〈日本郵便と自民党〉2500台のトラック使用禁止の行政処分のなか、郵便局救済に「650億円の公的資金」自民党のもくろみは票田への忖度か
〈日本郵便と自民党〉2500台のトラック使用禁止の行政処分のなか、郵便局救済に「650億円の公的資金」自民党のもくろみは票田への忖度か

6月6日、自民党は「郵政民営化法」の改正案を国会に提出する方針を固めた。この改正法の柱のひとつは、郵便局の維持費として年650億円規模の公的支援を行なうというものだ。

日本郵便は飲酒の有無などをチェックする点呼が適切に行なわれておらず、6月5日には運送事業の許可を取り消されるという異例の行政処分案が通知されている。 

 

国民の郵便局への不信感が高まるタイミングでの改正案提出だが、その背景には自民党による局長会という巨大な票田への忖度が見え隠れする。 

2つの不信感募る日本郵便に自民党が忖度 

一般的に運送事業者は飲酒運転撲滅のため、法令で点呼によるアルコールチェックが厳格に定められている。しかし、日本郵便が全国の郵便局の点呼業務状況を調査したところ、75%が不適切な点呼であったことが明らかになった。

国土交通省が下した事業許可の取り消しは、「貨物自動車運送事業法」において最も重い処分である。全国各地の拠点を結ぶトラックなど2500台が5年間にわたり使用できなくなるというものだ。

日本郵便は6月6日、「事業の許可取り消しに関する聴聞の実施について、通知を受領したことは事実」と認めたうえで、郵便物と「ゆうパック」などのサービスは引き続き提供すると発表している。輸送の一部を外部に委託する対応を模索しているようだ。

しかし、配送網の維持に関する具体的な計画や見通しについては示されていない。

つまり日本郵便は今回の問題で、飲酒運転を防止するための点呼が適切に行なわれていなかった管理不足と、今後、生活インフラである配達事業を滞りなく続けられるのかという2つの不信感を突きつけられたことになる。

そのさなかで、自民党は年間650億円の公的支援を盛り込んだ「郵政民営化法」の改正案を提出するというのだ。この資金は郵便局のネットワークの維持を主目的としている。表向きは過疎地やへき地に暮らす人々の生活を支えるというものだが、その裏では全国の郵便局長で構成される全国郵便局長会(全特)という巨大な票田を取り込もうとする選挙対策が見えてくる。



全特は全国で1万8000人の郵便局長で形成された任意団体で、数と統率力を武器に熱心な選挙活動を行なうことで知られている。自民党は2024年末の党員数が103万人を下回り、1年で6万人を失った。党の勢いを失う中で、全特は今夏の参院選の組織票として重要な役割を担っているというわけだ。

特に3年に1度の参院選において全特は、組織内候補を自民党公認で比例区に擁立し、議員を国会内に送りこむため、熱心に投票を呼び掛ける活動を行なう。

全特は5月25日に札幌ドームで通常総会を行なった。この総会では石破茂首相のメッセージが披露され、参加した森山裕幹事長が「650億円の支援策が盛り込まれた郵政民営化法改正案成立に向けて努力したい」などと語っている。夏の参院選を意識したコメントであることは間違いないだろう。

郵便事業は2期連続で赤字 

日本郵便は点呼の不備がまかり通っていた要因のひとつとして、「郵便局管理者において適正な点呼が行われているかを管理する意識が希薄であったために、現状の把握が疎かになった」ことを挙げている。

つまり、郵便局の局長も問題の一端を担っていることが明らかになっているのだ。しかし、マスコミをシャットアウトして行なわれた総会では騒動に対する公式な謝罪はなく、郵便局を維持することの意義を強調することに終始していたようだ。

650億円の公的資金が投入されることが決まれば、中長期的に全特が守られることになる。日本郵便は大胆な改革や効率化が必要とされているにもかかわらずだ。

日本郵政の郵便・物流事業は2024年3月期に688億円、2025年3月期は10億円の黒字を計画していたものの、383億円の赤字を出している。

これで2期連続の赤字である。

2025年3月期の郵便の取扱数量は前期の7.5%減となっており、2024年10月の郵便料金改定による増益効果を打ち消すほどの数量減少に見舞われているのだろう。「ゆうメール」や「ゆうパケット」の取扱数量は2ケタ増となっているからだ。年賀状文化が薄れ、請求書などのデジタル化が進む中で郵便物の数量が回復するとはとても思えない。

世界的に見ると郵便サービスは転換期を迎えている。デンマークの国営郵便サービス「ポストノルド」は2025年末にすべての手紙の配達を終了すると発表している。今年6月から郵便ポストの撤去に着手するという。デンマークは、政府や公的機関からの通知をポータルサイトやアプリを使って受け取るデジタルポストを推進するデジタル先進国のひとつだ。

オランダでも郵便配達の頻度の縮小が議論されており、ドイツの郵便局「ドイツポスト」は8000人を削減する改革案を発表した。

一方で、効率化が進まない赤字続きの日本の郵便局は、公的資金を得て生きながらえる準備を整えているというわけだ。

不祥事をバネに立ち直る企業も多いが… 

日本郵便が起こした不祥事は、全特にとって都合がよかったようにも見える。

今年6月の株主総会で日本郵政トップの首がすげ替わることになったからだ。

総会では、増田寛也氏がトップを退任し、後任として日本郵便の根岸一行常務執行役員が就任する予定。

根岸氏は1994年に旧郵政省に入省した元郵政官僚。全特のような特殊な組織を知り尽くしているだろう。増田氏は郵便局の統廃合に言及し、全特から猛反発を食らった過去がある。元郵政官僚の根岸氏が大胆な経営改革に着手するとは考えづらい。しかも、右腕となる日本郵便の社長も元郵政官僚の小池信也氏の就任が予定されているのだ。

ことなかれ主義の官業回帰が見え隠れする。

巨大企業が不祥事を機に生まれ変わることは珍しくない。期限切れ鶏肉偽装が発覚した「マクドナルド」や、集団食中毒が発生した「雪印」がそうだった。逆境をバネに今では強いブランドに生まれ変わっている。

日本郵政は民営化を果たしたにもかかわらず、信頼回復の途上で与党から支援策が打ち出されるという不可思議な企業だ。郵便局のネットワークを維持することの是非を、真剣に議論する時期が訪れているように見える。
 

取材・文/不破聡   写真/shutterstock 

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