
2000年代、小泉純一郎政権によって華々しく推し進められた郵政民営化だが、昔も今も局内外からうれしい話は聞こえてこない。郵便料金値上げや配達日減少といったサービス改悪、さらにはかんぽ保険の不正営業、配達員による郵便物廃棄といったネガティブなニュースばかりだ。
民営化以降、郵便局は一体どうなっているのか? 1000件以上の内部告発から『ブラック郵便局』を書き上げた西日本新聞社の宮崎拓朗さんに話を聞いた。
2万4000局の赤字を補填し続ける保険営業
――2007年の民営化以降、郵便局にとって悪いニュースが多いですが……。
宮崎拓朗(以下同) 郵政民営化には経営を効率化し、質の高いサービスを提供するというねらいがあったはずですが、実際には理想とかけ離れた現実があります。
2019年に明らかになったかんぽ生命保険の不正営業などの問題については、これまで私も記事にしてきました。ノルマ達成のために、顧客に不利益な「乗り換え契約」で契約件数を稼ぎ、乗り換え時に旧保険の解約を遅らせて二重に保険料を払わせるなどの手口が横行していたんです。
背景には、厳しい経営環境があります。というのも、全国の約2万4000軒という郵便局の数が民営化前から変わっておらず、その1兆円にのぼる営業費用の7割を保険と銀行業務の収益でまかなっているからです。合理化の議論はほとんどなく、無理な収益構造のしわ寄せが現場への「ノルマ」という形で現れているのです。
その過剰なノルマを達成させるためにパワハラが横行し、強引な保険勧誘につながっていました。郵便局の取材に取り組み始めて以来、1000件以上もの内部告発が集まりましたが、この現状を太平洋戦争での日本軍の無謀な作戦の代名詞である「インパール作戦」に例える人が何人もいたのが印象的でした。
民業圧迫を避けるために国によって商品開発が制限されている、かんぽの保険は他社の保険商品にくらべると見劣りしますし、保険の新規契約が取れる機会も当然、限りがあります。それでも局員たちは、頼りない〝武器〟を持たされて、厳しい経営状況をもとに計算された現実性のないノルマの達成を求められていたわけです。
――具体的には保険の渉外社員はどんな状態で働いていたのでしょうか?
会社から届くメールには「正念場です! 今が正念場です! 毎日が正念場です!」「『できなかった』はいりません!! できるまで動いてください!!」と根性論が書かれているだけで、できなければ研修での吊し上げが待っていました。
九州では保険契約の獲得を厳しく求められた男性局員が2018年に自死しています。彼は部長から「今月実績がなかったらどうするのか。覚悟を聞かせろ」と迫られ、「できなかったら命を絶ちます」と発言。その3日後、部長からパワハラを受けたと訴える遺書を残して亡くなってしまいました。
局の4階から飛び降りた翌日、自宅に届いたのは“自爆”したゆうパック
――保険事業の渉外社員だけでなく、郵便配達員にも自死した方がいたと聞きました。
2019年の内部告発では、西日本の郵便局内で局員の自死が発覚。「救急車のサイレンが今も耳から離れない」と語る同僚局員は、「彼を追い詰めたのは陰湿なパワハラと時短圧力」だと怒りをあらわにしていました。
特に深刻だと感じたのが、効率化のため配達時間を厳しく締め付ける“時短ハラスメント”でした。
2010年にさいたま新都心郵便局で職場の4階から飛び降りて亡くなった配達員がいました。ご遺族が労災認定のための活動を続け、2020年になって「時間外労働増加と年賀はがきの販売ノルマによってうつ病を患った」として労災が認められました。
その方が働いていたのは、配達ミスなどを発生させた配達員を“お立ち台”に立たせて数百人の局員を前に謝罪させるという高圧的な指導を行っていた局で、さらに7000~8000枚の年賀はがきなどの販売ノルマもありました。
亡くなった配達員は配達に精いっぱいで、大量の年賀はがきを自腹購入していました。3度の病気休暇を取得しても復帰すればまた同じような労働環境に置かれ、妻に「◯◯ちゃん ごめんね 行って来ます」というメールを遺して自死を選んでしまった翌日、販売ノルマをこなすために自腹購入したゆうパックの商品が自宅に届いたそうです。
命に換えてまで必要な仕事なんかないはずです。なぜそこまで追い詰めてしまうのか、それが変わらないのはなぜなのか、おかしな企業風土に衝撃を受けました。
――厳しい労働環境の理由は、無理な収益構造が変わらないからということでしたが、どうして組織改革できないのでしょうか?
郵政グループには、全国にサービスを行き渡らせる「ユニバーサルサービス」が法律によって義務づけられており、赤字の郵便局は撤退すればいいという単純な理屈が通らない状況です。しかし、合理化や統廃合が禁じられているわけではありません。それなのに、その議論すらされていません。
取材する中で「全国郵便局長会」という存在が深く関わっていることがわかってきました。全国の小規模郵便局の局長が所属するこの任意団体は、公職選挙法に触れているのではないかと思われる選挙活動などを通して、与党との関係を深めて政治にも影響力を持ち、地域を守ることを建前に、郵便局数を減らすことに強く反対しているのです。
どう地域の暮らしを守るのか、破綻する前に議論してほしい
――大きな問題を前に、宮崎さんがこれからの郵政グループに期待することは?
民営化を進めた小泉純一郎元首相が現状をどう見ているのかお聞きしたいと考え、数年前に取材を申し込んだことがありますが、断られてしまいました。
確かなことは、郵便物は減り続けており、過疎化が進む地方では郵便局の利用者も減少するということ。今の無理な収益構造を変えなければ、また別の形で問題が噴出し、いつかは破綻してしまうのではないでしょうか。
一方で、郵便局がなければ生活が困難になる地域があるかもしれません。そこではどのようなサービスが求められているのか、そのサービスをビジネスとして維持できるのか、無理な場合には国がやるべきなのか。
簡単に結論をだせる問題ではないと思いますが、地域の生活インフラを守るためにも、郵政グループだけでなく国会にも、議論の入口に立ってほしいと願っています。
取材・文/宿無の翁 写真/わけとく
〈プロフィール〉
宮崎拓朗(みやざき たくろう)
1980年生まれ。福岡県出身。京都大学総合人間学部卒業後、2005年に西日本新聞社に入社し、長崎総局、社会部、東京支社報道部を経て、社会部遊軍に配属された2018年より日本郵政グループを取材し、「かんぽ生命不正販売問題を巡るキャンペーン報道」で第20回早稲田ジャーナリズム大賞、第3回ジャーナリズムXアワードのZ賞、「全国郵便局長会による会社経費政治流用のスクープと関連報道」で第3回調査報道大賞優秀賞を受賞。現在、西日本新聞社北九州本社編集部デスク。
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宮崎拓朗