〈トランプとロシア関係の深層〉プーチンはなぜトランプに目をつけ接近したのか…二人が近づくきっかけとなった「謎の男」の正体とトランプタワーでの「謀議」
〈トランプとロシア関係の深層〉プーチンはなぜトランプに目をつけ接近したのか…二人が近づくきっかけとなった「謎の男」の正体とトランプタワーでの「謀議」

東西冷戦の終結からウクライナ侵攻までの30年余の舞台裏には、国家戦略に基づく、数々の工作を仕掛けたスパイたちの存在があった。米大統領選でプーチンがトランプを支持したときには彼らの暗躍は止まることはなかった。

 

機密文書やスパイたちの証言から隠された真相に迫る『世界を変えたスパイたち ソ連崩壊とプーチン報復の真相』 (朝日新聞出版)より一部抜粋・再構成してお届けする。

トランプ・ロシア関係の深層

プーチンはなぜ、トランプに目をつけ、大統領選挙で支持したのか。「不動産王」と呼ばれたトランプとロシアの接点はどこにあったのか。冷戦後の1990年代からトランプが展開してきたビジネスの状況から点検していきたい。

米国民が2016年当時トランプに抱いたイメージは「大成功したビジネスマン」とみられる。だから、彼に思い切った政治を期待する、と考えて投票した米国民が多かったようだ。しかし、その現実を見ると、意外な事実が浮かび上がる。トランプが倒産させた主要なケースは以下の通りだ。いずれもホテル、ないしはカジノ・ホテルである。

 1991年 トランプ・タージ・マハール(ニュージャージー州アトランティックシティ)
 1992年  トランプ・プラザ・ホテル&カジノ(同)、トランプ・キャッスル・ホテル&カジノ(同)、プラザ・ホテル(ニューヨーク)
 2004年 トランプ・ホテルズ&カジノ・リゾーツ
 2009年 トランプ・エンターテインメンツ・リゾーツ


トランプ自身はこれらの倒産について『ニューズウィーク』誌に「(債務減らしの道具として)破産法をうまく使っている」と発言している。現実には、1980年代には70行以上の銀行がトランプに約40億ドルを貸し付けていた。しかし1990年代の連続破産で米銀行は手を引き、取引銀行はドイツ銀行とドイツ・バイエルン州の銀行の2行だけになったと言われる。特別検察官は2018年、ドイツ銀行を召喚、捜査している。

「謎の男」の仲介でトランプとロシアが接近

そんな窮状を救った謎のユダヤ系ロシア人ビジネスマンがいる。米露の情報機関とも関係を維持するこの男がニューヨークのトランプタワー24階に事務所を置いたのをきっかけに、トランプのビジネスは上向き、モスクワにトランプタワーを建設するプランが浮上するなど、トランプとロシアの関係がぐっと近くなるのだ。

この男フェリクス・セイターは8歳の時に、一家でイスラエル経由で米国に移住。ニューヨーク・ブルックリンで育ち、米国籍を得た。父は米国でマフィアの一員になったと言われる。本人は大学を中退し、ウォール街で証券会社の電話セールスの仕事に就いたが、若いころはならず者で、1991年に酔っ払って喧嘩し、マルガリータが入ったグラスで相手を殴り、禁錮1年の刑に服したことがあった。

その後証券会社を設立、いかがわしい株取引やマフィアとの関係が連邦捜査局(FBI)に探知され、取り調べを受けた。有罪を認め、ウォール街で暗躍する組織犯罪グループに関する情報をFBIに提供するのと引き換えに、禁錮刑を逃れ、2万5000ドルの罰金刑を受けただけで済んだ。

この間、セイターはFBI、さらにCIAのエージェントとして、アフガニスタンに残留していた米国製の肩掛け式スティンガー・ミサイルの回収作業に協力。9・11米中枢同時多発テロの首謀者、ウサマ・ビンラディンの衛星電話の番号も入手したといわれる。後の米司法長官ロレッタ・リンチは議会証言で「セイターの情報は国家安全保障にとって重要で、非常に役に立った」と証言している。

また一時、「ニューヨークの銀行家」と称してロシアに戻り、旧ソ連の国家保安委員会(KGB)の高官やGRUの関係者と知り合ったという。恐らく米露情報機関を二股にかけた二重スパイと言えるだろう。

ロシア・マネーでトランプは「成功者」に

セイターがカザフスタン出身の元ソ連政府高官でクロム鉱で儲けたテブフィク・アリフという人物と共同でトランプタワーに事務所を置いたのは「ベイロック・グループ」という不動産開発会社だ。アリフがカザフスタンなど旧ソ連諸国のお金持ちから巨額の資金を集め、トランプが売り出したフロリダ州の別荘などに投資させた。

2005年に発売された46階建ての「トランプ・ソーホー」はトランプの新しいビジネスモデルを展開するきっかけとなった。トランプはただ名義を貸すだけで、トランプ本人に15%、長女イバンカと長男ドナルド・トランプ・ジュニアに各3%の所有権が与えられた。

米大統領選挙の前に、モスクワにトランプタワーを建設する計画が持ち上がり、セイターはイバンカとジュニアとともにモスクワに同行、クレムリンのプーチン大統領の執務室を見学、その際大統領の椅子に腰かけたと米紙では伝えられた。

トランプは2004年から『アプレンティス(徒弟)』と題するテレビのリアリティ番組に出演、「ユウ・アー・ファイアード(君はクビだ)」の決まり文句とともに有名になった。

トランプはロシア・マネーのおかげで「ビジネスの成功者」というイメージを売り出すのに成功した。ロシア情報機関も加わって、いつの時点でロシアが支援してトランプが大統領選挙に出馬するプロジェクトがまとまったのだろうか。特別検察官はセイター自身も調べたが、その経緯はつかめなかったようだ。

もう一つのルートがある。それは2013年11月9日にモスクワでミスユニバース世界大会が開かれ、トランプはその主催者として司会をし、多くのロシア関係者と知り合いになったことだ。トランプが特に親しくなったのは、ロシアの大手不動産会社「クロカス・グループ」のアラス・アガラロフとその息子らのグループだ。

この人脈が、2016年大統領選挙中の6月9日に、トランプタワーで、米露の計8人の会合につながったとみられる。

米側はトランプの長男、ドナルド・トランプ・ジュニア、娘婿のジャレド・クシュナー、選対本部長のポール・マナフォートら。

ロシア側は、プーチン側近の一人ユーリー・スクラートフ元検事総長に近い女性弁護士ナタリア・ベセルニツカヤ、元タブロイド紙記者ロブ・ゴールドストーン、米露二重国籍の元ソ連軍情報将校でロビイストのリナート・アフメトシンらがいた。

その際、ヒラリーの不祥事についてロシア側から情報を得る約束について話をしたようだ。それ以外に具体的な工作を話し合う「謀議」があったかどうかは不明だ。

写真/Shutter stock

『世界を変えたスパイたち ソ連崩壊とプーチン報復の真相』 (朝日新聞出版)

春名幹男
〈トランプとロシア関係の深層〉プーチンはなぜトランプに目をつけ接近したのか…二人が近づくきっかけとなった「謎の男」の正体とトランプタワーでの「謀議」
『世界を変えたスパイたち ソ連崩壊とプーチン報復の真相』 (朝日新聞出版)
2025年2月21日1067円(税込)280ページISBN: 978-4022953025東西冷戦の終結からウクライナ侵攻までの30年余、歴史を揺るがす事件の舞台裏には常に、世界各地に網を張るスパイたちの存在があった。
彼らは、どのような戦略に基づいて数々の工作を仕掛けたのか。
機密文書や証言から、その隠された真相に迫る。
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