
飲み屋に古着屋、ライブハウスも混じる雑多な商店街が独特の文化空間を生んできた東京都杉並区の高円寺で今月、再開発につながる道路拡張計画に反対するパレードが行なわれた。荷台でバンドが演奏するトラックの後ろについて、ビール片手に練り歩く“歩くライブ”は今回で5回目。
独特のカルチャーを育む高円寺、再開発の危機に
5月11日、高円寺中央公園を出発したパレードは「再開発イラネ~!」とリピートするロックバンドを乗せたトラックを先頭に動き出した。
その後ろを移動式居酒屋の「呑んべえ号」と、ドラムやタライなど音の出るものをくっつけたオブジェの神輿(みこし)が続く。参加者は酒を手に歩きながら歓声をあげる。
彼らは高円寺の何に魅力を感じるのか。
「1994年から遊びに来てます。当時はヘンな画廊があってね。3階か4階の部屋に外から見えるように絵を飾って、下の並木道に置いてある双眼鏡で見てくださいっていう画廊。そういう、知る人ぞ知るインディーズの面白いスペースとかイベントがずっとあるんです。とんがっている。俺もちょっとしか知らない。全部を知っている人なんかいないです」(58歳男性Aさん)
「7年前に東京に来たんですけど、他の街と違って自分がありのままでいられる感じがします。来ると大体知り合いに会うんです。
「魅力は自由なとこですね。音楽やってる人は自由な風潮を好むから。ほら、多いじゃん。ふらつきが(笑)」(44歳男性Cさん)
そんな高円寺好きたちの抗議の第一の対象は、JR高円寺駅から北に延びる純情商店街と庚申(こうしん)通り商店街を長さ約420mにわたり拡幅する都市計画道路の建設話だ。
「1966年に都が策定した計画にある道路です。10年ごとに建設の優先度などを決める『事業化計画』で、2006年から『優先整備路線』になっています。しかし、測量や土地買収を始める前提になる事業認可は出ていません」(杉並区土木計画課)
「防災性の向上」を目的に挙げる計画が現実になるとどうなるか。
庚申通り商店街の北端より北側で、すでに始まっている同じ道路の中野区内の整備計画では、道幅を今の約6mから約16mに拡げる。この幅の道路が庚申通り商店街と純情商店街を貫けば、両側に並ぶ今の小規模な商店は一掃される。
「1980年代に都が計画を進めようとして大反対が起き頓挫しました。今は保留状態ですが優先整備路線に入っているってことは、裏で進んでいるとみています」
パレードの創設者のひとりでリサイクルショップを経営する松本哉さん(50)はそう話す。
広い道路を通せば商店街がなくなり、容積率(土地の広さに対する延べ床面積の割合。建築物の規模を規制するため上限が決められている)の緩和で高層ビルが建てられて周辺の家賃は上昇するだろう。
そうなるともとの店が戻ることは難しくなるうえ、資金力のない個人店も新規出店はできなくなる。そして大規模店やチェーン店が増え、面白い人材は流出する―。
そんな街の姿を恐れた松本さんらが2018年に始めたのがこのパレードだ。なぜ、再開発で街は面白くなくなるのか。
「実際に再開発された都内のX地域は、古着屋もチェーン店っぽい店が多くなってしまいました。チェーンだと大量に仕入れて(品が)同じような感じになるし、店の個性がなります。高円寺はまだ個人店がめっちゃあって、そこが魅力ですよね」(前出のCさん)
「高円寺にいる人を見に来るのが好きなんです。なんていうか、“DIY精神”を持っているというか」(24歳女性Dさん)
「この街の雰囲気は、それぞれの店の常連客の歴史の積み重ねでできたある種の芸術品ですよ。大きな資本とかチェーン店が来ると妙にこぎれいになって、無味乾燥なツルンとした街になってしまう。店の個性がなくなると、しまいには来る人の個性も奪われます」(前出のAさん)
パレードの中にいたミュージアム研究などが専門の武蔵大教授の小森真樹氏は「高円寺は個人商店がものすごく集まり、店で自分の個性を表現する人がいる。
ガード下では「立ち退き」を迫られている店も…
こうした声に杉並区土木計画課は「計画が動いていないので再開発と言われてもピンときません」との態度だ。
ただ、商店街地区の東側では反対住民がいる中で、2022年4月に杉並区が別の都市計画道路の事業申請を都に行い、同年7月に認可が下りて土地買収が始まっている。
区が決断をすれば純情商店街などを貫く道路計画も動く状況の中、松本さんらは来年春の区長選の結果次第でそうなる可能性があるとみて、この計画道路を「優先整備路線」から外すことを求めている。
一方でパレード参加者は別の心配も口にした。
JR高円寺駅のガード下の商店、飲み屋街の一部が立ち退きを求められていることが最近わかったからだ。
その店の一つ、老舗おもちゃ屋『ゴジラや』の店長・木澤雅博さん(70)は「来年3月に改修工事をするので、別のビルに移ってほしいと言われています。去年の7月ごろから話が出ました」と話す。
「私も周りの店もJRが国鉄だった1970年代から店を出してきました。20軒くらいが今回の対象のようです。
移転しても家賃が高くなるとの情報もあり、そうすると廃業する店も出るでしょう。せめて数年このまま営業をさせてほしいです。このあたりの店がなくなると一つの文化が消えるのと同じです」(木澤さん)
木澤さんは計画の見直しを求める署名活動も考えているという。
これに対し高架下を管理するジェイアール東日本土地開発はこう説明する。
「老朽化が進み、漏電などを恐れています。火災で電車が止まれば大きな障害になり、そうしたリスクを低減するため改修が必要だと考えています。
街に合う感じで再開発を行なっており、高円寺駅そばのすでに改修済みの施設はテラスで外飲みができるように作っています。再開発範囲は具体的には決まっていません。(店子と)協議して個別案件ごとに進めなければならないので、いつまでに(立ち退きを)というのもないです」(広報担当者)
街の姿を残すのか、変えるのか。高円寺では違う形で新たな現象も起きている。
「パレードを始めたのは(当時40代の)うちらの仲間だけど、コロナで中断した後に再開されると高円寺でも世代交代が起きてて、2022年のパレードを見た若い人たちが『うちらがやります』って言ってきたんです。
昔も今も“とんがり”続けてきた高円寺、はたしてその未来は?
取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班