凍結された高額療養費制度「見直し」案は今、どうなっているのか…やはり「自己負担上限額の引き上げ」ありきなのか?  
凍結された高額療養費制度「見直し」案は今、どうなっているのか…やはり「自己負担上限額の引き上げ」ありきなのか?  

医療費が高額になった患者の自己負担を抑える「高額療養費制度」。この見直しをめぐり、政府は患者団体などの反発を受けて、ことし8月に予定していた負担上限額の引き上げを見送り、秋までに見直しの方向性をまとめるとしていた。

ところが、8月末を迎えてもいっこうに事態が進展する様子はない。いったいどうなっているのか? 

「秋までに新たな方針を決定する」はずだったが… 

高額療養費制度という言葉は、今ではおそらく多くの人がご存じだろう。

昨年冬までなら、がんに罹患したり大けがに遭ったり、あるいはこの原稿を書いている自分のような難病患者(自己免疫疾患の関節リウマチ罹患が判明して15年以上になる)で制度を利用して治療を継続することが生き続けてゆくこととほぼ同義になっている人々を除けば、一般的にはさほどよく知られた用語ではなかったかもしれない。

だが、政府・厚労省による自己負担上限額〈見直し〉案の是非が報道されるようになった今年の1月頃以降は、様々なメディアでこの名称を目にする機会が増えた。

「そういえば今年初めの国会で大きな騒ぎになったし、新聞やテレビでも大きく取り上げていたな」という程度には、この言葉に見覚えや聞き覚えのある人が多いはずだ。

現代はふたりにひとりががんに罹患する時代、とも言われている。たとえ今の自分には関わりがない社会保障制度であっても、いつかはこれを利用するときが来るのかもしれない、と、この問題をある程度身近なものに感じた人も少なくないだろう。

実際に、1月から3月の時期は何度もワイドショー番組の話題になり、世論調査では質問項目のひとつになるほど、大きな注目を集めた「バズワード」状態だった。

だが、最近ではこの言葉を新聞・テレビ・オンラインニュースなどで見聞きする機会はほとんどなくなった。メディアの俎上にはすっかりのぼらなくなっただけに、半年ほど前にあれだけ世の関心を集めたこの問題はすでに解決してしまったもの、と認識している人も少なからずいるのではないだろうか。

だが、実はまだ何も決着していない。

実際のところ、世間から大きな反発を受け、国会では野党議員はもちろん与党側からの批判にも晒された高額療養費制度〈見直し〉案は、今はひとまずその当初案が白紙に戻されて「凍結」されているにすぎない。

そもそもこの制度に手を入れようとした政府と厚労省が、〈見直し〉自体をけっしてとり止めたわけではないことは、3月7日の凍結発表時に石破茂首相が「本年秋までに改めて方針を検討し、決定することといたします」と述べていることからも明らかだ。

その後も、厚生労働省社会保障審議会医療保険部会などの会議でこの制度が話題になった際には、厚労省側の担当者が再三、上記の石破首相の言葉を踏襲する形で「秋までに新たな方針を決定する」という旨の発言を繰り返している。

ここで注意してほしいのは、政府側が繰り返し述べている「秋までに」という部分だ。要するに、正念場は8月を過ぎたこれからの時期で、この問題は今まさに重要な局面を迎えようとしている、ということだ。

 議連会長「落選」の影響は 

国民皆保険制度の最後のセーフティネットとも言われる、この高額療養費制度の複雑な仕組みや、今年の冬に大きな批判を受けた〈見直し〉案の問題点、そして、なぜこの制度が狙い撃ちされるに至ったのかという政治的背景等々については、今はひとまず細かい説明を措いておく(詳細に関心がある方は、集英社ウェブサイト〈新書プラス〉の拙連載記事をご参照いただければありがたい)。

ざっくりと言えば、当初は今年8月に実施するとしていた政府の〈見直し〉案が凍結に追い込まれた理由は、患者の自己負担額引き上げ幅が尋常ではない高額だったことと、その審議過程で当事者である患者側の意見をまったく聞いていなかった、という一方的な議論の進め方が問題視されたからだ。

これらふたつの点をひとまず反省する姿勢を見せた政府側は、「秋までに改めて方針を検討する」に際し、〈見直し〉案を審議していた厚生労働省社会保障審議会医療保険部会の下に、新たに「高額療養費制度の在り方に関する専門委員会」を設置した。

そこに患者団体(全国がん患者団体連合会、日本難病・疾病団体協議会)の代表者を入れて議論に加わってもらうことで、当事者側の意見を反映させよう、という枠組みを作ったわけだ。

この専門委員会は、5月26日に第1回、6月30日に第2回の会議が行われた。第1回は委員会に参加する専門委員各氏の自己紹介程度にとどまり、第2回はこの制度を利用するがんやアレルギー疾患など当事者4団体からの意見聴取が行われた。

それ以降、第3回の専門委員会はいまだに開催されておらず、高額療養費制度がどうあるべきかという具体的な議論には一歩も踏み込まないまま現在に至る(その後、8月26日に厚労省は第3回専門委員会を8月28日15時から開催すると告知した。詳細は厚労省サイトを参照)。

会議が約2ヶ月も開催されないままでいた理由のひとつは、7月20日の参議院選挙を経て政局が混乱しているからであろうことは、容易に推測できる。

その参院選では、3月の政府〈見直し〉案凍結後に結成された120名を超す大所帯の超党派議連「高額療養費制度と社会保障を考える議員連盟」会長の武見敬三氏(自民)が落選する、という出来事があった。

参院選直前に、この超党派議連事務局長である中島克仁氏(立民)に行った単独インタビューでは、「前厚生労働大臣の武見氏が議連会長に就いていることで、政府や厚労省の一方的な議論に歯止めを掛ける重石としての睨みが利く」という説明をしていた。

だが、その武見氏が落選したことで、政府の監視役として超党派議連が果たす役割に今後どのような影響を及ぼすのか、は気になるところだ。

政府側には不穏な雰囲気が… 

というのも、政府側の動きには、常に不穏な雰囲気が通奏低音のように漂っているからだ。

先ごろ議事録が公開された内閣官房の全世代型社会保障構築会議(6月23日開催)では、複数の参加委員が

「高額療養費制度の見直しについては、国民皆保険の持続性確保のためにやはり必要なものであると考えます。改めて結論を得るとされている本年秋に向けて丁寧に冷静に議論を進め、来年から着実に実行に移していただきたいと思います」

「高額療養費制度については、物価連動の部分まで据え置かれたという今回の事態は大変残念であります。(中略)物価上昇分を反映することは当然として、適切な結論を導いていただきたいと思います」など、自己負担上限額の引き上げは当然、という論調の意見を述べている(この議事録は内閣官房ウェブサイトで全文参照可能)。

現在でも負担感が強いとされる支払い上限額をさらに引き上げると、費用を支払うことができずに治療を諦める(≒緩やかな自死を選択する)制度利用者が増加する懸念や、治療を継続しても貧困に陥る(破滅的医療支出)可能性が高くなることは、冬に議論が紛糾した際にも疾患当事者や医療現場からさんざん指摘されてきた。

また、「物価上昇分の反映」という政府側の言い分が制度運用の実態にそぐわないという批判も、経済学者や医療関係者から上がっている。

このように、当初の〈見直し〉案は各方面からの指摘や批判を矢ぶすまのように受けたために、政府は「凍結」せざるをえなかったわけだが、6月の全世代型社会保障構築会議での上記委員発言を見る限り、どうやら当事者たちの切実な意見や専門家の指摘は彼らの耳には届いていないか、あるいは耳を貸す気がなさそうであることが、議事録の記述からうかがえる。

これらの発言は参院選前に開催された会議で行われたもので、現在のように政局が混乱する前の時期であることは多少考慮する必要があるかもしれないが、政府の姿勢は基本的に今も同様だと考えて差し支えないだろう。

何よりもこれらの発言が懸念されるのは、昨年冬に高額療養費制度の〈見直し〉案が提起されたのは、そもそもこの全世代型社会保障構築会議での発言が出発点になっていた、という事実があるからだ。

たまたま問題提起され、じつにうまく引き継がれていった 

昨年冬の議論では、11月15日の内閣官房・全世代型社会保障構築会議の際に、当初の予定になかった高額療養費制度が有識者委員によってたまたま問題提起され(当時の議事録には「本日の議題になっていない点で恐縮ですけれども、(中略)高額療養費制度の基準の見直しというものがあります」「高額療養費制度の在り方などについては、ぜひともスピード感を持って改革に取り組んでいただきたいと思います」という発言が記録されている)、その提案が翌週からの厚労省・社会保障審議会医療保険部会の議論にじつにうまく引き継がれていった、という経緯がある。

11月22日から4回にわたって行われたその医療保険部会の議論で、制度を利用する当事者の意見がまったく聴取されずに話が進んでいったのは、冒頭でも説明したとおりだ。

また、この医療保険部会の会議では、厚労省が有識者委員に自己負担上限額の具体的な値上げ金額を明らかにしていなかったことも、後に明らかになっている(その意味では、医療保険部会の有識者委員は厚労省に後出しじゃんけんをされた被害者といえなくもない)。

ともあれ、このような「議論」の出発点になったのが昨年11月の全世代型社会保障構築会議であったことを考えれば、今年6月にもこの会議で高額療養費制度について上記のような発言があったという事実には、充分に留意をしておいたほうがいいように思う。

そしてそもそも、「秋までに改めて方針を検討し、決定する」という政府の姿勢に現在も変化がない以上、高額療養費制度に関する議論(高額療養費制度の在り方に関する専門委員会)がこれから秋に向けていよいよ本格化してゆくことは確実だろう。

たとえ自分自身が今は利用していなくて他人ごとのように縁遠く感じるものであったとしても、その平穏な状況は明日いきなり反転して、高額療養費制度が必要になる状態に迫られてしまうかもしれない。その可能性は生きている以上誰にでもあって、自助努力だけでは回避することが不可能だ。

だからこそ、まさかのときの大きなリスクに備えるこの高額療養費制度は、誰にも遺漏なく利用できて安心できるものであることが望ましい。つまり、年齢収入、職業、居住地域等のいかんにかかわらず、全国民が当事者であるこの制度の議論は誰にとっても他人ごとではない、というわけだ。

今回の議論を、政府に都合の良い予定調和の結論にさせないためにも、また、現状でも多くの利用者を困らせている様々な制度的矛盾や課題を改善する方向へ踏み出してもらうためにも、今後の展開には常に注視を続け、新たな動きがあったときには可能な限り迅速に反応して、このような形で報告をしていきたい。

文/西村章

編集部おすすめ