お笑いサークルの大学生はなぜ就職で有利なのか? 令和ロマン・高比良くるまのネタ作りとコンサルの「ケース面接」の共通点
お笑いサークルの大学生はなぜ就職で有利なのか? 令和ロマン・高比良くるまのネタ作りとコンサルの「ケース面接」の共通点

就職先・転職先として近年人気を集めている「コンサル」。この現象は「ポータブルスキルを身につけろ」「仕事で成長」という言葉に取り囲まれているビジネスパーソンの状況を象徴しているが、そうした流れはエンターテインメントの世界にも波及している。

『東大生はなぜコンサルを目指すのか』より一部を抜粋・再構成してお届けする。

大企業に就職するお笑いサークルの若者たち

日常のコミュニケーション様式にお笑い的なスタイルが広がってきて久しい。90年代にダウンタウンが芸能界の覇権を握ったことでボケとツッコミというタームが一般層にも浸透した、雛段芸人と呼ばれる属性の登場が集団でのコミュニケーションのあり方を変えた、など様々な論があるが、実はビジネスパーソンが語る「成長」と「お笑い」の文脈が近い場所で結びつき始めている。

お笑いサークルってなんだか大企業に就職する傾向があって。
(「芸人で会社員で社長!三足のわらじを履く理由」NHK 大学生とつくる就活応援ニュースゼミ、2022年7月15日におけるラランドのサーヤの発言。すでにサーヤは勤めていた会社を退職) 

企業の面接とかで「お笑いサークルで漫才やっていました」とか言うと、「コミュニケーション能力が高いね」みたいな評価を得られるらしい。(中略)いわゆる芸人というものが、頭の回転が速く、コミュニケーションが上手で、人付き合いも上手くて、盛り上げて、わりと根性もあって、就活に一番効くパーソナリティを形成するみたいになっている。
(「第1回 お笑い地政学~氷と炎の歌~」THE SIGN PODCAST、2022年11月24日より、おぐらりゅうじの発言) 

お笑いがコミュニケーション能力の基準になる

大学生がサークル活動としてお笑いに取り組むこと、そしてそれが就活における武器になっていること。この話のキーになるのは、本書でも何度か取り上げている「コミュニケーション能力」である。

場を和ませて、かつ鋭い指摘を繰り出せる存在としてのお笑い芸人の姿は、今の職場において求められる人材像ときれいに重なる。

適切なコミュニケーションの前段にはロジカルな視点からの現状把握やそれを踏まえた解決策についての検討が必要であり、そういったことを瞬時にこなせる点で、その能力は今の時代のポータブルスキルとも合致している。

コラムニストの小田嶋隆は生前Twitter(現X)において、「松本人志がヤンキーのヒーローたり得たのは、勉強漬けのインテリの知的武装をワンフレーズのボケで無効化してしまうその地頭の良さにあった」という言葉を残している。

お笑い界のドンの魅力を示す言葉(実際にはこのツイートは松本に対して批判的なものだが)と、第三章で触れたコンサルファームで採用される人材の要件を表す言葉が一致しているのは非常に興味深い。東大生が入りたい業界の採用基準にトップクラスのお笑い芸人が肉薄しているという不思議な状況が生まれている。

令和ロマン・高比良くるまのコンサル的思考

大学のお笑いサークルという文脈で先ほど発言を紹介したラランドのサーヤと並んで引き合いに出されることが多いのが、2023年のM−1グランプリをわずか結成5年8か月で制し、さらには翌2024年も優勝して史上初の二連覇を達成した令和ロマンである。

慶應義塾大学のお笑いサークル出身の彼らは、M−1後のメディアでも大学サークルという枠組みをあえて持ち出しながら、お笑い業界に新たな軸を持ち込んでいる。

大学のお笑いサークルに出自があるから知的だというのはあまりにも短絡的だが、令和ロマンの髙比良くるまはそういったパブリックイメージを引き受けて様々な発信を行っている。

そして彼の行動からは、良い大学を出た人たちが身につけたいポータブルスキルとしての課題解決力、ファクトを捉えたうえでそれに対する解決策を見出すコンサル的な思考が随所に垣間見える。

僕は個々のネタじゃなくて「お笑い」自体を分析しているんです。いまはこういう要素が入ったネタが流行っているから、次はこういう人が出てくるんじゃないか、という。社会人的な思考なのかもしれません。漫才という商品を売りたいから、市場では何が流行っているのかリサーチしているだけなんです。
(「令和ロマン・くるま『ケムリさんは考えない葦だからね』ケムリ『パスカルでいうところの、人間の逆ね』」双葉社THE CHANGE、2023年9月28日) 

決勝前に2015年からのM−1を全部、見返したんですよ。ヘッドフォンで、音をめっちゃでかくして。そうしたら、トップはウケていたときでも、やっぱり(ウケの)初速は遅い。なので、もっとお客さんの方を向いたネタにしなきゃダメだと思ったんです。
(「M−1王者は天才か努力家か…『決勝直前にM−1全部見返した』史上最速優勝・令和ロマンが語る“圧倒的努力”『だから異例のネタ選びをした』」Number Web、2024年4月7日) 

「ケース面接」のようなネタ作り

コンサルの就職活動に、「ケース面接」と呼ばれる論理的に物事を考えるプロセスの精度を問う面接スタイルがある。

たとえば、「新幹線でコーヒーってどのくらい売れると思う?」と訊かれたなら、「東海道新幹線で」「コーヒーは1杯いくらくらい」と前提を限定し、「1日の新幹線の乗客数」を「東京駅からの1時間あたり発車本数」と「1車両あたりの最大乗客数」「新幹線1本あたりの乗車率」あたりから見積もり、そこに掛け合わせる「コーヒーの購入率」を「乗客のタイプ別」や「時間帯別」などから設定し……などといった話をしながらロジックを組み立てることが求められる(こうした方法は「フェルミ推定」と呼ばれる)。

当然正確な数値は出せないが、おおむねの桁がどのくらいの金額になるかくらいまで辿り着くことはできる。

くるまにとってM−1グランプリをはじめとする賞レースは「ケース面接の題材」のようなものであると言える。

条件を与えられた中で仮説を立てて、最適なアウトプットを出す。人を笑わせるという漠然としたゴールではなく、既定のルール内で審査員からの評価によって順位が明確に決まる賞レースがお笑いの中心となり、そういった催しの中で最も影響力のあるM−1グランプリはもはや年末の国民的行事になっている時代が今である。

芸人も会社員も地道な「圧倒的努力」が求められる時代?

ルールに沿ってその強さを競う点で、賞レースの影響下にある現代のお笑い芸人はアスリートの姿に近づいている。だからこそスポーツメディアである「Number」もお笑いを取り上げる。

2022年12月には、サッカーのカタールワールドカップが開催されている時期にM−1グランプリについての特集を誌面で行っていた(表紙のコピーは「スポーツとしての4分間の競技漫才。」)。

第二章で取り上げたようにアスリートと「成長」は隣接しており、その場所と近いところにアスリート化しつつあるお笑い芸人の立ち位置がある。

目指すものがわかりやすければ、対策も立てやすい。一見すると会社員の世界よりも自由に見えるお笑いの世界でも、優秀なサラリーマンとしてのスキルが有効に活用できる時代である。

くるまについて特筆しておくべきなのが、このような分析のために実に地道なファクト集めを行っていることである。

先ほど紹介した「決勝前に2015年からのM−1を全部、見返したんですよ」にせよ、「例えば『運動会』のネタで『ソーラン節』という言葉が出るときは、この地域では運動会でソーラン節を踊っているのか?など、その地域の劇場スタッフに聞きます」(「令和ロマン・髙比良くるまは、なぜ漫才を分析するのか?」あしたメディア、2024年2月8日)にせよ、一見するとセンスで思いついているかのようなネタを披露するにあたって明らかに手間のかかることにリソースを割いている。

この勤勉さこそが、今の彼らの地位を形作っている(もっとも、執筆時点でくるまの活動自粛が発表されており、ここ数年で築いた彼らのポジションが今後どのようになるのかは不透明だが)。



文/レジー

東大生はなぜコンサルを目指すのか

レジー
お笑いサークルの大学生はなぜ就職で有利なのか? 令和ロマン・高比良くるまのネタ作りとコンサルの「ケース面接」の共通点
東大生はなぜコンサルを目指すのか
2025/5/161,056 円(税込)256ページISBN: 978-4087213652

【仕事と成長に追い立てられる人たちへ】
東大生の就職人気ランキング上位をいつのまにか独占するようになった「コンサル」。この状況の背景にある時代の流れとは?
「転職でキャリアアップ」「ポータブルスキルを身につけろ」そんな勇ましい言葉の裏側に見えてきたのは、「仕事で成長」を課せられて不安を募らせるビジネスパーソンたちの姿だった。
時代の空気を鋭く切り取った『ファスト教養 10分で答えが欲しい人たち』の著者が、我々が本当に向き合うべき成長とは何なのかを鮮やかに描き出す。

【目次】
・はじめに
就活ランキングを埋めつくす「コンサル」/成長したがるビジネスパーソンの裏側 ほか
・第一章 成長に魅せられ、振り回される人たち
「成長教」で人生のバランスが崩れる/「会社に頼るな」という風潮を作るのは誰か/安定したい、だから成長したい ほか
・第二章 成長に囚われた時代のカラクリ
今改めて読む『若者はなぜ3年で辞めるのか?』/働かせるためのキャリア教育/「やりたいこと」と「サバイブ」の悪魔合体 ほか
・第三章 「成長」と「コンサル」 東大生はなぜコンサルを目指すのか?
やりたいこと地獄へのカウンターとして/「MECE」「結論から話せ」「3つあります」/コンサルをバカにして、コンサルから学ぼうとする ほか
・第四章 コンサルタントたちの本音
インタビュー1 Aさん(20代・新卒)「安定のために努力している」
インタビュー2 Bさん(20代・新卒)「モラトリアム期間で武器を身につけるために」
インタビュー3 Cさん(30代・中途)「フレキシブルさが全然違う」
・第五章 「成長」文脈で読み解くポップカルチャー
タワマン文学とコンサル/令和ロマンの分析と圧倒的努力/JTCから羽ばたいた宮脇咲良 ほか
・第六章 成長をめぐる不都合な真実
働き方改革が引き起こす「ゆるい職場」問題/イチロー発言と生存者バイアス/勤勉さは「出し抜く」ための武器か ほか
・第七章 成長に囚われずに、成長と生きる
戦うべき相手は「怠惰のウソ」/成長を目指してキャリア迷子にならないために/ジョブ・クラフティングで自己満足を ほか
・おわりに
「昭和のパロディが令和のコメディ」の時代を生きる

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