「電話が怖い…」鳴るたびに動悸、手汗…世界中で広がる「電話恐怖症(テレフォビア)とは…アメリカでは8割の若者が電話に不安感を 
「電話が怖い…」鳴るたびに動悸、手汗…世界中で広がる「電話恐怖症(テレフォビア)とは…アメリカでは8割の若者が電話に不安感を 

会社員のコミュニケーション問題に長年向き合ってきた産業カウンセラーの大野萌子。彼女のもとに「電話が苦手で会社に行きたくない」といった相談にくる「電話恐怖症」の人が増えているという。

そもそも「電話恐怖症」とは、いったい何なのか。

『電話恐怖症』 (朝日新書) より、一部抜粋・再構成してお届けする。

「電話」が離職の原因になり始めたのは2015年ごろから

入社後1年未満で会社をやめる社員の理由に「電話」があげられるようになったのは2015年ごろのことです。

産業カウンセラーを務めている私も、「電話が離職の原因」と聞いて、初めは信じられませんでした。

でもその話を人事担当者に話したところ、「うちでもありますよ」と言われて驚いたことを覚えています。

「電話がこわい」という傾向は年々強くなっています。最近では、電話応対をしている最中に泣き出してしまう例も出始め、電話恐怖症は若者の間で定着しつつあるのではないかと感じます。

もうひとつ、2015年ごろから顕著になってきた傾向があります。

それは、自分の意思を伝えられない人が増えてきたということです。

私が以前から新人研修で必ず聞く質問があります。

それは「もしランチセットで食後にコーヒーを頼んだのに、紅茶が来てしまったとき、あなたはどうしますか?」というものです。

2015年以前ですと、「店員さんに言って、注文通りのコーヒーに替えてもらう」という人が7~8割でした。

しかし最近では、「替えてもらう」のは5割弱。

つまり半数以上の人は「黙ってそのまま紅茶を飲む」というのです。

コーヒーが飲みたかったのに紅茶が出てきたとき、なぜ「替えてください」というひと言が言えないのでしょうか。

その理由について、「なぜ言わないのか?」と聞いてみると、以前は「面倒くさい」とか「まあいいやと思うから」という答えが多かったのですが、最近は「何と言えばいいかわからないから」「どう思われるか心配」「言うタイミングがつかめない」などの回答が多くを占めるようになりました。

つまり人とどうかかわるのか、コミュニケーションの問題が浮上してきているのです。

もし日本人が近年コミュニケーション下手になってきているとしたら、電話で話すのがこわくなるのは当たり前といえるでしょう。

電話恐怖症は日本人のコミュニケーション力の低下と密接に関係しているのです。

アメリカでは約8割の若者が電話に不安感

電話恐怖症の問題は日本だけではありません。

イギリスの大手電話応対サービス会社Face For Businessが2019年に公開した記事によると、オフィス勤務の従業員のうち62%が、電話に出る前に不安を感じると答えています。

不安の内容は「質問にどう対処すればいいかわからない不安」が33%、「電話でフリーズすることへの不安」が15%、「相手が否定的に考えるかもしれない」が9%などです。

またこの調査では、ミレニアル世代(1981年~1996年生まれ)がもっとも電話不安が高く、76%が電話の着信音を聞いたとき、不安になると答えています。

同じ質問を団塊世代(1947年~1949年生まれ)に聞くと40%ですから、電話に不安を感じるのは、若い世代では団塊世代の倍近くになることがわかります。

また2023年にBBC Science Focusで公開された記事によると、22歳から37歳を対象にしたアメリカの調査では、約8割が電話で話すことに不安を感じています。

興味深いことにZ世代(1990年代半ば~2010年代初めごろの生まれ)になると、電話を無視する傾向が強くなります。

そのためこの世代を「ミュート世代」と呼ぶこともあるそうです。

同様に、韓国の研究団体エンブレインが2022年に行った調査では、電話をかける前に精神的なプレッシャーを感じている人は、20代がもっとも高く43.6%、ついで30代36.4%、40代は29.2%、50代はわずか19.6%でした。

韓国のイム・ミョンホ心理学教授は、若者たちの間で、電話恐怖症として知られる電話不安がますます強まっていると語っています。

このように電話恐怖症が社会問題化しているのは、日本だけでなく、世界各国共通の問題のようです。

インターネットを中心にしたコミュニケーションの変化が、電話恐怖症という現象につながっているのかもしれません。

「電話恐怖症」とは何か

「電話恐怖症(テレフォビア)」という正式な病名はまだありません。病名ではなく、状態とか傾向と理解していただければいいでしょう。 

ではその状態はどういうものかというと、電話に出ることやかけることに嫌悪感や不安感があり、心身に症状があらわれるものをいいます。

身体症状としては、手に汗をかいたり、動悸や息切れが激しくなったり、吐き気がする、口が乾く、震えが出るなどがあります。心理的な症状では、不安になったり、焦り、恐怖心がつのったりするといったことがあげられます。

それが病的であるかどうかは、社会生活がスムーズに行えるかどうかで判断します。それこそ会社をやめなければならないとか、家から出られないほどのものだと、病的な部類に入ると思います。

先のBBC Science Focusの記事では、アメリカで何らかの社交不安を抱える人が1500万人くらいいるともあったように、電話恐怖症も社交不安のひとつでしょう。

電話恐怖症も含めて、病的な社交不安を持つ人は他人からネガティブな評価を受けたり、批判されたりするのを極度におそれる特徴があります。

そのため、人と対面したときに緊張してうまく話せなくなり、その失敗がまた起きるのではないかと不安になります。

するとまだ不安が起きる前から、原因となる対人関係や社会的な場面を回避するようになるのです。この図式を電話恐怖症に当てはめるとこうなります。

電話をかけたり受けたりしたときに、緊張し、不安になる

うまくいかない応対が相手にどう思われるか。また、周りからどう評価されるかを気にする

自己嫌悪におちいる。場合によっては周りから指摘を受ける

また同じことが起きるのではないかという予期不安が起きる

電話をかけたり、受けたりする場面から逃げようとする

電話恐怖症の後ろには、人からどう見えるかを気にする社会的な不安があるのです。

中高年でも苦手な人は多い

電話が苦手なのは若者ばかりとは限りません。社会経験を積んだ中堅社員からも、「電話がかかってくると緊張する」「うまく話せない」といった相談が少なからずあります。

ある企業の重鎮の取締役から相談を受けたことがあります。その方は社内の重要ポストを歴任し、数々の修羅場をくぐり抜けてきた経験豊富な人間ですが、「実は電話が鳴るのがこわいんです」と打ち明けてくれました。

その方の場合、電話がこわくなった理由は、電話が鳴るのがたいていトラブルのときだからというのです。

電話の用件は、その方にかけてこなければならないほど重大なトラブルか、急用です。

「また何か重大案件が……」と思ってドキッとするそうです。

責任が重くなればなるほど、電話の用件も重くなる。あたかもパブロフの犬のように、電話が鳴る=緊急事態が起きた、と刷り込まれてしまっているので、電話がこわくなってしまったのでしょう。

また、この方とは立場が真逆の、いわゆるラインから外れた中年社員から相談を受けたこともあります。

この方の部署はめったに電話が鳴りませんが、それゆえたまに鳴ると、どうしようかとうろたえてパニックになり、電話に出ることもできないそうです。

その人の世代では電話のツールが日常的にあったはずですし、経験値も低くありません。

それでも電話が苦手ということは、電話以前の問題、つまりもともとの他部署との関係性やコミュニケーションに問題があるのではないでしょうか。

このようにたとえ中高年の社員で、十分電話というツールに慣れ親しんでいても、「電話がこわい」「電話が苦手」という人は一定数存在すると思っていいでしょう。

文/大野萌子 写真/Shutterstock

『電話恐怖症』 (朝日新書)

大野 萌子 (著)
「電話が怖い…」鳴るたびに動悸、手汗…世界中で広がる「電話恐怖症(テレフォビア)とは…アメリカでは8割の若者が電話に不安感を 
『電話恐怖症』 (朝日新書)
2024/9/13924円(税込)208ページISBN: 978-4022952820「電話の着信音がなると動悸がする」
「人に聞かれるのが嫌で職場で電話ができない」――。
近年、電話が原因で心身症状が現れたり、
仕事に支障を来したりする若者が増えているという。
その心理的背景を豊富な事例で解き明かす。
Z世代の理解の一助にもなる一冊。

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