
女性アイドルがディズニーリゾートで楽しんでいる写真に、彼氏のような男性が写り込んでいた――。今やこうした事態が起こると、ファンを中心にSNSではきまって「許せない」「ふざけんな」といった炎上騒ぎになってしまう。
多発する女性アイドルの異性トラブル
彼氏とのツーショット写真の流出、「兄」と説明されていた男性が実は彼氏だったことの発覚、さらに男性俳優との「友達」とは思えないほど親密な写真…そんなSNS投稿が後を経たない──。
アイドルファンなら、一度は経験したことがある「推しの異性交遊」問題だ。
今年に入ってからも、乃木坂46の岩本蓮加やモーニング娘。の北川莉央など、人気グループに所属するアイドルたちが、男性とのプライベート写真の流出によって相次いで謝罪に追い込まれている。
3月には、8人組アイドルグループ、HIGH SPIRITSの泉いろはが、X(旧Twitter)に投稿した謝罪が話題になった。
〈ディズニーの写真について、誤解を招くような画像をアップしてしまい申し訳ありませんでした。確認を怠った私の不注意です〉
一見、「ディズニーリゾートで何か迷惑行動をしたのか?」と思ってしまうが、実際は違う。投稿された写真を拡大するとサングラスのレンズに、スマホを構えた男性らしき姿が映り込んでいて、「彼氏ではないか?」という憶測が飛び交い、騒動に発展したのだ。
「そんなことで目くじらを立てなくても…」と思うかもしれない。しかし、ファンにとってアイドルは「疑似恋愛の対象」でもある。時間もお金もかけて全力で応援している推しが、裏では彼氏と親密に交際していた──。そんな事実は、簡単には受け入れられないのだ。
「泉いろはの件は、ファンの間でも、“兄”か“彼氏”かで意見は分かれており、おおむね“誤爆”として呆れられています。
法的に認められていない「恋愛禁止」とファンの“理想”
アイドルも人間である以上、いずれは彼氏や彼女との交際期間を経て、結婚や出産という道に進むこともあるだろう。
しかし、交際が発覚したことで、事務所から解雇や脱退を余儀なくされたり、場合によっては損害賠償を求められるケースもある。さらには「恋愛禁止」を錦の御旗に掲げたファンから徹底的に糾弾されることも。
「アイドルは恋愛禁止」という法律は存在しないのに、行為と代償がアンバランスになってはいないだだろうか。
『清く楽しく美しい推し活~推しから愛される術』(東京法令出版)などの著書を持つ、レイ法律事務所の統括パートナー弁護士・河西邦剛氏は法律の観点からこう指摘する。
「法律的に誰かに何かを禁止するには、“契約”が必要です。アイドルは所属事務所とマネジメント契約を結んでいますが、その契約書に記載されていたとしても、すべてが有効になるわけではありません。
かつて、とある女性アイドルと、彼女が所属していたグループの運営会社との間で裁判となりました。彼女がファンとの交際を始めたことをきっかけに、イベント出演などを一方的に放棄したと主張しため、運営会社は被告であるアイドルの両親に対し、監督義務違反を理由として損害賠償を請求しました。
2016年には、『異性との交際は、人生を自分らしくより豊かに生きるために大切な自己決定権である』という理由から、恋愛禁止に基づく損害賠償請求を認めない判決が出ています。つまり、現代においては、『恋愛を禁止する契約』は、2016年以降の裁判例において基本的に有効性が認められていないのです」
過去には恋愛禁止条項が有効とされた裁判例も存在していたが、2016年以降、裁判所ではそのような契約の有効性をほとんど認めなくなっている。
「さらに近年では、契約当事者の交友関係を制限したり、それを破ったことによって不利益を与えるような損害賠償請求を行なったり、契約違反を理由に処分し、その事実を公表すること自体が人権問題になりかねません」(同)
それでもアイドルの熱愛疑惑が浮上すると、ファンたちはなぜ非難の声を上げてしまうのだろうか?
「熱愛が発覚したアイドルに対する誹謗中傷には、『裏切られた』『メンバーとしての自覚が足りない』『ほかのメンバーに迷惑をかけるな』『グループの質を落とすな』といった声が挙げられます。
しかし、ルール違反があったかどうかは明確に認定できません。
アイドルへの精神的依存
知れば知るほど好意は増し、理想に近い存在として認識するようになると、ファンは「この子は恋愛しない」と妄信するようになる。そんな中で交際の事実が判明すると、「思っていたのと違う!」という落胆が、「裏切られた」という怒りに変わってしまう。
「これは根本的には“精神的依存”から来ているとも言えます。特に自己肯定感が低く、アイドルに精神的な支えを求める人たちにとっては、自己承認欲求を満たしてくれる存在として、アイドルが機能している場合もあるのです」(同)
かつてアイドルは“雲の上の存在”であり、一方通行の関係しかなかった。しかし現在では、ライブや特典会、SNSなどを通じてファンの側も“認知(アイドルに顔と名前を覚えてもらうこと)”されることが増えた。推しから「〇〇さん、いつもありがとう」と名前を呼ばれれば、その喜びはひとしお。これが自己肯定感を満たす行為になっているのだ。
「しかし、アイドルに承認を求める傾向が強く、感情がエスカレートしやすい人ほど、『裏切られた!』と感じた瞬間、それが怒りへと変わり、誹謗中傷につながってしまうケースが多いのです」(同)
今年に入り頻発するアイドルの写真流出事件に対する反応では、「またヲタがめちゃくちゃなことを言っている」とSNSなどで揶揄されがちだが、これは一部の過激なファンだけの問題ではない。
「アイドル人口が増加し、競争が激化する昨今は、アイドルの側にとっても、ファンの自己承認欲求を満たすことが、ファンを獲得する上で必要不可欠になってしまった。これはアイドル業界全体に根差した構造的な問題といえます」(同)
ファンもアイドルも現実を冷静に見つめ直す時代が来ているのかもしれない。
河西邦剛●レイ法律事務所。
取材・文/千駄木雄大