
10月6日に日経平均株価が史上初めて4万7000円を突破し、値上がり幅は一時2100円を超えた。自民党の新総裁に高市早苗氏が選ばれ、経済対策への期待感が「高市トレード」を加速させている。
高市氏は財政出動と金融緩和路線を踏襲するアベノミクスの継承者と見られており、さながら「サナエノミクス」と言わんばかりの経済対策に本腰を入れる可能性が高い。しかし、インフレ下での積極財政や金融緩和は物価高を助長するという副作用が出るはずだ。
国民民主の悲願である「年収の壁178万円」引き上げはあるか?
高市新総裁の就任会見で、最も印象的だったのは裏金議員に対して「人事に影響はない」ときっぱり言い切ったことだ。
裏金議員については、政倫審で説明責任を果たして党の処分を受け、さらに国政選挙で有権者の審判を潜り抜けたとし、国民の代表として議席を得たからには働かなければならない、と論理的に話を進めた。
そして、その人を選んだ理由を聞かれれば「私が説明をいたします」と発言したことには、この問題にケリをつけて堅実な政権運用に移行しようとする、強い決意を見て取ることができた。
2024年の総裁選で重要項目に掲げていた靖国参拝についての態度を改めたところを見ても、自身の思想や考えよりも自民党のトップとして周囲を動かしていこうとする姿を垣間見ることができる。
高市新総裁は国民の関心が最も高い、「経済対策」に力を注ぐ可能性が高いのだ。
足元では外堀が埋まっていることも特徴的である。少数与党という苦境を脱するための連立政権の樹立が必要になってくるからだ。
高市氏は連立拡大に意欲を示していた。有力候補と見られているのが、国民民主党と日本維新の会だ。日本維新の会の吉村代表は連立の打診があれば「協議するのは当然」と前向き。国民民主の玉木代表は「方針をしっかり見定めたい」と語り、すり合わせ次第で連携する可能性を示唆した。
この2つの政党のなかでも、有力な連立候補と目されているのが国民民主党だ。
高市新総裁は10月4日に公明党の斉藤代表と会談しているが、その際に斉藤代表が「大阪副首都構想」に懸念を示した。「大阪都構想」は2度にわたって住民投票を行なった維新の会の悲願とも言えるものだ。これを公明党が牽制しているとなれば、連立入りは難しくなる。
部分的に連携するパーシャル連合も視野に入るが、それを実行した石破政権は参院選で惨敗した。高市新総裁が連立拡大の意志を示しているのは、この失敗を活かしてのものだ。いよいよ国民民主との連携が現実のものとなりそうだ。
国民民主の一丁目一番地は手取りを増やすことだ。年収の壁の引き上げを巡っては、2024年12月に幹事長の合意文書で178万円への引き上げを目指すと明記されたものの、最終的に交渉が決裂した経緯がある。
玉木代表が語る「方針」は、年収の壁の引き上げである可能性は高そうだ。
ガソリンの暫定税率廃止は現実のものとなるのか?
ガソリンの暫定税率の廃止も国民民主が強く求めている内容だ。2025年8月から暫定税率廃止に向けた与野党による実務者協議が始まっており、年内のできるだけ早い時期に廃止する方向で検討している。
しかし、自民党の宮沢洋一税調会長が廃止に向けて譲歩する姿勢を見せつつも、野党側に代替財源の提案を求めて議論は平行線をたどり、与野党の溝は埋まっていない。
国民民主との連立で行方が注目されるのは、年収の壁の引き上げと暫定税率の廃止だ。しかし、年収の壁を178万円に引き上げると国と地方で年間7.6兆円(玉木代表は2.4兆円と反論)、暫定税率の廃止で1兆円の減収になるとの試算がある。
手取りが増えることや、ガソリン代が安くなることは、生活費の負担に苦しむ国民にとっては歓迎すべきだろう。しかし、安易に国債を乱発すれば、財政悪化を懸念した通貨安が進行しやすい。
そして、「高市トレード」による株高が示す通り、高市氏は積極財政派だ。記者会見においても、政府が民間の呼び水となる投資を拡大させ、成長率と税収増を生むと発言した。2024年の総裁選では「金利をいま上げるのはアホやと思う」と発言。日銀を牽制して物議を醸した。
積極財政や金融緩和路線は第2次安倍政権のアベノミクスを彷彿とさせるが、当時と今とではまったく違うものがある。為替相場だ。第2次安倍政権がスタートした2012年12月のドル円は1ドル80円台という超円高だった。
円安とインフレは密接に結びついている。輸入に頼っている日本では、円の購買力の低下が物価の上昇に繋がりやすいのだ。高市氏は物価高対策としての消費税率引き下げについても「選択肢として放棄していない」と述べているが、消費減税も円安要因の一つになりかねない。
新発10年物国債利回りは高水準が続いており、金利上昇によって住宅ローン金利が上がる懸念もある。
手取りを増やすことや暫定税率の廃止、消費減税は聞こえがいいものの、インフレの助長という副作用を生じさせることになりかねないのだ。
需要超過でインフレが加速する未来も
円安以外にも物価高進行の材料が「需給ギャップ」だ。これは、総需要と供給力の差のことで、供給より需要が多いとプラス、需要よりも供給が多いとマイナスになる。
内閣府は2025年4-6月の需給ギャップがプラス0.3%だったとの推計を発表した。8四半期ぶりのプラスである。この推計では、年換算で2兆円の需要超過だったことを示している。暑さによる飲食需要などで個人消費が上振れしたと見られている。
需要が上回っているなかで財政出動による需要喚起に動けば、物価高に拍車がかかる可能性があるのだ。
総裁選出後の記者会見で高市氏は「物価高対策に力を注ぎたい」と語っているが、積極財政や減税策はインフレを助長しかねない。そのバランスを見極める手腕が問われている。
取材・文/不破聡