
世界的にも貴重なパウダースノーを武器に、近年グローバルリゾートとして急成長を遂げた北海道・ニセコ町。インバウンド需要の拡大により地域経済が活性化するこの現象は「ニセコ化」と呼ばれ、全国各地で同様の動きが広がりつつある。
日本は本当にオーバーツーリズムなのか
観光を軸とした地方創生を専門とし、『観光“未”立国~ニッポンの現状~』(扶桑社)を上梓した立教大学客員教授・永谷亜矢子氏に、「ニセコ化」が地域社会に与える影響について話を聞いた。
永谷氏は観光政策・地域マーケティングを専門とし、観光庁や自治体のアドバイザーとして多くの地域活性プロジェクトに携わってきた実務派の研究者。近著は紀伊國屋書店で1位を獲得するなど注目を集めており、今回はその現場目線から、「観光成長の光と影」をどう捉えているのかを語ってもらった。
――ニセコ化によるオーバーツーリズムの現状について、どのように考えていますか?
永谷亜矢子(以下、同) まずお伝えしたいのは、経済アナリストのデービッド・アトキンソン氏も指摘している通り、日本全体を見れば、まだ「オーバーツーリズム」と言える段階ではないと思います。日本の訪日外国人比率は約20%で、世界28位。一方、1位のオーストリアは300%を超えており、明らかな差があります。
ただし、ニセコ町や「第二のニセコ」とも言われる長野県の白馬村のように、一部の地域では観光客が過度に集中し、受け入れ能力を超えてしまっている実情もあります。
――なぜ、一部地域に観光客が集中してしまうのでしょう?
政府や自治体による観光マーケティングの不足です。インバウンド施策自体が誤っていたわけではありません。しかし、受け入れ体制が整わないまま外国人観光客が急増した結果、現場にさまざまな歪みが生じてしまったのです。
実際、日本のインバウンド客の約7割が東京・京都・大阪など都市部に集中し、地方を訪れるのは全体の3割。さらにその3割も、一部のエリアに偏っているのです。
――具体的な解決策は?
答えはシンプルで、特定の場所に集中しているのであれば分散させればいい。たとえば滋賀県も訪日客数が増えてきていますが、お隣の京都には遠く及びません。
しかし、地理的に見れば、京都駅から嵐山まで30分、天橋立までは2時間かかる一方、滋賀のおごと温泉へはわずか20分でアクセスできます。
こうした地理的優位性を活用すれば、京都の混雑緩和と滋賀の観光振興、どちらにも効果があります。それなのに、行政間の連携が弱く、ポテンシャルが活かされていないのはもったいないですね。
必要なのは、旧態依然とした自治体の体質改善
――地域間連携がなかなか進まない理由は?
最大の障壁は、やはり「縦割り行政」の構造でしょう。自治体ごとの縄張り意識が根強く、どうしても近隣地域をライバル視してしまう。
しかしマーケティングの視点で見れば、「有名観光地のすぐそば」といった立地は、むしろ強力なアピール材料です。
――自治体の古い体制が観光振興の足かせになっていると。
そう感じる場面は多いです。情報発信に関しても、いまだにアップデートがされておらず、「時が止まっているのか?」と思うことすらあります。
観光客の多くが自力で調べて行動する「個人手配旅行(FIT)」の時代に、更新されていない観光サイト、スマホ非対応のページ、閉業した店舗情報のまま……というケースが未だに多い。
これではチャンスを逃してしまいます。
――価格設定においてもできることはありますか?
もちろんです。たとえば、時間帯による価格差、予約制、混雑緩和のための入場制限など。ジブリパークや恐竜博物館のように時間指定のシステムは効果的ですし、姫路城のように市民と観光客で料金を分ける「二重価格」もひとつの工夫です。
さらに、あしかがフラワーパークのように開花状況によって料金を変えるなど、需要に応じた料金設定はあって然るべきかと思います。
ノウハウがないなら、異業種の力を借りればいい
――政府も自治体も、もっと変わらないといけないように思います。
その通りです。ただ、観光振興が本格化したのは2003年頃で、日本の観光業はまだ発展途上。いわばスタートアップのようなものです。でも「経験がないから仕方ない」では済まされない。
――ノウハウがないなら、どうすれば?
異業種に頼ればいいんです。ホテルが観光業の資格を取得し、自ら体験コンテンツを企画・販売するケースが増えています。訪日観光客がまず行うのは宿泊予約ですから、ホテルは地域の“窓口”でもある。
たとえば、三重県の「アマネム」というホテルでは、伊勢志摩の食や文化を楽しめる宿泊プランを提供しています。予約段階で地域の魅力を提案できれば、観光客の体験価値は格段に上がるはずです。
――とはいえ、ニセコでは外資系の進出で、地域にお金が落ちないという現状もあります。
だからこそ、外資系企業が施設を乱立する前に、地域の人間が主体的に動くべきなんです。
そのためには地域住民の理解も必要で、観光収益を文化財の修復や地域産品の開発に還元し、住民が恩恵を実感できるモデルを作ることが重要です。地元企業が潤い、地域住民も助かる。それが、観光を通じた地方創生の理想形です。
また地方には、都市にはない文化・自然資源がまだまだ眠っています。こうした“埋もれた資源”をいかに掘り起こし、魅力的な商品として打ち出していけるか。これがこれからの観光に求められる視点です。
取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班
観光"未"立国~ニッポンの現状~ (扶桑社新書)
永谷 亜矢子