
あらゆる犯罪のなかでも、とくに世間から白眼視されがちな「性犯罪の加害者家族」の悲惨な“生き地獄”とは? 1000人を超える性犯罪の加害者家族と向き合い続ける専門家が、支援の現場からその実態を報告する。
そもそも加害者はなぜ性犯罪を犯すのか。
性加害は「誤ったストレス対処行動」である
家族会、とくに「母親の会」「父親の会」に参加して日の浅い家族と話すと、「息子が性加害をしたのは性欲が強かったから」と考えていることが少なくありません。なかには、「息子がしたことはたしかに悪いとは思うが、あんな夜中にひとりで歩いている女性もどうなのか?」といった、被害者を二次加害するような言葉を口にする方もいます。
しかし、性犯罪を性欲の問題にのみ矮小化して考える性欲原因論は、性加害の本質を捉えていません。「性欲が抑えきれなかっただけ」と家族が加害行為の原因を性欲の問題とみなしてしまうと、なぜ「性」を使った暴力を選択したのかという本質的な問いにたどりつけません。
たしかに、過去に私がヒアリングをした加害者のなかには尋常ならぬ性欲の持ち主もいました。彼は、女性と見ればすぐに性欲に火がついてしまうほどで、複数件のレイプを繰り返したことで拘置所に収容されていました。
しかし、私が関わった痴漢加害者200人への聞き取り調査の結果、半数以上の者が加害時に「勃起や射精をともなっていない」と回答しています。これは自己申告による結果であり、信憑性と妥当性には若干の問題があるため私たちも参考程度としていますが、重要な示唆を与えてくれます。
痴漢行為を始めたきっかけは、実にさまざまです。「電車で偶然、女性の身体に触れてしまい、その感覚が衝撃的だった」とか「他人の痴漢行為を目撃し、自分にもできると思った」というケースもあります。
また、上司に叱られたり、厳しいノルマのプレッシャーがあったりするなど「仕事上のストレス」が引き金となることもあり、憂さ晴らしに痴漢をするという人も少なくありません。
反復的な性加害の理解
性犯罪の本質は、自分の弱さを認めず、他人を傷つけ、自らの優位性を確認し、自分よりも小さくて弱い対象を支配することで、その欲求を満たそうとすることです。私はこれまで著書や講演で、「性加害は、言い換えると誤ったストレスコーピング(対処行動)の結果である。
痴漢や盗撮などの性加害が、彼らの抱えるストレスや生きづらさを一時的に緩和する手段として用いられているのです。これこそが、反復的な性加害の理解の難しさといえます。
過去に性犯罪を犯した元高校球児は法廷で、仕事でのストレスが募り、そのはけ口として犯行に及んだと述べていましたが、これに対し検察官は「いまの時代、ストレスがない人はいません。皆が皆、ストレスが溜まったからといって性加害はしませんよね?」と強い口調で投げかける一幕がありました。これは一般の方の感覚にとても近いでしょう。
現代では誰もが大なり小なりストレスを抱えていますが、多くの人は自分に合った適切な対処法を身につけています。友だちに愚痴を言って発散したり、スポーツをしたり、カラオケに行ったり、推しのライブに行ったり、旅行をしたり。
サウナやエステに行ってセルフケアをする人もいれば、ひたすら寝るという人もいると思います。「こうすれば自分はストレスに押しつぶされずにいられる」という自分なりの対処法を繰り出しつつ、ストレスの多い日々をなんとか生き延びているわけです。
しかし、痴漢をはじめとする性加害者の多くはそれができていません。ストレスコーピングの選択肢が少なく、弱音を吐けない、他者に相談することができない、助けを求められないという特徴があります。
とくに勤勉で仕事も真面目に取り組む人が、仕事への耽溺(たんでき)がトリガー(引き金)となって再び性加害に至るケースをこれまでたくさん見てきました。上司に人格を否定された、ノルマが達成できていない決算月で残業が過労死ラインを超えている、といった出来事がトリガーとなって、いわば自己否定的な感情を低減させるため、痴漢行為に耽溺していきます。
ターゲットを巧妙に選んでいる
さらに注目すべきは、彼らの行動が計画的かつ目的にかなっていることです。
よく私が言うのが、「彼らは交番の前では決して性加害をしない」ということです。彼らは場所や時間やターゲット、状況を巧妙に選んでいるのです。痴漢被害に遭うのは圧倒的に女子中高生が多いのですが、それは制服が従順の象徴として、加害者の支配欲というトリガーを刺激する一種の記号となっているからです。彼らは「ノーと言えない、警察に訴え出なさそうな相手」を選んでいるわけです。
性加害者のなかには、加害行為について「達成感」「生きがい」「RPG(ロールプレイングゲーム)」と表現する者もいます。痴漢をしたときの詳細をコツコツと手帳に書き込み、スキルアップしていくゲームにたとえる者さえいるのです。彼らにとってはそうした複合的な快楽が凝縮した行為となるため、非常に習慣化しやすく、なかなかやめることができません。
被害者が奪われる自由と自尊心
性加害者の多くは被害者や自らの加害行為に関する誤った認知を持っています。「肌の露出が多い女性はレイプされることを望んでいる」「目が合う、手が触れるのは、相手にその気があるからだ」「出会い系に登録している女や風俗で働いている女は、何をしても構わない」といった考えです。その根底には、「女性はモノのように扱ってもよい」とする男尊女卑的な価値観が根強く存在しているのです。
とある裁判で加害者は「痴漢されても(被害者の何かが)減るわけじゃないと思っていた」と発言し、これに対し裁判官は「何が減ると思いますか?」と問いかけていました。
「減るもんじゃないし」という言葉に対して、被害者の側から見ると、多くの何かが「失われ」「奪われて」います。平和な日常や、公共の場所での安心感など、数え切れないものが損なわれています。被害者は混雑する時間帯を避けたり、あえて通勤・通学路を遠回りしたり、自衛グッズを持ち歩いたりするなど、本来必要のない負担を強いられます。
さらには電車でどの席に座るか、どのような服装をするかなどにも気を配らざるをえなくなり、自由と自尊心が削られていくのです。これは人としての尊厳の侵害に他なりません。
行為依存としての性加害
さらに、反復的な痴漢行為などの性犯罪には行為依存としての側面もあります。痴漢をしている際、性的に興奮していると脳内報酬系から大量のドーパミンが分泌され、強烈な快感と記憶が脳に刻み込まれます。
これは薬物やアルコールなどの物質依存の神経生理学的メカニズムと共通していて、「やめたくてもやめられない」という状態を生み出す一因となっていると考えられています。
もちろん行為依存の側面があるからといって、「病気だからしかたない」という罪の免責にはなりません。性加害をした「原因」と自分が犯した罪の「責任」は分けて考えなくてはなりません。
加害者臨床の現場では、病理化する弊害として「病気だからしかたない」と捉えるのではなく、行為責任は明確にしたうえで、衝動制御障害の側面も重要視し、いわゆる「やめたくてもやめられない」という嗜癖(しへき)行動という視点で理解するとともに、プログラムに取り組むなかでそれらを認め、手放していくことで、やめ続けることができると考えています。
「生きづらさの根っこ」に向き合う
「性欲がコントロールできなかったから加害行為に及んだ」とする短絡的な性欲原因論は、根本的な問題を矮小化して捉えているに過ぎません。実際には、被害者をモノとして見る認知の歪み、支配欲、パワーとコントロール、スリルやリスク、社会や文化的背景など、より複雑な要素が絡み合って性加害は起きるのです。
また、たとえ加害者本人が「性加害は不適切なストレスコーピングが習慣化した状態だったんだ」と心得て、性加害をやめたとしても、その人が抱える「本質的な生きづらさ」は残り続けます。
私は共著書『性暴力の加害者となった君よ、すぐに許されると思うなかれ』(ブックマン社)でも、「加害者となった彼らには、性暴力が必要となる生き方から脱却する責任があります」と記しましたが、本当の意味で加害者が生き直すためには、なぜ自分に性加害が必要だったのか、被害者を深く傷つけなければならなかったのか、という自分が抱える「生きづらさの根っこ」に向き合わなくてはならないのです。
これは生き方の問題であり、性暴力は関係性の病なので、一朝一夕に克服できることではありません。今日一日、また一日と加害行為をやめ続ける、つまり再犯しない日々を重ねていくしかありません。
加害者も、そしてその家族も、真の意味で平穏な日常を再構築するためには、「性欲が旺盛だったから」という性欲原因論を乗り越えた、性加害・性暴力への本質的な理解が欠かせません。
文/斉藤章佳 写真/shutterstock
『夫が痴漢で逮捕されました 性犯罪と「加害者家族」』(朝日新書)
斉藤章佳
家族も連帯責任で“人生終了”!?
一家離散、ネット私刑、そして自死――
社会から排除される「加害者家族」の“生き地獄”と再生に迫る。
痴漢、盗撮、レイプ、子どもへの性加害……
連日報道される性暴力事件の卑劣な加害者たち。彼らにも家族がいる。
SNSでは個人情報をさらされ、婚約は破棄、職場も追われ、転居を余儀なくされる。
知らない番号の着信やチャイムの音に怯え、やがて自死を考えることも。
あらゆる犯罪のなかでも、とくに世間から白眼視されがちな
「性犯罪の加害者家族」の悲惨な“生き地獄”とは?
家族が償うべき「罪」はあるのか?
1000人を超える性犯罪の加害者家族と向き合い続ける専門家が、
支援の現場からその実態を報告する。
【目次】
第1章 ある日突然、家族が性犯罪で逮捕された
・「加害者の家族というのは、幸せになっちゃいけないんです」
・ケース①:痴漢を繰り返した元高校球児
・ケース②:妊娠中に夫が盗撮で逮捕、それでも別れない妻
・ケース③:「優等生」の息子が女子生徒の着替えを盗撮
・ケース④:小6の娘が妊娠、相手は中2の兄 ……ほか
第2章 加害者家族の「生き地獄」
・刑事手続で家族がすべきこと
・裁判での経験がトラウマに
・母親に責任を押しつける「子育て自己責任論」
・夫の痴漢はセックスレスが原因?
・加害者家族が怯える「世間」とは何か ……ほか
第3章 なぜ加害者家族を支援するのか
・両親は夜逃げ、弟はうつ、姉は自死……加害者家族の末路
・加害者家族1000人へのアンケート
・複数回の逮捕でようやく治療につながる
・一番の悩みは「誰にも話せないこと」
・家族会でも排除されやすい「子どもへの性加害」 ……ほか
第4章 それでも日常は続く
・「このまま刑務所にいてほしい」家族の本音
・知らない番号からの着信に怯える日々
・家族に加害者更生の責任はあるのか
・「親が犯罪者」のレッテルは大人になっても続く
・子どもに事件をどう説明するか ……ほか
第5章 加害者家族との対話
・音信不通の息子は留置場にいた
・「育て方が悪かった」と裁判で責められる
・2度目の逮捕で実刑判決
・息子に伝えた自身の性被害経験
・わが子の婚約に抱く複雑な思い ……ほか
第6章 その「いいね」が新たな被害者を生む
・報道されるかどうかは運しだい
・文春砲の功罪
・「SNS私刑」に振り回される加害者家族
・「日本版DBS」で子どもへの性加害を防げるか
・加害者家族を知る映像作品 ……ほか