
アメリカの相互関税の発表が世界中にすさまじいインパクトを与えている。4月7日の日経平均は、一時2900円安で1年半ぶりに3万1000円を割り込んだ。
株式市場の混乱から見えてくるのは、企業活動が急速に停滞することへの懸念だ。そしてそこからは、「低賃金化」「失業率悪化」「物価高騰」という負のスパイラルで疲弊する国民の姿が浮かび上がる。
常識を一変させたトランプ大統領
トランプ大統領は日本に24%、EUに20%、イギリスに10%、中国には発動済みの20%に加え、34%を上乗せすると発表し、貿易戦争の懸念が高まっている。
1930年代、アメリカは大恐慌などを背景として保護主義政策に傾き、関税の引き上げに動いた。しかし、世界の分断を招いた保護主義は第二次世界大戦の一因ともなり、その反省から1948年にGATT(関税及び貿易に関する一般協定)が発足。
それがやがてWTO(世界貿易機関)体制へと受け継がれ、自由貿易が推進されたことは高校生の教科書にも書かれている。
トランプ氏が再び大統領に就任してから3か月も経たない間に、これまでの常識が塗り変えられているのだ。世界は正に歴史的な転換点を迎えている。
これはコロナ禍以来に起きた衝撃的な出来事で、テレビで特番が組まれてもおかしくはないほどだが、日本国内では意外なほど関心が低い。多くの人にとっては蚊帳の外のことだと感じているのかもしれない。
しかし、関税の発動によって企業活動は停滞し、庶民には「負のインパクト」となって跳ね返る可能性が極めて高い。
財務省の貿易統計によると、2024年のアメリカへの輸出総額は21.2兆円だ。
つまり、企業は価格を引き下げて従来に近い値段で消費者に販売するか、消費者が高い輸入品を購入するかのいずれかになる。
5年連続で春闘に満額回答の好調トヨタ
こうしたトランプ関税の影響は多くの日本企業に打撃を与えることは必至だろう。
例えば、トヨタ自動車はアメリカで販売している自動車のおよそ2割を日本から輸出している。アメリカでの車両価格は当面維持する方向で検討していると報じられているが、つまりは関税による価格上昇分を会社が吸収するということだ。
トヨタは2024年3月期に5.3兆円もの営業利益を出し、営業利益率は7%から12%近くまで跳ね上がった。この立役者は“営業面の努力”で、2兆円もの増益効果が働いている。営業面の努力とは、利幅の大きい高収益車種の販売好調による影響が大きい。
2025年3月期は12%の営業減益を予想しているものの、営業利益率は10%と2桁台をキープしており、依然として高収益体質は維持してきた。
トヨタは2025年の春闘で労働組合の要求に満額で回答。組合側は最も高いケースで月2万4450円の賃上げ、ボーナスは前年と同様の7.6カ月分を要求していた。これに対して、満額での回答は5年連続となる。
しかし、これも会社が利益を出しているからこそのものだ。トヨタ自動車による関税分の吸収により、好調を牽引してきた“営業面の努力”は大幅に削られる可能性が高い。
2017年3月期には3割もの営業減益となっていたトヨタだが、2017年の春闘は組合の要求した3000円のベアに対して回答は1300円、家族手当の拡充を合わせても2400円だった。2018年もほぼ同水準だ。
賃上げ圧力が急速に萎む懸念が出てきたわけだ。
国民民主党の榛葉幹事長は、4月6日に奈良市で開かれた党の奈良県連大会で大手の春闘が終わったことに触れ、「問題はこれからだ」と賃上げが減速することに警戒心を滲ませた。トランプ大統領は「私の政策は決して変わらない」と強硬姿勢を見せていることからも、来年の春闘を見越した榛葉幹事長の発言はこの問題の長期化を示唆している。
コロナ禍のバラマキに似た政策を打ち出す石破政権
さらに、国内の失業者が増加する懸念もある。
日産自動車はトランプ大統領による相互関税の発令によって減産計画を一部撤回。アメリカの工場の一部生産ラインでシフトを通常の半分に減らす計画を立てていたが、生産シフトの維持を決めている。
日産はアメリカ向けの一部車種を福岡県の工場で生産している。
もし日産が製造拠点の軸足をアメリカに移すことになれば、この産業界に深刻な影響を及ぼすことになる。仮に日産が日本での製造を続けたとしても、関税の影響で自動車が売れない可能性が高い。
日産は2025年3月期に8割もの営業減益を予想しているが、業績の悪化で関税分を吸収する体力に欠けているのだ。結果的に、日本の製造拠点がダメージを受けることになりかねないのだ。
石破茂首相は中小企業の支援対策として、全国1000箇所に相談窓口を設けると発表した。資金繰り支援などを行なうというのだが、この対策には既視感がある。
コロナ禍で行なわれた飲食店や宿泊事業者などへのコロナ支援だ。コロナ禍の商環境の変化により、助成金やゼロゼロ融資などの支援策を次々と打ち出したが、数多くの事業者をゾンビ化させる結果となった。帝国データバンクによれば、2024年1-9月の飲食店の倒産件数は前年同期間比16.5%増の894件で、過去最多を更新している。
相互関税による影響をバラマキで抑えようとすれば、そのツケを将来世代に先送りすることにもなるうえ、失業者を一時的につなぎ止めるに過ぎないのだ。
そして今は物価上昇局面だ。
2025年の参院選は景気対策が争点になることは間違いなさそうだが、国民からの信頼を取り戻せない自民党は、今後さらに起きうる景気後退も後押して大敗する未来も見えてくる。トランプ関税は日本の経済、政治を一変させる可能性もある。
取材・文/不破聡 写真/shutterstock