なぜ「駐妻」は不倫にハマるのか? 孤独と閉塞感から駐在先で“日本人男性にはないアグレッシブさ”に沼るオンナたち
なぜ「駐妻」は不倫にハマるのか? 孤独と閉塞感から駐在先で“日本人男性にはないアグレッシブさ”に沼るオンナたち

「駐妻」とは、配偶者の海外転勤に帯同した駐在員妻の略だ。海外勤務手当が加算され、日本にいるよりも経済的に豊かになることも珍しくない。

一見すると幸せそうに見える駐妻だが、その実情は言語や文化の壁に阻まれ、閉塞感が充満した駐在員コミュニティで孤独を抱えて生活する人もいるという。

駐在員の帯同家族としてタイで9年間暮らした経験を持ち、その経験をもとに新作小説『結論それなの、愛』を刊行した作家の一木けいさんに、周囲で見聞きした駐在家族たちの驚愕エピソードを語ってもらった。

駐妻は現地人にモテる!!

――海外駐在員が風俗にハマったり、現地の女性と不倫したりしてしまう話はよく聞きますが、その妻も実は意外と不貞行為をしていることに、新刊『結論それなの、愛』を読んで驚きました。一木さんも駐妻だったそうですが、なぜそういうことが起きてしまうのだと思いますか。

一木けい(以下同) 理由のひとつとして、駐妻特有の孤独があると思います。

タイの場合、駐在員とその家族は、日本人学校の通学バスのルートや日系スーパーなどの利便性もあって、バンコクの高級住宅街に住むことが多いです。そこには近い属性の人ばかりが集まっていて、ほぼ日本語だけで生活することもできます。

会社の上司と部下や取引先の家族が同じマンションに住んでいることもあったり、何かと気を遣いますよね。

日本でバリバリ働いていた女性でも、駐在に帯同するとタイでは就労ができないんです。キャリアを中断することになった女性の中には、夫についてきたことを悔やんでいる人も少なくなかったと思います。働いていなかった女性でも「日本を離れるなんていやだ」と思いながらついてきた人もいます。

いざタイでの生活がはじまってみれば、駐在員である夫は、仕事はもちろん、ゴルフや日本からの出張者の接待で土日も忙しい。「旦那が浮気しているかもしれない」というような不安も、親やきょうだい、昔からの友達が近くにいないので気軽に話せません。

というのも、うっかり周囲の日本人に相談してしまうと、尾ひれがついた噂があっという間に広まり、夫の評価に関わるのはもちろん、それによって家族の生活が揺らぐ可能性もあります。

たとえば「慣れない海外でひとりで子どもを育てているみたいで物すごく孤独なんです」と奥様コミュニティで発言したら、その場では「わかるわかる」だったのに、数日後には「リゾート気分で来ちゃったのね」になってしまったり。日本でいうと、田舎の村社会みたいな感じでしょうか。

そんな状況もあって、夫以外の男性と親密になってしまう人もいるんだと思います。

――駐妻はどんなことがきっかけで、現地の男性と知り合うんですか?

タイの男性はすごく積極的で、情熱的で、マメです。ウィンクまではしてこないけど、「イタリア人かな?」ってくらい、日本人女性に声をかけてきます。しかも、相手の女性が子どもを連れていようが、自分が子どもを連れていようがお構いなしです。

駐在員の中には、お付きの運転手がいる家庭も多いのですが、その人が口説いてくるケースもあるそうです。しかも「この間、旦那さんと女性をホテルまで送ったよ」とか告げ口も添えて。大胆ですよね。

なぜ「駐妻」は不倫にハマるのか? 孤独と閉塞感から駐在先で“日本人男性にはないアグレッシブさ”に沼るオンナたち
駐在中にタイ語を勉強したという一木さん

――日本人男性にはないアグレッシブさですね(笑)。つまりタイだと日本人女性はモテるんですか?

かなりモテると思います。

この小説にも書きましたが、日本人女性は辛抱強いとか(激情型のタイ人女性と比較して)温厚だというイメージを持たれています。人を疑うことを知らない、ともよく言われます。見た目も、タイ人にとって白い肌は憧れだと聞きますし、実年齢より若く見られる傾向があると思います。

タイのエステやネイルサロンは日本に比べると安く、髪も肌も爪も手入れが行き届いている駐妻が多いことも関係しているのだと思います。

日本人女性が怒らないことは特に魅力的に感じられていますね。イメージにすぎないのですが(笑)。タイにはいわゆる恐妻家が多く、男性は妻をとても恐れています。浮気がバレて、股間をちょん切られたり、銃で打ち抜かれたりする事件が起こって、ニュースにもなっています。

日本では、そんな話はさすがに聞かないですよね。阿部定くらいでしょうか。この小説にも出てきますが、私の友人のタイ人女性は「彼が裏切ったら、股間をみじん切りにして、チャーハンにして本人に食べさせる」と言っていました。

女性の不倫と風俗通い

――先ほど、タイ人男性がとにかく声をかけてくるという話がありましたが、具体的にはどんな状況で?

タイの道はスコールが降るとしょっちゅう冠水するんですが、そこに顔見知りのタイ人男性がバイクや車で通りがかって「乗っていきなよ」と声をかけてきて、その流れで連絡先を訊かれるとか、同じマンションに住むママ友の子どもが乗る幼稚園バスの運転手さんが連絡先を書いたメモを渡してくるとか。

あとはゴルフやムエタイなどの習い事で親しくなると、コーチが「送り迎えをしようか?」と誘ってくるケースもあります。

知らない人ではないという安心感もあり、甘えてもいいかなという気になっちゃうんでしょうね。

それが不倫関係に発展して、女性がハマってしまうと、経済的に豊かな駐妻がコーチの日給(1500円程度 ※2010年代)を負担して「仕事に行かないで!」と訴えることもあるようです。子どもが朝 6 時半にスクールバスで日本人学校に行った後、彼の家で二人ですごしたり。

また、日本では考えられないですが、コンビニの店員が気軽にナンパしてきます。「そのワンピースきれいだね。お姉さんによく似合ってるー」とか、とにかく褒める。

会話を続ける中で、「○○に行ったことある? 今度バイクで連れて行こうか?」と誘われたりします。

あるとき、私が支払ったインターネット代の払い込み伝票を見て、店員が電話をかけてきたことがありました。「○○でお金を払ったお姉さんだよね。僕はあのとき受け付けた店員だけど……」「タイ語上手だったけど、今度お茶しない?」みたいな。

個人情報の取り扱いが慎重になっている日本では考えられないですよね。そんなことがバレたらクビになります。

不快に思われて訴えられるという発想が希薄かもしれません。

――実際に聞いた中で、印象的だったエピソードはありますか?

タイのマンションには大体、住み込みの修理工がいるんです。水回りだったり、設備の不具合を直してくれます。その人から聞いた話ですが、ある奥さんの部屋にエアコンの修理に行ったら、ベッドに誘われたと言っていました。

――女性用風俗に通う人もいると聞きましたが……。

ゲイエリアには、男性が男性を買うゴーゴーバーがあります。そこで働く男性を女性が買うという話は聞いたことがあります。

シーロム、パッポン、ソイトワイライト……バンコク市内には、そういうお店が密集しているエリアがあるんです。タイに長く住む日本人女性がアテンダーとなって、そういった盛り場を駐在妻や日本人女性観光客などに、案内することが多いそうです。

コロナ禍前にトゥクトゥクの運転手から、ついに日本人女性専用の風俗ができたと聞き、小説の中のエピソードのヒントになりました。

日本人にはないタイ人男性の魅力

――ずばり、駐妻はなぜタイ人と不倫してしまうのでしょうか? 

閉塞感や淋しさ、ままならなさを感じているというのが大きいと思います。私自身も、孤独や虚しさに嵌まり込んでしまった時期がありました。そういった女性の抱える辛さや、心が動く瞬間については、深く考えて、この作品にも書きました。

タイは仏教の国なので、タイ人男性はお母さんをはじめ、とにかく女性に対してマメで優しいです。彼らのそういうところは、日本人女性にとって新鮮で魅力的に映るかもしれません。

風邪を引けば仕事そっちのけで、おかゆや薬を買って来てくれるそうですし、連絡も頻繁で「今、何してるの?」「お昼は何を食べたの?」と常に関心を向けます。荷物は持つし、家事も育児もする。「お母さんが、妻が、彼女が、ごはんを作るのが当たり前」という圧がない。

狭い日本人社会という特殊な状況で、悩みがあってもなかなか話せず、孤独で息が詰まって、子どもを寝かしつけたあとなぜかわからないけど涙が出てくる、みたいな生活を一年二年続けたある日、にこにこと優しく細やかに接してくれる相手が現れたら、きっと、気持ちがホッとして心が動くこともありますよね。

とはいえ、別れるときに「旦那にバラす」と脅された駐妻の話も聞きましたし、夫が日本に出張で一時帰国しているときに不倫相手を自宅に入れたら、金目のものや夫のスーツまで持っていかれ、音信不通になったというケースも聞きました。

――一木さんはタイで9年間暮らした経験をもとに、不倫や風俗だけではなく、人身売買や管理売春、そして自死など、かなりハードなエピソードも小説で書かれましたが、これらを通じて、最も伝えたかったことは?

世界のどこにいても、駐妻でもそうでなくても、性別年齢国籍関係なく、思い詰めて孤独を感じて居場所がなくなってしまったら、人はいつだってもろく危うい存在だと思います。

となりにいても違う国にいるみたいな淋しさをおぼえたり、共通言語があっても通じ合えずに絶望したり。そういう状況をどう乗り越えていくのか、あるいはやりすごすのか。この小説がそれを考えるきっかけになったらいいなと思います。

取材・文/集英社オンライン編集部 写真/わけとく

結論それなの、愛

一木 けい
なぜ「駐妻」は不倫にハマるのか? 孤独と閉塞感から駐在先で“日本人男性にはないアグレッシブさ”に沼るオンナたち
結論それなの、愛
2025年2月19日1925 円(税込)224ページISBN: 978-4103514435夫は、私の気持ちに気づかない。
駐在妻のマリが求めた無垢な愛は、切実で、時に危険で残酷だった。 言語も文化も異なる場所で、それでも通じ合うことを真摯に見つめ続けた最高純度の恋愛小説! バンコクの高級アパートで暮らす駐在妻のマリは、コロナ禍の国境封鎖で出張先から帰ってこられなくなった夫と別居生活を送っていた。 日本にいた母の葬儀にも参加できず、孤独なマリに声を掛けたのは、テオというタイ人の青年だった。 寄り添い、理解しようと向き合ってくれるテオに、やがてマリは心惹かれるようになり――。

<プロフィール>
一木けい
1979年、福岡県生れ。2016年、「女による女のためのR-18文学賞」読者賞を受賞。デビュー作『1ミリの後悔もない、はずがない』が話題となる。他の著書に『愛を知らない』『全部ゆるせたらいいのに』『9月9日9時9分』『悪と無垢』『彼女がそれも愛と呼ぶなら』などがある。最新作『結論それなの、愛』が絶賛発売中。

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