には「1杯までであればリスクは上昇しない」と解釈しても良いのではないかと思っている。
病気別で見てみると、心筋梗塞に関しては、少量の飲酒をしている人ほどリスクが低く(男性では0.83杯/日、女性では0.92杯/日の飲酒をしている人で最もリスクが低かった)、ある程度以上になるとリスクが高くなるのが分かる。
一方で、女性の場合、乳がんや結核は、少量からリスクが上昇しているのが分かる。男性のデータもほぼ同じパターンであった(男性の場合は乳がんの代わりに口腔がんのリスク上昇が認められた)。
つまり、1日1杯程度の少量のアルコールの場合、心筋梗塞や糖尿病のリスクが低いことと、乳がんや結核(そしてアルコールに関連した交通事故や外傷)のリスクが高いことが打ち消しあって、病気のリスクは変わらないという結果になっていると考えられる。
自分の遺伝的リスクで判断する
この結果を見て、私たちはどのように生活習慣を変えれば良いだろうか? 筆者は自分のリスクなどを総合的に判断して決めるべきだと考えている。
近い親族にがんになってしまった人がおらず、遺伝的にがんのリスクの低い人であれば、1日1~2杯のお酒を「たしなむように飲む」ことは問題ないだろう。
その一方で、がんの家族歴があるなどでがんのリスクが高めの人は、アルコールの摂取量を最低限に抑えることをおすすめする。
がんに関しては飲酒量がゼロの場合が一番リスクが低いと報告されているからである。
もちろんお酒が大好きでそれでは人生がつまらなくなってしまうという人もいるだろう。そういった人は、医師に止められているのでなければ断酒する必要はないかもしれないが、できるだけ飲酒の量を控えめにしてほしい。
お酒は量を減らせば減らすほどがんのリスクが下がると考えられるからである。
図/書籍 津川友介著『正しい医学知識がよくわかる あなたを病気から守る10のルール』より
写真/shutterstock
正しい医学知識がよくわかる あなたを病気から守る10のルール
津川 友介
為末大さん(元陸上選手)
健康の〈型〉がここにある。
健康知識を手に入れることは、最も効率が良い投資なのだ。
宋美玄さん(産婦人科医)
この一冊には、健康に関するあらゆることが高いエビデンスレベルのもと網羅されています。
高価なサプリやダイエット法に「なんとなく良さそうだから」と飛びつく前に読んでほしい。
人生を楽しみながら健康になれる〈最短ルート〉を示してくれる本。
市原真(病理医ヤンデル)さん(医師)
「行動選択の拠り所」になる医学に気軽にアクセスできる。
私はもう一冊買って親に送る。
少し意識を変えるだけで、重い病気になるリスクを劇的に下げられる――!
最新研究から明らかになった、健康に生きるための黄金のルール。
医師で世界的な研究者である著者が、質の高い論文175本を選び抜き、
がんや脳卒中、糖尿病、アレルギーになるリスクを劇的に下げるメソッドをまとめました。
「7時間以上寝る」心筋梗塞のリスク20%減、
「白米を1日1杯以下にする」糖尿病のリスク24%減など、
具体的な方法を食事・睡眠・運動・入浴といったカテゴリー別に網羅。
確かな科学的根拠(エビデンス)を1冊の本にぎゅっとまとめました。
病気になってしまうその前に知っておきたい、今日から実行できる「最強」の健康習慣。
【本書で明かされる驚きの事実】
●牛肉や豚肉はガンのリスクを上げる
●1日1杯のお酒は脳卒中のリスクを下げる
●太る野菜・果物もある
●糖質制限ダイエットは死亡率を高める上、リバウンドしやすい
●サプリメントはほとんど気休め
●睡眠時間を1.5時間単位にすると良いというのは都市伝説
●サウナは心臓疾患による突然死のリスクを下げる
●ストレスとがんは関係ない
●加熱式タバコにも多くの有害物質が含まれている
●受動喫煙で毎年赤ちゃんも含めた1万5000人が亡くなっている
●子どものアトピーは保湿によって予防できる
●花粉症を根治できる治療法がある
●かぜに抗生物質は無意味
●がんを予防するワクチンがある
etc.…
人生100年時代、病気にならずに健康に生きたい人必読の一冊。
(装画・ヤギワタル)
参考論文
*Wood AM et al. Risk thresholds for alcohol consumption: combined analysis of individual-participant data for 599 912 current drinkers in 83 prospective studies. Lancet. 2018;391(10129):1513-1523.
*Holmes MV et al. Association between alcohol and cardiovascular disease: Mendelian randomisation analysis based on individual participant data. BMJ. 2014;349:g4164.
*GBD 2016 Alcohol Collaborators. Alcohol use and burden for 195 countries and territories, 1990-2016: a systematic analysis for the Global Burden of Disease Study 2016. Lancet. 2018;392(10152):1015-1035.